第百二十八話【ウィラネルド:じい】
やっと帰って来たラスタル神王国の別邸。
美しいラスタルの建築物を見て、タケユキ殿たちが喜んでくれたのはよかったのだが……
じいがいた。
ラスタル神王国の城で留守をしているはずのじいが、私が飛び出した知らせを聞いて神馬で駆けて来たそうだ。
ラスタルでは通信の術は滅多に使えないから馬で知らせを走らせたそうだが、余計なことを。
まったく。
そして、顔を見た途端いつものように顰めっ面でガミガミガミガミ。
私を嘲る周囲の連中も腹が立ったが、心の読めないじいのお小言は聞いていると気が滅入る。
じいは、父上が付けた私の教育係でもある。
じいは、不出来な私が嫌いなんだ。
じいは、本当は父上の側近で、父上に仕えていたかったんだ。
だから父上が嫌いな私が嫌いで、でもだからこそ父上の意に沿うように育てようとして怒るんだ。そうはいくか。
タケユキ殿とリドルカ殿が一緒に来てくれててよかった。
おかげでお小言は早めに切り上げることができた。
二人が追い出されないか冷や冷やしたけど、なんとかこの館に泊めることができて、一緒に食事をとれた。旅の間はずっとそうだったしな。
そんな旅の話をできたのも楽しかった。
じいに叱られて滅入っていたのが元気になった気がする。
明日の朝食も一緒にとろう。館の裏にある庭園を見せてやるのもいいな。
なんて考えていたら、部屋にじいが来た。
「少し、よろしいか」
よくない。
よくないけど、文句を言ったらまたお説教だ。
寝る前にお説教なんか聞きたくない。
こんな時間だし、たいした用ではないだろうと思っていたら、じいは侍女に言ってお茶を持って来させていた。
そしてテーブルにつくように言う。
面倒だ。
だけど、侍女が用意した香りの良いハーブティは、寝る前に飲むとよく眠れて疲れが取れるお茶だ。それに釣られて、私は仕方なく席についた。
侍女が下がり、二人だけになる。
すると、じいは胸に付けている神石の飾りを外してテーブルに置いた。
私は首を傾げた。
「ウィラネルド殿下。お伺いしたいことがあるのですが、よろしいか」
「え? あ、ああ」
驚いている隙に問われて応じてしまった。
「あの者たちについてです」
私はムッとして言い返す。
「それは先ほど話したではないか」
「ええ、ですがもう少し詳しく。助けられたと聞きましたがどのように? 剣の腕前や術の扱いなど。後は人柄などでしょうか」
思わず顔が綻んだ。
じいはもしかしたら、彼らの力を見込んでラスタル神王国に取り込もうとしているのかもしれない。
私が勧誘しても断られたが、じいがその気になってくれたならもっと上手く交渉してくれるかもしれない。
彼らの良いところを全て語らねば!
「リドルカ殿の剣の腕前はすごいぞ! ナルディエの神使もバロウの神使もまったく敵わなかった。タケユキ殿も、あの細腕で投擲をされていた! バロウの神使を一人、石を投げて倒したのだ」
あれには驚いた。
何気ない風にシュッと投げた石が、敵の頭に勢いよく命中したのだ。あれもなかなかカッコ良かった。
じいがふむふむと聞いてくれてる。
「術に関してはわからんが、何かの術を使えることは確かだろう。ナルディエの神使が口封じの為に殲滅の神術を使おうとしたのだ。止めようとしたが膨れ上がる神力抑えるのに手一杯で、術の解除がうまくできずにいたら二人が助けてくれたのだ!」
殲滅の神術。
それは、神石に込められた神力を一気に放出して、そばにいる者を全て消滅させる恐ろしい術だ。そんなものを町の端とはいえ、あんなところで発動させるとは。正気の沙汰じゃない。ナルディエ、いやジョルアンめ。
「助力とは……魔法陣で? それとも魔術?」
「どっちでもない」
「どちらでもない?」
あの時のことを思い出す。
明かりを灯していた神殿騎士が逃げ出して辺りが真っ暗になった時のこと。リドルカ殿が何かタケユキ殿に言っていた。術の発動阻止に全力だった私はうまく聞き取れなかったが、私を守るとか神力は自分が抑えるとか言っていた気がする。
「あれは魔法陣ではない。魔法陣の勇者が魔法陣を使うところを見たが、いちいち空中に魔法陣を描いたり地面や何かに描き込んで発動させていた。だが、タケユキ殿たちはそのような素振りはなかった。ただ、青い光が飛び交っているのは見えた」
「青?」
「ああ。神術の白でもなく、魔術の黒でもなく、ましてやナルディエが作った禍々しい紫の力でもなく。美しい青い光だ」
じいが驚いている。
じいは博識だから何か知っているかと思ったら、じいも知らない力らしい。
「あれが何の力かは私にはわからないが、嫌な感じはしなかった。おかげで私は無事、殲滅の神術を解除できたのだ。まあ、そこで力尽きて、気がついたらスタングの泊まる宿にいたのだがな」
そこまで思い出したら、今度は苛立ちが湧き上がる。
「そういえば、スタング様を連れ戻す口実で飛び出されたのでしたね」
じいに言われて、もっと口を尖らせた。
あいつの話なんかしたくない。
まあ、話さなくてもじいは勝手に私の心を読んでるはずだ。と、思ったところでテーブルの脇に置いた神石の飾りが目に止まった。
あれ?
そういえば、どうしてじいは神石を外したんだ?
あれでは心が読めないぞ。
読心の術を防ぐだけなら心を閉ざすなり虚偽の情報を思い浮かべるなりしてできるが……
それじゃあ、言いたくなくても話さなきゃいけなくなるだろ。
じいは聞く体制で私を見ている。
私は、憮然としたままスタングのことを口にするしかない。
「……スタングは、ラスタルを裏切った」
「裏切った?」
「あいつは魔法陣に傾倒して、怪しい詐欺師を師匠と仰いで私に無理難題を押し付けてきたのだ」
「無理難題? まさか、スタング様はナルディエやバロウの手先になられたと!?」
「違う! ラスタル神王国を神王国筆頭にして、ナルディエやバロウを下せと言ったのだ!」
じいも驚いたのか目を見開いた。
そうだろうそうだろう。
「ナルディエもバロウも強国だ。ウェルペティは何を考えているかわからんが、そう簡単に下せるものではない。なのに、あの娘は『私たちならできる』とほざいて私を焚きつけようとしたのだ!」
「娘、と言いますと?」
「魔法陣の勇者だ。その実は滅びの都でテルセゼウラの亡霊に取り憑かれた、ただの小間使いだったがな」
私が頬を膨らませながら奴らの妄言を思い出して腹を立てていると、じいは顎に手をやり視線を泳がせた。
何を考えているのだろう。
心を読むか?
いや、じいは心の中でも平気で嘘をつくから覗いたところで本音が読めるとは限らない。いつもいつもそうだ。
じいに限らず、私の周りはみんなそう。
内も外も敵ばかりの私に、どうやって他の神王国に対抗しろというのか。
……それは、できるものならそうしたいけど。
そんなふうに、モヤモヤイライラしていたらじいが顔を上げた。
「ラスタル神王国を強国にすると言う勇者たちは、スタング様を王に据えるおつもりか?」
じいの言葉に首を振る。
「いや……あやつはスタングを弟子として自分の国へ連れ帰るつもりみたいだった」
「つまり、ウィラネルド殿下を王位に着け、強国となったラスタル神王国を裏で牛耳ると」
いや、それも違う。
「あやつらは、かつての魔法陣大国を復活させるために動いていると言っていた。それを邪魔をしそうなバロウなどの神王国を抑えて欲しいとも……」
「魔法陣大国の復活、ですか。神王国を抑えた後は世界征服でもするつもりでしょうか」
「それは……しないと思う」
簡単に敵対国を潰せるなどと言ってはいたけど、それをやるとあの詐欺師は……テルセゼウラの王子は必ず後悔して死ぬより苦しむからしない、と言っていた。
「理想郷を作ってのんびり暮らしたいそうだ。そのために、余計な恨みは買いたくないと。だから、ラスタル神王国を手伝うのだとも言っていた……」
「手伝う、ですか」
私はじいにうなずいた。
しかし、そうして言われたことを思い出し口にすることで、頭の中ではその時の情景が思い出される。
それらの言葉を口にした少女は、真っ直ぐに私の目を見ていた。
何もかも見透かしたような目で──
「それは、我がラスタル神王国の悲願ではないですかな?」
じいの言葉に、グッと息を飲む。
「それは……」
確かにそうだ。
そもそもそのために私は魔法陣を求めて勇者に会いに行ったのだ。
「他国の言いなりになるしかない今の現状を、神王陛下も嘆いておられます。敵を退ける力があればと常に願っておられました」
「父上が!?」
「神王陛下もまた、今のウィラネルド殿下と同じような立場で、味方もないまま王位につかれたのです。兄君は、何の策も講じないまま敵に噛みつくばかりで、あの方が王位につけば我が国は早々に、ナルディエかバロウに併呑されていたかもしれません」
「え……?」
「国ではこのような話はできませんでしたからな。どこで聞き耳を立てている者がいるともしれない」
「それはこの館でもそうだろう!?」
思わずあたりを見回してしまった。
この部屋にいるのは私とじいだけだが、奴らの手下も皆が神術士。術を使って盗み聞きされていてもおかしくない。
「落ち着かれよ。神王となるお方がそのように取り乱されてはなりません」
こんなところで説教が来た。
思わずじいを睨む。
「他国の官司は自国の指示を待って玄関先でうろうろしています。……ところで、その勇者たちですが魔王討伐についてはどのように話していましたか?」
「え?」
なぜ急にそんなことを?
「延期したことについては文句を言われたけど、特には……」
「ふむ、魔王討伐に名乗りを上げてやって来た勇者が、魔王を放置したまま理想郷作りを語り神王国を平定にやって来たのですか」
そう言われてみれば、何か変な気がする。
魔王石を用いて世界を征服しようとしていた帝国は放っておいて、のんびり理想郷で暮らしたいとは確かに妙だ。魔王石が使用されたのが帝国内でも、魔王が外へ出てくることはないとは言えない。滅びの都がある場所は海を隔てているとはいえ、帝国に近いはずだ。勇者の出身国であるべルートラス国もそう。遠い神王国よりそちらの方が脅威では?
土地が魔に落とされれば復興どころではないだろうに。
私も頭を捻ってみたが、よくわからない。
なのに、なぜかじいが笑っている。
「……なるほど、これは好機ですな」
その声は小さな小さなものだった。
意味を問いただそうとしたら、じいは「はあ」と息をつき次の言葉を発した。
「しかし、このような話になるとは思いませんでした。私は殿下が楽しそうに旅の話をしていた……と給仕の者に聞いて、その話をお聞きしたかっただけなのですが」
「へ?」
間抜けな声が出た。
「私はここ何年も、殿下が心から笑うお顔を拝見していませんでしたから」
少し寂しそうなじいの声。
笑っていられる状態じゃなかったからな。
でも……
「じいが、そんなことを聞きたがっているなんて思わなかった」
「私は、心から殿下たちのことを案じております」
「たち?」
「スタング様はお元気でしたか?」
「あいつは……元気だった」
神殿から連れ戻したばかりの時は、オドオドと俯いて覇気もなく昔一緒に遊んだ明るいスタングではなくなってしまっていた。それが、あいつらといるうちに神殿関係者を叱咤し神王一族の威厳まで取り戻していた。
「若者が、一人で旅立つのは良いことなのかもしれませんな」
またボソリとじいが言う。
「一人で飛び出すなって、怒ってたくせに」
「報告は必要です。最も、ここではそれもできなかったことは理解できます」
敵に送り込まれた官司が好き放題している別邸で、奴らの主を出し抜いて勇者を確保しに行くなんて言えるわけもない。じいもいなかったし。
「それで、スタング様は今はどちらに?」
「あいつも他の勇者どもと一緒にこの王都へ向かっていたから、そろそろ着いているはずだ。王の呼び出しに応じて来たみたいだけど、目的は味方につけられる神王国を探るためだと言っていた。ラスタル神王国を担ぐことを諦めてなければ、近いうちにこの別邸に来ると思う」
そういえば、スタングの奴、一度は私を探しに来てたがあの後はどうしたのだろう。もう少し頑張って探してくれたりしたのだろうか。
まあ、あいつに連れ戻されないように、タケユキ殿たちに頼んで連れて来てもらったんだから言っても仕方がないことだけど。
そんなことを考えていたら、じいはまた笑って私を見ていた。
「殿下も、友を得られて元気になられたようですし。殿下がそれほど気を許せる者なら、できればこのまま留まってもらいたいものですが──」
「本当か!?」
思わず立ち上がってしまった。でも、じいがそう言うならやはりもう一度勧誘してみよう! と、浮き足立つ私をじいが片手を上げて制した。
「しかし、それはあの者たちが何者か明かされてからです」
「何者、とは?」
「殿下は彼らがただの旅人に思えますか? おかしいと思うところや、難点など気になるところはなかったのですか?」
難点、か。
「何を話すにも説明が下手で、すぐいちゃつくところが難点といえば難点か」
天井を仰ぎつつそんなことを言えば、なぜかじいがうなずいた。




