第十三話
「あら、おはよう」
そう言ったミリネラさんの言葉の裏で『おそよう』と言われた気がした。テレパシーを使うまでもなく。
「すみません」
ちょっと恥ずかしいけど、謝りながら研究室に入ればじーさん先生とトルグさんも席に着いて何か書き物をしていた。
「まったく、お前はひ弱すぎないか? 新しい場所だからといって寝付けないなんて。もっとしっかりしろ」
「え、あっ、すみません」
「ふふっ、トルグは初めての弟弟子に兄ぶりたいだけよ。男ばかりの兄弟の末っ子だったんですものね」
「ミ、ミリネラっ!」
はあ、なるほど。
心配してくれてたってことでいいのかな?
「うむ、顔色は良くなったな。じゃあ早速だがお前さんが見た滅びの都のことを話してくれんかのう」
「はい」
俺は予めじーさん先生と打ち合わせしていた通り、船から海に落ち、気がついたらこの大陸へ来て何も知らずに滅びの都へ入ってすぐさま出てきたと言う話をした。
ちなみに、あの時盗賊たちを浮かせた件はテレシーがやったことで落ち着いた。
なんでも、年頃の少女や子供なんかは感情の爆発で資質以上に石の力を発動させることが、ごくごくまれにだけど本当にあるそうな。ミリネラさんなんかは「彼を守ろうとして力が暴発したのね」なんて言って目をキラキラさせてた。ごまかせたんならそれでいい。
馬車には神石も魔石も一緒にあったから使い過ぎによる異常状態は相殺された可能性があるとも。これから研究すると術学者のじーさん先生が言えば、そんなものかってことになったみたいだ。
だから、異世界のことも俺の力のことも省いて話す。
「伝承では、誰一人近づけない呪われた都という話だったんだがな」
「時を得て呪いが解けたということかのう。というより、そもそも呪われた理由が理由じゃからのう」
「この手帳の書き付けですか。これは本当なんですか? 誰かの悪戯書きかなんかじゃないんですかね。他の書き付けもどうにも……」
気持ちはわかるよトルグさん
俺が読んでもらったページは少しだったけど他にも色々書いてあるようだ。トルグさんが不審に思った他の内容もちょっと気になる。
じーさん先生が手帳を手に取りペラペラめくる。
「かつてあった大国、テウセゼウラの王子の物には違いないようじゃ。まあ、他の書きつけも王子らしくはないものじゃがなぁ」
苦笑いのじーさん先生。
「父王や兄王子への愚痴や、夜会などのパーティーでのやりとりについてぐちぐち文句を書き連ねておるが、魔法陣研究のひらめきや考察などのメモも多くあるようじゃし。伝承で語られる魔王石召喚の魔法陣を完成させたシュザージ王子の手記に間違い無いと、わしは思う」
「これは一大発見ですね。一応」
白骨バカ王子って、すごい人なのか?
「現在に伝えられている魔法陣と照らし合わせたり、検証は必要でしょうけどね。ミリネラ、魔法陣の記録はどれだったか」
「ああ、確か──書棚にしまったかしら?」
「物置の方ですよミリネラ様。最近研究された復元された魔法陣の資料はここの書棚ですが、テルセゼウラの古い魔法陣その他術関係の資料は物置の書棚です」
「そうだったわね。テレシー、取ってきてもらえる?」
「はい」
そう、会話しながらもテレシーはささっと書棚から目的の資料を取り出しミリネラさんに手渡して、会話が終わる頃には物置のドアを開けていた。そしてすぐに出てきて資料を机に並べていく。すごいな、小間使いって。
「こちらが昔テウセゼウラから持ち出されたとされる魔法陣の資料、こっちがベルートラスで研究された資料でこっちがお隣のスルディア王国へ行って見つけてきた分です」
「ありがとうテレシー」
「やっぱり魔法陣の資料は少ないな。その分、検証は早いかもだけど」
トルグさんがやれやれと息をつく。
魔法陣って、魔法のある世界じゃ当たり前にあるのかと思ったんだけど違うのかな?
「少ないの、ですか?」
「まあな。魔法陣の扱いはかなり面倒で大変らしい。その上、一国を滅ぼした呪われた技術だと思われていたからな。恐ろしくてあまりどの国も手を出していない」
「うむ。古い資料でもテルセゼウラの第三王子シュザージが、一番の魔法陣の使い手であったと書かれていた」
あの白骨バカ王子が!? 使い方を間違えなければすごい人だったのかもなぁ。
「魔法陣が上手く使えれば、魔術も神術ももっと使い勝手が良くなるはずなんじゃがなぁ。今のわしの研究もそのあたりなんじゃが」
今は魔王調査を国に任じられて忙しくて手がつけられないのだと、困った顔で愚痴るじーさん先生。
よくわからない。
なんて顔で首を傾げたら、トルグさんが説明してくれた。
「本来なら、魔石を使うなら魔属性の資質、神石を使うなら神属性の資質が一定量必要なんだが、魔法陣を駆使すれば資質が少なくてもある程度の術が使えるようになるはずなんだ」
「へえ……」
「廃れてしまったのが惜しいのう」
バカがバカなことしなければこの世界はもっと発展してたってことかな。
「実はね、この魔法陣の資料を最初に見つけたのはテレシーなのよ」
突然ミリネラさんがおかしな笑みを浮かべて言った。
「ちっ、違います! 発見だなんてそんなっ、ミリネラ様のお供で古書屋へ行った時。たまたま見つけたというだけで──」
「あら。その件がきっかけで私が魔法陣研究を始めて、オーリー先生に声をかけられて弟子入りさせてもらったんだもの。私たちの中では最初の発見って言って間違いないでしょ?」
なんかちらちらと俺を見てる。なんでしょうか。
「それがあったから、先生は滅びの都を調査することになってタケユキと出会うことになったんですもの。すごい縁だと思わない?」
確かに。そのおかげでミリネラさんはじーさん先生の弟子になってトルグさんと会って結婚したんだろうから思い出深いよね。あれ? なんでテレシーは真っ赤になってるんだろう。
「ミリネラ様ーーっ」
「おい、ミリネラ。あまりからかってやるな、通じてるようには見えないし。それより、魔王調査の報告書をまとめなくちゃいけないんだ。明日には王城に報告に行くんだからな。遊んでる時間はないぞ」
「ふふ、ごめんなさい。テレシー、お茶を淹れて来てくれる? 美味しいのをね」
「……はい」
なんだかテレシーがガックリしてる。お茶の用意の間に飴ちゃんでも舐めて元気になってほしいな。
そんなことを思いながら見ていると、部屋を出る扉に手をかけたテレシーが「あっ」と声を上げて振り返った。
「今、思い出したんですがあの時盗賊たちはタケユキさんを見て、オーリー先生以外にも調査に来てるのかとか、そんな情報は聞いてないとか、言ってました」
「なんじゃと!?」
にわかに剣呑になる室内。
そういえば、言ってたような?
あの時の俺はこの大陸の言葉がわからないことになってるから声には出さないけど、じーさん先生がこっちを見たので『聞いた気がします』と心で答えた。
翌日
今日から三日ほど、じーさん先生とトルグさんが王城に出かける。
各地から情報収集に行っていた者たちが集まって会議があるそうだ。その前後に知り合いや気になっている調査に出た者と個別に話もしたいので、城に近い宿屋に泊まることにしたらしい。
「留守を頼むぞミリネラ。タケユキもせっかく男手がいるんだから、もしもの時はミリネラたちを守ってくれよ」
「はい」
「オーリー先生、トルグ、そちらも用心してね」
「城で何かが起こることはないだろう、宿も信頼できるところだからな。私は家の方が心配だ」
「何事もなければいいんじゃがなぁ」
ひとつため息をついて、じーさん先生とトルグさんは馬車に乗って出かけて行った。旅に使っていた幌馬車じゃなく、登城用のシンプルだけど綺麗な馬車だった。
「門は閉ざしておきましょう」
ミリネラさんがそう言うと、門のところいたスルフさんがうなずいて門を閉ざす。
警戒するのには訳がある。
昨日、思い出した盗賊の言葉のせいだ。
「誰かが盗賊を雇い、またはけしかけてわしらの調査を邪魔しようとしていたわけか」
じーさん先生がそう推測する。
問題はそれだけじゃない。
「仲間を増やして執拗に追って来たことも疑問だ。無事に帰って来たとはいえ、もしかしたらまた奴らの裏にいる何者かが何か仕掛けてこないとも限らないな」
トルグさんもそんなことを言っていた。
じーさん先生は偉い人みたいだし、敵対してる学者とか権力者とかがいるのかもしれない。ミリネラさんが何か知っているなら後で聞いておいた方がいいかもな。教えてくれるかはわからないけど。
見送りを終えて、俺たちは屋敷に戻った。
敷地内の警戒はスルフさんが中心になって雇い人たちでするらしい。スルフさんは盗賊のことを見て知っているから。
俺はこのあと勉強だ。
まだまだこの世界の言葉はわからないので、専門用語とかを教えてもらう。先生はミリネラさん、テレシーがその助手らしい。
せっかくだからテレパシーは切って練習だ。
ちゃんと覚えるに越したことはないし。なんだかニマニマしてるミリネラさんの心を読むのは躊躇われる。
ついでに、俺に魔術と神術の適性があるかも調べてくれるそうだ。
鍵付きの棚から出してきた箱に入っている、大中小の二種類の石を触れば適性と資質の上限がわかるそうだ。
結果としては、俺は適性も資質も全くなかった。
これもまた滅多にないことらしいが、大陸の影響のない島国の者だからだろうってことで納得された。
本当のところは異世界人だからかな? それとも超能力のせいか。
どっちにしても今持ってる力で十分だから、使い方も知らない余分な力はいらない。
そうして、その日は何事もなく終わった。
次の日は勉強と、お屋敷の使用人さんたちの手伝いをした。掃除とか料理とか。家事は得意だし。
日暮れ前、手が空いた頃にひとつミリネラさんにお願い事をした。
「針と糸?」
「あと、できれは捨てるものでいいので古くなったシーツとかあったらください」
「あるとは思うけど、何をするの?」
「着替えを作ります」
「着替え!?」
なんせずっと着た切り雀だ。
ここに来てから一度だけ洗ったけど、今のままでは色々困ると思うから。かと言って買う金はないし、綿や麻を種から育てて布にまでするのは大変すぎる。そもそも種もない。まあ、糸と布も借りにはなってしまうけど。
「ふ、服って、作れるんですか? 自分で?」
テレシーがワナワナしながら聞いてきた。
簡単なものなら作れる。ばーちゃんに教わった。
「ごめんなさい、気がつかなかったわ。着替えならトルグのお古をあげるから取りにいらっしゃい」
「ありがとうございます。でも、やっぱり針と糸は貸してください、大きさが違うので」
俺は背が低い。トルグさんは背が高い。
「そうね。服が作れるくらいなら、手直しもできるのかしら?」
「はい。でも、やはり少しでいいので布はください。下着は作りたいです」
「……確かに下着のお古は嫌ですものね」
ミリネラさんがほほっと笑う。テレシーがもじもじしてる。なんだろうね。
その夜は少しだけ夜なべして下着を一枚と、服の丈直しをした。
ありがたいことに新しい布をくれたので、それで作った。
そして翌日。
事件が起こった。




