第百三十話
朝起きた。
ちょっとだけ頭がだるい気がする。
この館にいる人たちの心を探るのに力を使いすぎたかもしれない。
心を隠している人が多いから、探るには心の奥に踏み込まなきゃならない。
帝国でも皇城にいる内通者を探したけど、あそこでは神術士は少ないし心が読めるような術士はオーレリアさんとカトリーネさんぐらいだったからね。心を隠す人はいなかったから、上部だけちょちょっと探れば済んだからそれほどくたびれなかったんだよ。
今思えば、昨日は長旅と慣れない服装でもともとヘトヘトだったんだよな……
起き抜けにそんなことを考えてしまってたら、隣で横になってるリドルカさんが俺のことじっと見てた。大きな手が俺のひたいに触れる。
「熱は、ないよ? 起きよ?」
今日はテレシーたちとウィラくんを挟んで話をすることになる。
もしかして、他の神王国とも対峙することになるかもしれない。
でも、帝国の時と違って今はリドルカさんがずっとそばにいてくれるし、テレシーとシュザージが合流すればもう百人力なんじゃないかと思う。
だからさ、これ以上俺の出番なんてないと思うよ?
首を傾げつつ、リドルカさんをじっと見てたらため息をつかれた。
頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、起き上がったリドルカさんに抱き上げられてベッドから下ろされた。過保護だよ。
簡単に身繕いして寝室を出て主室へ。大窓から朝の光が入り、白い部屋の中が輝いている。そんな部屋を何気なく見ていたら、扉の外で人が動く気配がした。扉の前に立っていた騎士が部屋の中で人が動いたことを察知し、一人がウィラくんの部屋へ、一人が侍女さんに伝えて侍女さんは厨房へ。
ああ、朝ご飯の準備してくれるのか。
これは朝食もウィラくんと一緒かな。
なんて思っていたら、リドルカさんの手が頭に乗った。
「タケユキ。危険を感じない限り、できるだけ力を使うな」
「はい……」
でも、この世界に来てからなんだか癖みたいになっちゃって。
向こうでは、俺が心を読んだりあっちこっちこっそり見てたりするとばーちゃんに察知されて叱られたんだ。だから向こうではできるだけそういうことをしないように心がけてたけど、こっちでは知らないと困ることも色々あって当たり前に力を使うようになってしまってる。
「御祖母殿の苦労が、窺える」
「……リドルカさんも、俺の心軽々読まないでください」
「流れ込んでくる。止めるつもりはない」
うう、俺のせいなのか。
聞かないフリして欲しいけど、聞いてもらえる嬉しさもあるから困るよ。
そんな感じでリドルカさんと話をしていたら、扉がノックされた。返事をしたらウィラくんが入ってくる。
「おはよう、良い朝だな。……タケユキ殿、服は?」
「おはようウィラくん。着てるでしょ?」
「昨日の衣装は着ないのか?」
「…………後で着るよ」
起き抜けから女装なんかしないよ。
ウィラくんの後ろにいる人たちがびっくりした顔してるね。本気で俺のこと女の子と思ってたのか。侍女さんとか侍従さんとか騎士さんとかがポカッと口を開けてるよ。爺やさんだけが表情を変えてない。さすがだ。
爺やさんが何か言うかと思ったけど、ウィラくんを部屋に残してどこかに行っちゃった。それに、ウィラくんがなんかご機嫌だ。
心読みたいけど、必要以外はダメって言われたし今は自重。
それから、ウィラくんと朝食をいただいた。
この世界は西洋風だなって思ってたら、朝はおかゆが出てきてびっくりした。米っぽい穀物のおかゆだよ。塩味で木の実みたいなのがちょっと入ってる。
「ウィラくん、この穀物なんていうの?」
「ん? コメか? 気に入ったか。ラスタルで取れる希少な穀物だ。客人に特別に振る舞うように言いつけていたのだ。朝、粥にして食べると胃に優しくて腹持ちがいいのだ」
おお、コメなんだ。
正確にはちょっと発音が違う気がするけど、俺には米に見えてコメと聞こえたからそれでいい。通じてるしね。
それにしても……希少なのか。その内、ちょっとでいいから種をもらえないかな。じーちゃんと田んぼもやってたから、落ち着いたら育てたい。
「そんなに、これが好きか? タケユキ」
「好き」
リドルカさんに問われて真顔で返した。
本当は炊いたご飯が好きだけどね。
リドルカさんはお粥がちょっと物足りないみたい。パンもあるからそっちをいただいてるね。そういえば昨日夕食で食べたパンはもちもちしてたっけ。もしかして米粉パンだったのかな。うん、いいね。
理想郷に水田を作りたいってシュザージにお願いしなきゃ。
ホクホクで朝ごはんを食べ終え、ほうじ茶みたいなお茶をいただいてほっこりしていたら爺やさんがやって来た。
「失礼します。先ほど、フレンディス王より面会の依頼が届きました。スタング様が王城にお泊まりのようで、帰還の報告に参りたいとのことです。その折に三人、共を連れて参るとも」
「……そうか。では会おう」
爺やさんの報告に、ウィラくんがニッと笑って答えた。爺やさんの顔にも笑みが浮かぶ。
昨日の夜、ちゃんと話し合って仲直りできたのかな?
もちろんやって来るのはテレシーとシュザージ、それとクレオさんだね。
女装、しなきゃね。
今回もまた、ウィラくんが着付けを手伝ってくれたよ。
爺やさんは渋い顔をしていたけど、ウィラくんが楽しそうだから口を出さなかった。リドルカさんも嬉しそうに俺を見てたよ。
綺麗に整えてもらって、そろって応接室に向かう。昨日の待合室の奥にあるんだって。
そうだ、昨日寄り分けた館の敵味方中立の人たちのこと、ウィラくんと爺やさんに知らせたいね。どうやって切り出せばいいだろう。
俺の超能力じゃなくて魔法陣で調べたことにするなら、シュザージと合流してからの方がいいかな。
館の中ではたくさんの人が働いている。
働いていないのは他の神王国から来てる官司だね。ナルディエにバロウ、もちろんウェルペティの人もいたよ。ウェルペティの人は大人しくしてるけど、しっかり主には報告に行ってたみたい。
考えながら廊下を歩いていると、正面からパタパタと走ってくるラスタルの官司さんが見えた。
「おっ、王子殿下! ジョルアン様、モーリス様、アデレイ様がそろってお越しになりました!」
うえ?
それって、他の神王国の王子様たちだよね。
ウィラくんが舌打ちし、爺やさんも眉を寄せる。
「ふん、先触れもなく突然来るとはな」
忌々しげに言うウィラくん。
強引に呼びつけるかと思ったら来ちゃったよ。
もうすぐテレシー達も来るんだけど、いいのかな。とリドルカさんをチラリと見れば
『ちょうど、いいのかもしれん』
と、心の中で言われたので、俺はうなずいた。
特に、ナルディエの王子のツラは拝んでみたいね。帝国で無茶苦茶してくれた礼もしたいし。みんなで囲い込んで逃げられないようにして──……
『……過激なことは、無しだ』
『はい』
自重します。
白くて綺麗な廊下を歩き待合室の近くまで来たら、入り口付近に人が集まっていた。ウィラくんと爺やさんが進み出るとその人たちはパッと散って距離を取り礼をする。
ウィラくんは俺たちに廊下で待つよう言って、爺やさんと一緒にその部屋に入った。
ここはさすがに覗いていいよね?
俺はリドルカさんをチラッと見た。リドルカさんの目が少し青く光って見える。リドルカさんも覗いてる? よし、俺も!
透視発動。
部屋の中には、待ち構えるように三人の白い髪の人がいた。成人した男性が二人と少し若い女性が一人。その周りにはそれぞれの従者が整列して立っている。
「遅いではないか、私が来たと知らせを受けたのならもっと急いで来い」
勝手に来ておいて、なに理不尽なこと言ってるの?
あ、こいつがナルディエのジョルアンだ。心読まなくてもわかる。身勝手で偉そう。
「其方が面白い客人を連れ帰ったと聞いてな。ぜひ紹介してもらおうとやって来たわけだ」
「私もよ。でもこいつらと一緒に来たわけではないわ。たまたま館の前で会ってしまっただけよ」
こっちの男性がバロウ神王国のモーリスで、女の人がウェルペティ神王国のアデレイか。なんか、みんな偉そう。
ウィラくんは表情を引き締め、前に出て彼らと向き合う。
「彼らは私の個人的な友人です。みなさんが気に止めることはないでしょう」
「誤魔化すな! 魔法陣の勇者を連れ帰ったのであろう、それは私のものだ。こちらへ渡してもらおう!」
ええ!? ジョルアン理不尽!
いきなり物扱いで寄越せって。すごいね。そんなこと言う人初めて見た。
……けど、この声、どこかで聞いたような気がする?
「私たちはこれから人と会う約束があります。今日のところは控えていただきたい」
「生意気な! 私よりも優先させねばならん者がどこにいる!」
「ほう、ならせっかくなのでそちらとも会おうか」
「いいわね。面白そうだわ」
おいこら聞けよ。
あんまりな対応に、心の口調が悪くなるよ。
ウィラくんを見たら唇を噛んでる。
いつもこんな言われようなのかな。それはストレスが溜まっても仕方ないね。
どうしてくれよう。じゃなくて、どうしよう。蹴散らしちゃダメだよね。
「どうした! さっさと連れてこい! お前たち、勇者の娘を知っているな!? 引っ立てて来い!」
「はっ、はい!」
「待て!」
理不尽な命令に、部屋を飛び出して来たナルディエの従者と官司たち。ウィラくんの静止は効かず、廊下に出てきた官司が俺を指差し叫んだ。
「こっ、ここにおりました!」
サッとリドルカさんが前に出て俺を隠した。
官司の叫びに、中にいた者たちがわらわらと廊下に出てくる。俺たちは少し引いて距離をとった。
「あら、素敵な方」
アデレイがリドルカさんを見て、ちょっと頬を染めてそう言った。
ムッとして、今度は俺が前に出た。
ダメだよ。あげないよ。俺のだよ。
そう思って睨むけど、身長差でリドルカさんを隠しきれない。ついでに言うと、怒ったリドルカさんに腕を引かれてまた隠されそうになったので、せめて横にいたいと足を踏ん張る。
そんなやりとりをしていると「んなっ」と変な呻き声が聞こえた。
ジョルアンとモーリスも廊下に出てきて俺を見ていた。声をあげたのはモーリスだね。なぜか目を見開いて固まってるよ。
これは心を読んでいいよね?
読めるかな、上位神術士だし。
えいやっ、で読んでみた。
……真っ白だ。
なんで?
神術対策かな。
あ、なんか聞こえる。これはジョルアンの方?
『な、なんだこれは、ぞくぞくするぞ。寒気か? 私は彼奴に攻撃を受けているのではないか? 魔法陣の勇者め、どんな技を使っているのだ? くくっ……欲しい。彼奴は必ず持ち帰ろう、色々と調べてみなければ』
ニヤァッと笑ったよ。
気持ち悪いよ。何する気だよ。女装姿に惚れちゃったのかと思ったら、なんか違う気がする。
なんて思ってたら。リドルカさんがまた俺の腕を強く引いて自分の背後に隠したよ。そしてジョルアンを強く睨んでる。
ジョルアンがカッとなって怒鳴った。
「貴様! 何のつもりだ! それを隠すな! そもそもお前は何者だ!?」
うるさいジョルアン、理不尽ジョルアン。
そんなジョルアンがさらに何か言おうとした時、背後から声が聞こえた。
『けたたましいな。神の子が集っていると聞いたが、実は原始の猿が集っているのではないか?』
響く声にみんなの意識が向かう。
自分の頬が緩んでいくのがわかる。
振り向けば、玄関側から歩いてくる金色の髪の美青年と金柑色の髪の美少女が笑っていた。




