第百三十一話
『はぁぁ~、タケユキさんかわいいですかわいいです綺麗でかわいいです~っ』
『これはあまり人には見せん方が良いのではないか? 愛らしさも美しさも増している上、これまでもそこはかとなく漂っていた妖艶さが際立っている。その少し目を伏せた顔はさながら触れることを拒む猫のようで、手懐けたくなる衝動にかられる。きっと懐かれれば存分に愛でられる予感が走る』
テレシーはともかく、シュザージは何を言っているんだろう。
リドルカさんもどうしてうなずいているんだろう。
三人は俺のこと好きなだけ撫でてくれてもいいんだよ?
『タケユキさん、その考えは危険です』
再会早々、心の中に流れ込んで来たテレシーとシュザージの言葉に首を傾げて聞き入っていた。不思議なことに三人で心の会話をするのには、ほとんど力を使ってない気がする。普通に会話しているみたいだ。
それはともかく。よく見たらシュザージの服が変わってる。
なんとなく、どこかで見たことあるような……
「神王一族の会話に訳のわからぬことで口を挟むとは何事だ! 無礼者め! 消せ‼」
理不尽ジョルアンが大声で喚いている。うるさい。
消せって。
こっちに向かってたジョルアンの従者が動こうとした時、別の声が上がった。
「お待ちを」
片手を上げてテレシーの隣に進み出たのは知らないおじいさん。王様みたいな冠を頭に乗せている。ああ、王様か。フレンディスの。
「貴様も消されたいか、フレンディス王!」
「いいえ、どうかお心をお静めください。ナルディエ神王国ジョルアン王子殿下。並びにバロウ神王国モーリス王子殿下、ウェルペティ神王国アデレイ王女殿下。そして、ラスタル神王国ウィラネルド王子殿下」
さらに一歩、前に出た王様が軽く礼をする。
「この方々が先日お話しした、勇者たちでございます」
「なっ!?」
「何っ!?」
ボーッとしてたモーリスまで声を上げて俺と王様を首を振って見ている。
おお、ここで全部バラすんだ。
よく見れば、シュザージの後ろにはスタングさんとクレオさんもいたよ。あと、爺やさんもいつの間にかそっちにいた。いつの間に出迎えに出てたのか。
爺やさんは足音も立てず、すすっとみんなの横を通ってウィラくんのところへ戻ったよ。
「この娘が魔法陣の勇者ではないのかっ!?」
指差さないで。
いちいち大声を出すなよ、理不尽猿ジョルアン。
そんなジョルアンを鼻で笑ったジュザージが来い来いと小さく手を振るので俺はシュザージの方へ向かって歩く。もちろんリドルカさんも一緒に来る。
そして、近くまで来たシュザージが俺を持ち上げるように抱きしめた。
え? ええ!?
シュザージ、俺のこと触ってる!?
『逢いたかったぞ、我が愛しき妻よ』
そう言って、両脇に手を入れ掲げ上げるように持ち上げて、笑いながらくるくるくると三回回る。やめて、下ろして! ワンワンワン!
なんとか目が回らないうちに降ろしてもらえた。
『す、すまぬタケユキ、具合が悪かったのか?』
「あまり、良くはない」
「シュザージってば! ここぞというのがここですか!? タケユキさん大丈夫ですか!?」
リドルカさんがペイッと俺を取り上げた。いつぞやのように猫っぽく。テレシーもいつものようにシュザージに注意して俺の心配をする。
クレオさんは半笑いで、王様は吹き出すのを堪えて見ていたけど、他はみんな驚いてるね。
ウィラくんも。
ん? どうしてバロウのモーリスは青ざめてるんだろ。どうしてウェルペティのアデレイが残念そうに眉尻を下げてるんだろ。アデレイの視線はシュザージに向いてるけど。
「ど、どう言うことだ!? タケユキ殿はリドルカ殿と夫婦ではなかったのか!?」
おお、ウィラくん。一番に聞きたいのはそこなのか。
ただ、他の神王国の面々はリドルカさんの名前に反応してビクッとなった。
俺はにっこり笑って答える。
「そうだよ。俺はリドルカさんと夫婦で、シュザージとテレシーとも夫婦なんだ」
「タケユキさん、それではみなさん混乱されます。リドルカさんはタケユキさんの第一夫でシュザージは第二夫、私は唯一の妻なのです」
『テレシー……』
テレシーが言い直してくれたよ。なるほど、そう言えばわかりやすいのか。なのになんでシュザージはほっぺを引きつらせてるのかな?
ウィラくんはそれを聞いてポカンとしてるよ。
四人で夫婦というのは理解はしてくれたみたいだけど、色々と頭の中がグルグルしてる。俺とリドルカさんがシュザージやテレシーと繋がりがあったという事が、やっぱりショックだったみたい。
そんなウィラくんの背中を、爺やさんがポンと叩いた。
それにハッとしたウィラくんは、じっと俺の方を見た。悔しそうに、歯噛みしながら、それでも俺の言った言葉を思い出している。
“……どんな話をしても怒らずに聞いてほしいんだ”
“本当に怒っちゃダメだよ。冷静に、逃げたり暴れたりせずに聞いてくれる?”
そこに、爺やさんの声も混じる。
“……それは、我がラスタル神王国の悲願ではないですかな?”
ウィラくんは一度目を閉じて軽く息を吐くと、顔を上げ背筋を伸ばして俺たちを見た。シュザージもそんなウィラくんに向き合いフッと笑う。
『ラスタル神王国ウィラネルド王子よ、先日の提案の答えをもう一度聞きたくて参った。返答はいかに』
ラスタル神王国を強国にするって話だよね。そのために俺たちが協力するよって。
ウィラくんはそれに、真摯な声で返答した。
「即答はできぬ。だが、もう一度詳しい話を聞きたい。我が国に来て、神王を交えての会談を申し込む。いらしてもらえるか、魔法陣の賢者シュザージ殿、勇者テレシー殿。スルディアの勇者クレオ殿とスタング、其方もだ」
最後にスタングさんに目を向け、そう言ったウィラくん。スタングさんは少し驚いた後、笑顔でうなずいた。
そして、ウィラくんの視線は俺とリドルカさんに向く。
「我が友、タケユキ殿とリドルカ殿にもぜひ来ていただきたい。……一緒に話を聞いてくれる約束であったろう?」
ニッと笑う顔は「これでどうだ」と言ってるみたい。実際心の中はウキウキしてるよ。爺やさんがウィラくんの後ろに立って、支える姿勢を見せてくれてる。よかった。
「もちろん──」
「ウィラネルド! 貴様は帝国と通じていたのか!」
答えようとしたのを遮って、理不尽ジョルアンがまた喚いた。
ウィラくんが嫌々そうに振り向いて、ジョルアンを見る。
「なんのことだ?」
「其奴は、オンタルダ帝国皇帝の弟、リドルカ・エルド・オンタルダスだろう!」
あれ? ウィラくんがびっくりしてリドルカさんを見返した。
それは言ってなかったのか爺やさん。
アデレイは神石の嵌った腕輪に手を添え、モーリスも首飾りの神石に触れる。ジョルアンも指差していた手と反対の手で、腰に下げていた神石付きの魔法の杖みたいなのを手に握った。白い普通の神石だ。
その側近たちも身構え騎士は剣を抜き、ラスタルの官司や侍従たちまで数歩下がって壁際に張り付いた。そんなラスタルの侍従たちに向かって、爺やさんがパンパンと手を鳴らす。
「落ち着きなさい、彼の方々は神王国に使者として来られ、ラスタル神王陛下が代表しての会見がすでに決まっているのです。それに、ウィラネルド殿下のご友人です。粗相があってはなりません」
おお、爺やさん、早速帝国との繋がりを使ってラスタル神王国の株を上げに来た。ラスタル派は喜んでて、中立派は戸惑い、敵方はムッとしてる。心読まなくてもわかりやすい。
ウィラくんはもちろん、爺やさんの言葉にうなずいた。
「ああそうだ、我が友に無礼な真似は控えてもらいたい。長年対立していた帝国と平和的に手を取り合え──」
「黙れ! ラスタルのくせに生意気を言うな!」
理不尽ジョルアンは本当に理不尽ジョルアンだ。
生意気とかいう理由で口を止めようとするなんて。
耳障りな声だ。でも、この声……
「お前たち、アレを捕らえよ! アレは魔王石──いや、神をも恐れぬ帝国の手先だ! 捉えて私の元に持って来い!」
魔王石……
今、あいつ、リドルカさんを指してそう言おうとした。
そうか、聞き覚えのある声だと思ったらあの声、化物の中から出てきた紫の石から聞こえた声と同じなんだ。
……腹が立つ。
俺は、その場にいる敵、全部の動きを止めた。
剣を振り上げ走ってこようとした騎士も、呪文を唱えようとした神術士も、もちろん神王国の王子も王女も。ついでに、昨日より分けて確認したこの館に潜んでいた敵対者もね。
「なっ!?」
「うっ、動けな……」
「ひっ!?」
モーリス、アデレイ、ジョルアンの順で呻いた。
『タケユキ』
『タケユキさん』
『よせ、タケユキ。私がやる』
心の中で一斉に制された。
そして、すぐに動いたシュザージが自分の手で魔法陣を描いた。いくつもいくつも。ついでに、リドルカさんの上着の認識歪曲の魔法陣を消す。
俺に似せていた黒髪が、帝国皇帝一族の特徴である青みを帯びた黒髪に戻った。
『俺も……』
心の中でそう呟くと、リドルカさんも剣を抜く。その刀身に青い魔力を纏わせた。それと同時にシュザージの魔法陣から火のついた小魚や雷の蝶々やなんやかやが飛び出し俺たちの周りを囲う。フレンディスの工作員さんを脅したアレだね。
理不尽ジョルアンが帝国を襲った真犯人であると、三人には伝わったみたい。
リドルカさんは魔力は抑えているけど怒りは抑えていない。
テレシーもシュザージも、ホーケンで見た魔物の襲撃がどうして起こったのかを知っている。
だから、許せない。
そろって睨みつければ、周囲の者たちは蒼白になり震え出した。
怖いでしょ?
見逃して欲しければ、手出ししないでね。
そう願いながら、俺は心を少し落ち着かせ、力を解いた。
本音を言えばこの場で吊し上げて泣かせて侘びさせたいけど、今はその時じゃない。
それをやるのはラスタル神王国じゃないといけないんだ。
そのために、わざわざここまでやって来たんだし。
拘束を解かれて自由になった途端、みんながガクリとへたり込む。
俺は視線をウィラくんにやると、ウィラくんはハッとしてジョルアンを睨んだ。
「ジョルアン! 話を聞──」
「神の名を汚す大罪人め! 私がすべて成敗してくれる!」
大声を上げながら立ち上がった理不尽ジョルアン。神力を込めた杖を振り上げた途端、杖の神石が光る。ああ、神術士でも理不尽ジョルアンは呪文を唱えないんだ。
シュッと振り下ろした杖から、目潰しではない光が拡散して飛んで来る。最低だ。周りの人にもそれが当たればどうなるかわからない術をこんなところで使うとは。
サッと動いたリドルカさんが、ウィラくんと爺やさんを庇い魔力の剣で神力の光を斬り伏せる。かっこいい。
俺は味方認定している人だけに防御壁を貼る。守らなかった内通者にいくつか光が当たるとジュッと火傷を負って悲鳴が上がった。
すぐにシュザージが魔法陣を高速で描きジョルアンを魔法陣の檻に閉じ込める。俺たちに向かってきた攻撃の光は魚や蝶が飛び交って防いだよ。すごい。
ちなみに、クレオさんは剣を抜いてシュザージとテレシーを守る位置に立ち、スタングさんはウィラくんを庇いに行こうとして出遅れてしまい、リドルカさんを見て足を止めて落ち込んでいる。
テレシーは辺りとアデレイとモーリスの動きを注意してた。テレシーの目はシュザージの目でもあるからね。何かあったらすぐにシュザージも気がついて対応できる。シュザージ自身が魔法陣を描くことで、テレシーが周囲の確認をできるようにしたんだ。テレシーもすごい。
あと、フレンディスの王様は上手に距離をとって後ろの方に下がってた。
ほとんど一瞬で、みんなが動いたよ。
「なっ、なんだこれは!? おのれ、神をも恐れぬ背徳者め! 皆の者! 奴らを殺せ!」
魔法陣の檻の中で、理不尽ジョルアンはまだ喚く。
「うるさいよ。負けてるんだから黙って」
こいつが喋ると帝国で化物に魔に落とされた人たちの姿が浮かんで腹が立つ。思い切り睨んで圧をかけたら「ゔっ」と唸った。
「タケユキさん」
いつの間にかそばに来ていたテレシーが、俺と手を繋いでくれた。温かい小さな手。
「あの人をどうするかは、ラスタル神王国と帝国の領分です」
「テレシー……うん、わかってるよ。ありがとう」
俺はテレシーの手を握り返す。
その手の暖かさが、俺の怒りを優しく溶かしてくれるようだ。
テレシーが奥さんになってくれて良かった。と思ったら、テレシーの顔が赤くなった。
また思ったことが伝わったみたいだ。
なんだか色々伝わりやすくなっちゃってるみたいだけど、まあいいか。
『さて、我々の邪魔をすればどうなるかは分かったであろう。オンタルダ帝国と我がテルセゼウラ王国はラスタル神王国と友好を結ぶために参ったのだ。会談はこれからだが、その結果は後にラスタル神王国から報じられるであろう。其方らはそれぞれの本国に報告し対応を考えられよ。何を敵に回すか、よくよく考えた上でな』
シュザージが〆とばかりにそう言った時、後ろでフレンディスの王様が小さくうなずいていた。目が座ってるよ。
「……わかったわ。ここは引きましょう」
アデレイが最初にそう言って、側近を引き連れ歩き出した。それに続いてモーリスも無言で歩き出す。チラッとだけ俺の方を見てから、ラスタルの別邸を出て行ったよ。
ああ、ジョルアンは魔法陣の拘束を解いてもらってから、側近に支えられるように出て行ったな。
「くっ、覚えていろよ!」
覚えておくよ。次やったら潰すために。
とりあえず、嵐は去った。
俺はテレシーと手を繋いだままウィラくんの方へ向かう。シュザージもクレオさんも付いて来る。スタングさんは一足先にウィラくんのところに来てたけどね。
リドルカさんと向き合っていたウィラくんは俺の方を向いた。
「話を聞いてくれて、ありがとう」
「あ……ああ、約束だからな」
照れたように笑うウィラくん
「それと、友達って言ってくれたこともありがとう。俺、友達ができたのって初めてなんだ」
「俺も……そうだな」
「へっ!?」
ウィラくんの顔が真っ赤になった。
惚れちゃダメだよ。




