第百二十九話【テレシー:一方、その頃】
今日一番の楽しみが、明日に先延ばしされてしまいました。
「タケユキさんの体調を優先するのは当然ですが……」
『また無理をしているのではないか? それも心配だ』
今、私たちがいるのはフレンディス国王城の王族居住区にある一室です。本来なら王子様や王女様が使う部屋らしいのですが、今の王様と王妃様の間にはお子様がいらっしゃらず、空いていたので使えばいいとのことです。
なかなかにすごいお部屋ですが、滅びの都にあったシュザージの部屋の方が豪華だったので気遅れはすぐになくなりました。使ってない部屋なので物が少なく、そう思うだけかもしれませんが。
そんなお部屋のちょっと年季の入った天蓋付きベッドに一人突っ伏し、私は少しばかり不貞腐れていました。
シュザージは姿を消しているので、広いお部屋に響く声は二人分でもここにいるのは私一人。
なんとなく寂しくて、ため息が出ました。
今日はなんやかんやと忙しく、食事の後も色々王様や王妃様に付き合わされて疲れています。それもこれも、女装したタケユキさんに癒してもらう予定で頑張ったのですが……タケユキさんに無理をさせるわけにはいきませんからね。わかっています。
「早く、ずーっと一緒にいられるようになりたいですね」
『私もそう思う。だからこそ、ここからが正念場だ。おそらくタケユキの能力に頼らざる得ないことが多くなろう。休める時に休んでおかねば』
ペンダントから聞こえるシュザージの声に、納得しつつも不思議に思っていたことを尋ねてみます。
「魔法陣で心の声を聞くことはできないのですか?」
『できないわけではない。ただし、読心の魔法陣を描いたものを相手に持たせるか、大きく描いた魔法陣の中に一緒に入るかせねばならん』
シュザージが言うには、もともと犯罪者の心を探るために作られた魔法陣らしく、テルセゼウラでは一般的に使われることはなかったそうです。
『複合術とは言え、魔力や神力を人の体に当て続けるのは良くない。治療などで使われる術も、できれば命の危険を回避するためだけに使うべきなのだ。できるかぎり薬や自身の治癒力で回復するのが望ましい』
そういえば、ホーケンの町でも魔落ちした人から魔力を取り除く魔法陣は描いていましたが、治療はお医者様に任せていましたね。
『経験を積んだ術医師なら程々の加減がわかるだろうが、私にはわからんでな』
心で思ったことに返事を返されました。
なるほど。
『そもそも、タケユキほど広範囲に読心の術を使える者などいない。しかも精度が高い。あのように他人と心で普通に話すなど、魔法陣を用いてもあり得ないのだ』
「そうなんですか?」
まあ、私とシュザージは他人ではないので別ですが。
聞けば、神術での読心では単独魔法陣での通信のように聞きとりにくく鮮明な声は拾えないとのこと。なるほど。タケユキさんはすごいですね。
『重宝はするが、タケユキは能力を使えば疲労する。そのくせ本人は無茶をする。周りが止めてやるしかなかろう』
「そうですね」
リドルカさんなら過保護なくらいタケユキさんを守ってくれていますから。そのリドルカさんが今夜は転移せず休ませる方がいいと言っていたのです。
仕方がありません。
「楽しみは取っておきましょうか。明日は会いに行くんですよね?」
『うむ』
魔術特化の通信魔法陣でリドルカさんとお話しした時、タケユキさんはちょうどお風呂に入られていたとかで話はできず。その代わり、明日も女装していただけるようしっかりお願いしておきました。リドルカさんはタケユキさんに伝えて、自分からも頼むと請け負ってくれました。
明日が楽しみです。
さて。
私たちは無事、フレンディスの王様を味方につけることができました。
それ自体は本当に良かったと思っています。
けれどその後、森の奥の秘密工作員の隠れ家兼奥様のお家でホーケンの町で行ったような魔法陣講義をする羽目になってしまったのです。
フレンディスの王様は、いつ神王国に暗殺されるかわからない立場だと聞かされたので、シュザージが守りの魔法陣をいくつか施そうとしました。そのために、ホーケンと同じように王様と奥様の術資質を調べてみたら王様がすっかり興奮してしまい、他の方々も自分の術資質の明細を知りたがったのを皮切りに、ぜひにと頼まれてお家に居た人全員の資質を調べる羽目になったのです。
ちなみに、王様はラッシュさんと同じ感じで魔法陣術士の適性が高かったのですが、いかんせんお年ですし、その年まで上位神術士としてやってきたため魔術を覚え直すのは難しく。それを聞いて無茶苦茶悔しがっていました。
逆に、工作員の方々は魔術の術資質に偏った方が多く。王様は、彼らに魔術を習わせて自分と組ませられないかと粘りましたが、彼らもまたいちから魔法陣を覚えるのは難しい歳で、術士としても何の学習もしていないので描き上がった魔法陣に魔力を込めることすら困難と判断されました。
工作員さんたちも悔しがっていましたが、その中には次代に期待する人も多かったです。つまり、ご自分のお子様に学ばせてやりたいと。
もちろん、それはテルセゼウラが復興してからの話になります。
それで良ければ考えてみるとシュザージが言えば、工作員さんたちのやる気が跳ね上がりました。王様もご自分の孫たちに教えたいそうです。
王妃様との間にお子様はいらっしゃいませんが、奥様との間には数人いらっしゃり、皆さん成人してアイレス領に住んでおられるそうです。
そんなやりとりをしている内に日が暮れかかり慌てて王都までやって来たわけです。これから協力関係を築くのですから無碍にもできませんしね。
礼として神石をいくつか分けてもらえましたし、良しとしましょう。
これで神力の補充ができますからね。
しかし、王城でもまた、少しですが魔法陣講義をすることになってしまったのです。
私たちは王様との話し合いの後、王様の馬車でフレンディスの王城までやって来ました。
小さな馬車でこっそりひっそり行くのかと思えば、思ったより立派な大きい馬車でびっくりです。
「儂が愛人に会いに行くのはよく知られているので、誰も不審に思わんのよ」
と、王様はカラカラと笑っていましたね。
愛人と呼んでますが、奥様のことです。別れさせられたと聞きましたから元奥様と言うか、ある意味愛人でもおかしくないのでしょうか?
ただ、スタングさんだけは変装して馬車に同乗させられました。いかんせん、見た目が神王一族そのままですから王様の馬車から出て来たらお城にいる神王国の手の方々に勇者を引き入れたことがバレバレになるからです。
シュザージは引っ込むだけでいいので、私は女装したスタングさんの小間使いを装って馬車に乗りました。
「この歳で、女装は恥ずかしいですね……」
十七歳のスタングさんはそんなことを言いました。
神王国の男性は、変装と言えば女装になるのでしょうか。王様に変装するよう求められたスタングさんは、当たり前のように奥様に相談し、ノリノリになった奥様にすごい美女に仕立て上げられました。
ウィラネルドさんといいスタングさんといい、もともと神王一族は美形だと聞いていましたが似合いすぎです。タケユキさんもきっと似合っているに違いないですし……ちょっとだけ、立つ瀬がないです。
ちなみに、クレオさんはお城の門前にある広場で私たちの到着を待っておられました。そのまま何気ない風に合流し、タケユキさんたちがラスタル神王国の別邸にいると教えてくれました。
一足先に、タケユキさんの女装姿をご覧になったとか。
うう、羨ましいです。
そんな感じでこっそりやって来た王城の、王様の私室には王妃様が待っておられました。そして人払いをした後、王様から話を聞いた王妃様が目を輝かせ自分の資質も調べて欲しいと手をあげられまして……
とてもお若い方で、三十そこそこにしか見えず驚きましたが、さらに驚いたのはその白い髪とくっきりとした紫の目でした。
なんと、王妃様はナルディエ神王国のご出身だそうです。
私たちは揃って身構えてしまいましたが、王妃様はコロコロと笑いながら言いました。
「わたくし、自国が嫌いなんですの」
……と。
嫁いだその日から王様と結託して、神王国へ反旗を振る機会を虎視淡々と狙っていたそうです。王様は夫というより同志だそうです。
王妃様は現ナルディエ神王の末の妹らしいのですが、兄王の不興を買って国を追い出されてしまったのだとか。
「わたくし、結婚に夢は見ていなかったので夫は誰でもよかったのですが、他国に嫁ぐのだけは嫌でしたの。研究が続けられなくなりますもの」
『研究?』
「神術の改良研究をしていましたの」
『ほう』
「シュザージ、そこに食いつく気持ちはわかりますがほどほどにお願いします」
術研究と言って目を光らせる王妃様に、オーリー先生方に通じる何かを感じました。なるほど、魔法陣に食いつくわけです。
術研究の話が始まらないよう念押しして、元の話を続けました。
王妃様も咳払いしたのち、ナルディエ神王国の現状を話してくれます。
ナルディエの今の神王様は王妃様の兄で、我が儘放題に育ったその息子が跡取りらしく、これがまた頭が痛くなるほど傲慢で欲張りなんだとか。
……ナルディエは欲張りだと、ウィラネルドさんも言っていましたね。
「でもね、そんな性格なのにあのボンクラは術研究には長けているそうなの。わたくしの研究を乗っ取って怪しげなものを作り出していると聞きましたわ」
怪しげなもの?
私はそんな怪しげなものを一つ持っています。
シュザージに視線をやればうなずいてくれたので、私はリュックに入れていた謎の紫の石を見せました。
「それは、こんなものですか?」
ナルディエ神王国の黒の神使が残していったアレです。
シュザージが施した封印の魔法陣の布包からチラって開けて見せただけですが、その時の王妃様の驚きは大変なものでした。
「な、なんですの、それは!? 気持ち悪い!」
「すごい色じゃのう……」
王様まで引いてます。
一緒にいるスタングさんもです。クレオさんは首を傾げていますが。
確かに色はいい色ではないですね。おどろおどろしい紫ですから。
と、考えた時。心の中でシュザージが言いました。
──上位術士にはわかるのだろう、僅かだが不安定な波動のようなものが出ている。リドルカも気持ち悪がって床に放置していたではないか。
そういえば。
あれは、タケユキさんを攻撃した石と同じだから足蹴にしているのだと思っていました。
『ナルディエの黒の神使が持っていた物だ。持ち主が気絶したら殲滅の神術という術が発動するようになっていたらしい。今は術は解除されていて魔法陣を描いた布で封印しいあるから無害だが……其方はこれを知っているのか?』
シュザージの問いに、王妃様は首を横に振りました。
「賢者様にもわかりませんの?」
『神石と魔石を統合圧縮したものではないかと思う。魔法陣で同種の石の力を統合圧縮することはできるが、異種の物を完全に統合することはできない。そもそも神力と魔力は反発し合うのだ。それを利用して魔落ちを防いだり神力の上限越え消滅を防ぐのだが……』
「それ、わたくしに下さいな。調べてみたいですわ」
王妃様が恐々と、でも興味津々で両手を差し出しました。
それを見て、シュザージが半睨みになります。
『できるのか? ここで』
「できませんわね、ここでは……」
手を引っ込める王妃様。
「確かに、この城には神王国の手下どもが大勢いるからなぁ」
と、ため息をつく王様。
この王族の居住区にも勝手に出入りされるし、今も聞き耳を立てているかもしれないとのこと。まあ、この部屋はシュザージが厳重に魔法陣で防御してますから覗かれてはいないでしょうが。
とりあえず、紫の石に関しては保留です。
しかし、その後もしばらく神王国について色々と話を聞くことができました。
そんなこんなで、やっと自由になったのが今の時間なのです。
「もっと早く、個室に来れていたらタケユキさんと会えたのでしょうか」
『向こうも大変なようだ。無理だったろう』
タケユキさんたちは、ラスタル神王国でのウィラネルドさんの味方を探していたそうです。一人は確保できそうだとリドルカさんが言っていました。
……一人ですか。
いえいえ、魔術での単独魔法陣でのやりとりで詳しい話は聞けませんでしたから、明日にはもう少しはっきりとした話が聞けるはずです。
「こんなことしてても仕方がないですね。私も寝ます」
上着と靴を脱いで、ベッドに入ります。
靴はベッドの横に置きますが、守りの魔法陣がビッシリの上着は手元に置いて寝ることにしました。
王様も言っていましたが、どこに敵が潜んでいるとも限らないですからね。
タケユキさん、おやすみなさい。




