第百二十四話
「くしゅんっ」
なぜか突然くしゃみが出た。
「どうした、タケユキ。寒いか?」
「いえ、誰かが噂をしているのかもしれません」
「噂? それでなぜくしゃみが?」
「うーん、なんでかな。俺の故郷の国では噂をされればくしゃみが出るって言われています。絶対ってわけじゃないですよ」
リドルカさんがよくわからないという顔をしている。けど、すぐに辺りを見回した。そこかしこで噂してる連中がいるからね。やっつけちゃダメですよ。
夕暮れ時、王都へ入る門前は旅人や街へ帰る者たちで混み合っていた。
そんな中、俺達が行けば注目されても仕方がない。
先を行くのは真っ白な神馬。馬上の人は白い髪に少し赤みのある紫の瞳をした少年。仕立てのいい真っ白な衣装に銀の刺繍や銀細工。宝石みたいに磨かれた神石を飾りに使った豪華な装いは、この辺の人なら誰でもわかる神王国の王族の姿だ。
そりゃみんなびっくりするよ。
その後ろを普通の茶色の馬、馬之進に乗ってついて行く俺とリドルカさんも注目されて当然か。
ウィラくんが神馬を進めれば人混みが割れて通路ができる。そこをゆっくり進んで城壁にたどり着いた。
門を行き来する人を検分する兵士が大口開けて驚いている。すぐに城壁の中から偉そうな兵士が出て来てウィルくんを見てこれまたびっくり。
「こっ、これはラスタル神王国ウィラネルド殿下、ささ、どうぞお通りください!」
「うむ」
あっさり城門を越えちゃった。
取り調べられるのも困るからいいんだけど。
神馬の上から振り返って、ちょっと得意げに笑っているウィラくん。ちゃんと前を見てね。道々にはまだ人がいっぱいでウィラくんを見てるよ。
それにしても……
「ここがフレンディス国の王都なんですね」
フレンディス国はこの大陸では大きな国のはずなのに、その王都は……こう言ってはなんだけど貧相だった。
分厚い城門を抜けた先に広がる街並みは背が低く、ほとんどが一階建。色は白っぽい灰色で飾り気もなく色もほとんど使われていない。行き交う人々を見ても、地元の人はほとんど白地か薄い色の服を着ている。色のついた服は旅人とか商隊とか俺たちとか、他所から来た人だけじゃないかな。
その街並みは奥に行くほど傾斜が高くなって行き、この町がなだらかな丘の上にできた街だとわかる。貧相な街並みを抜ければ徐々に白っぽい灰色の建物はきれいな白い建物になる。富裕層の住む一角かな? その先は岩場と色の薄い木々があり、丘の中腹に灰色の重厚なお城と白い神殿が並んで立っていた。更にそこから伸びる四本の道の先には、お城より立派な白い建物が四つ間隔を開けて並んでいる。
「ウィラくん、もしかしてあの丘の上に立っているのが神王国の別邸?」
前を行くウィラくんに尋ねてみた。
ウィラくんは嬉しそうに答える。
「そうだ。西側からナルディエ、ラスタル、バロウ、ウェルペティ。中腹にあるのがフレンディスの王城と神殿だ」
馬上から指差ししながら教えてくれるウィラくん。
「神王四国の庇護の厚いこの街は、素晴らしく美しい街だろう? もちろん我がラスタルの王都の方が美しいがな」
……ええ。
好みの差かな。
俺はベルートラスの王都や帝国の皇都の方が好きだったな。
ベルートラス王国の王都は港もあったせいか人の行き来も多くて市場も賑わっていた。じーさん先生のところは貴族や富裕層の家が多いところだったから特別きれいだったけど、テレシーと行った街だって色とりどりの屋根や壁の色があって華やかだったし、ひったくりなんかもいたけど荒れたような感じはなかった。そこそこみんな豊かだったんだと思う。子供が飴屋で飴を買えるくらいにね。
帝国の皇都は、厳しい皇帝から優しい皇帝に変わったことを喜んでいるような雰囲気があったね。リドルカさんやお姉さんたちはまだ怖がられてたけどパレアーナさんは人気者だったし。前皇帝派はまだいるし内乱とか化物の来襲とかで復興は大変だと思うけど希望はあったと思う。お城で働いている人たちはいい国にしようとしてたし、町の人たちも反乱者に抵抗してた。
ここは……なんだろうね。閉塞感というか、空気が寒々しいと言うか。
ああ、そうか。色付きの服の人はウィラくんを見ると色々言い合いながら注目しているけど、白っぽい服の人は目を逸らせて家の中や路地へ入っていく。
聞かれるはずのない心の声を、必死で隠しているように思えた。
『やはり……魔力が薄い』
突然、背後のリドルカさんから耳じゃなく心の中に声が響く。
『来る前に、ハネタローを放しておいて良かった。こう魔力が薄くては、伝書鳥の感覚が狂いそうだ』
道中、王都に近づくにつれ空気中の魔力濃度が下がっていると言われ、俺は羽太郎を飛ばした。もちろん伝言を乗せて帝国に向けてね。
伝書鳥は空気中の魔力の流れを読んで、目的地に向かって飛ぶそうな。だから空気中の魔力が薄くなると行き先がわからなくなる可能性があるらしい。
俺には魔力の薄い濃いはわからないけど、リドルカさんが言うならそうなんだろう。
ウィラくんは「逃して良いのか?」と言ってたけど、俺が「お家へ帰しました」と答えれば納得してた。嘘をついたわけじゃない。今頃羽太郎は帝国の巣箱でおやすみ中のはずだしね。けど、ウィラくんはもうちょっと警戒心を持った方がいいんじゃないかな。シュザージにしてたみたいな一方的な不信感で噛みつくんじゃなくてね。
ウィラくんとは、もっといろいろ話をしたいな。
前を進むウィラくんの後ろ頭を見ながらそんなことを考えていたら、ふと見覚えのある色付き服が見えた。
クレオさんだ。
俺はクレオさんに向けてテレパシーで話しかける。
『俺たち、これからラスタル神王国の別邸に行きます。テレシーたちが来たらお伝えください。隙を見て俺からも呼びかけます』
『わかりました。……というか、やはりタケユキさんですね。ちょっと驚きました』
俺の女装姿を見て、クレオさんのほっぺがヒクヒクしてる。笑ってる? 心の中のお姫様はニンマリしてるけど、どうゆう感情なんだろう。
まあいいや。
リドルカさんがこの姿を気に入ってくれてるならそれでいい。テレシーとシュザージは気に入ってくれるかな?
見て欲しいやら見て欲しくないやら。
そんなことを考えてぐるぐるしているうちに真っ白な富裕層の住宅街を抜け、丘の中腹にあるお城の前までやって来た。王城の門前は大きく開けていて、左右に丘の上に向かう道が伸びている。門前広場も丘に向かう道もきれいに石が敷き詰められ舗装されている。城下の町の道は少し痛んでいたのにね。
ウィラくんが左の道へ行くのでついていくと、更に二股に分かれた場所に来た。次は右の道を進んだところで、正面の坂道を降りてくる数人の騎馬が見えた。
「お帰りと聞きお迎えに参りました、ウィラネルド殿下」
どうやらラスタルの騎士みたいだ。
ウィラくんは「うむ」と嬉しそうに答えて、騎士たちの先導を受ける形でラスタルの別邸に向かってまた進み出す。
騎士たちの、俺たちを見る目は不審だったり好奇だったりで嫌な感じだ。
そこからはすぐだった。
たどり着いたラスタルの別邸は、途中で見たこの国のお城より立派で大きくてきれいだった。飾り細工の鉄柵と石組みの塀がぐるりと囲み、洋風のお城と神殿を足して二で割ったような作りをしている。
坂を上り切った先に見えた大きな鉄柵が門番によってタイミングよく開けられ、止まることなく前庭を横切り館の玄関前までやって来た。
そこにはずらりと館の使用人たちが並んでいる。
その前で俺たちは馬を降りた。
「ご無事のお帰り、お待ち申しておりました」
先頭にいた白髪まじりのおじさんがギロリとウィラくんを見つつそう言った。ウィラくんが「げっ!? じい!?」と小さく呻いたのが聞こえた。




