第百二十三話【テレシー:フレンディスという国】
フレンディス国の成り立ちについては以前シュザージに聞きました。
魔力による脅威を鎮めようとした神王国に敵対し、魔力を尊びそれを振るい強大化していく帝国に、対抗するべく作られた国だと。
千年前、クオスト山脈と神王国の間にはいくつかの小さな都市国家しかなかったけれど、それらを神王国が統合して出来上がったのがフレンディス国。この大陸では帝国の次に大国と言えますが、その実情は神王四国の属国です。
フレンディス王配下の秘密工作員であるその人が言うには、神王国の横暴はそれはもう酷いものなのだと。
先ほど言われたように国王は神王国の采配で意に沿う者が選ばれ、少しでも逆らえばだいたいが謎の病死を遂げ挿げ替えられるそうです。
毒殺とか、そんな感じですかね。
王は各領主の中から従順な者が選ばれ、推薦は各地の神殿が行うとのこと。癒着と腐敗はウェルペンが良い見本だそうです。なるほど。
「金や物品を上納するのは当たり前、同様に人間も要求されます。優秀な神術士は取られますし、魔属性が強く生まれた者は奴隷にされて重労働に就かされます。俺も、売られそうになったところを領主様……いえ、国王様に救われました」
王様はアイレスの領主時代に自領の民を内緒で救っていたそうです。国王に抜擢された後、その方々を中心に神王国に気取られず民を救う秘密工作部隊を作ったと。
「秘密工作員は重労働ではないのですか?」
思わず聞いてしまったら工作員さんは一瞬「う」と呻き、苦笑いをします。
「それは、その、勇者の誘拐などそうそうあるものではありませんよ。大抵は神殿がやらかす悪行から民を守る仕事をしています」
命がけで黒の神使や謎の勇者と戦うなど滅多にないそうです。
確かにそうですね。
基本的には神殿が因縁をつけて女性に迫ったり、一般市民からお金を巻き上げようとしたりする時に助けに入ったり、上司に訴えたりしているそうです。それはそれで大変ですね。
ただ、工作員も人手がなく、大々的に動けないので取りこぼしは多いと言って俯かれました。
『話の腰を折るな』
「すみません」
シュザージに叱られました。
工作員さんは「コホン」とひとつ咳払いをして話を続けます。
「奴隷に売られた者も過酷ですが、神術士として連れて行かれた者たちもほとんどが音信が途絶えています。おそらく、使い捨ての神術士として使われているのでしょう」
「使い捨て?」
これは聞いてもいいでしょう。
王様が顔を上げて、うなずきます。
「危険な神術を使う時、自国の神術士ではなくその者たちを使うのです。例えば、神殿には遠くにいる者と言葉を交わすことができる術道具がありますが、それを操るには膨大な神力が必要でしてな。中位神術士なら一度発動させるだけで死ぬ。上位神術士でも続けて何度も使えるものではないが、神王国は気にせず神殿の通信術を使って命令を寄越しよるよ」
国王は“光の塵”と言わず“死ぬ”と言い切りました。
その視線はスタングさんに移ります。スタングさんを見れば、蒼白になっていました。
「ラスタルの神殿にも、通信の術道具がありました。私は掃除でしか近づいたことがありませんでしたが……」
『神殿には何かしら通信方法があると思っていたが。随分半端なものを使っているのだな』
シュザージが震え出したスタングさんの言葉を遮るように言い、自分の両手で空に魔法陣を描きます。
え? 自分で?
──これくらいなら遠隔でも石の力を引き出せるが、調整が難しいな。
それを見るスタングさんの表情がいつものものに変わりました。先ほどは亡くなった恩師を思い出されたのか、今にも倒れそうに震えてらっしゃったので、私もホッとします。
『テレシー、呼びかけてみろ。通信の魔法陣だ』
王様たちに見せるために描いたと言うことはリドルカさんの上着に向けたものじゃないですね。私はうなずいて魔法陣に向けて話します。
「テレシーです。先生はいらっしゃいますか?」
呼びかけると、すぐに返事が来ました。
『おおっ、テレシー!? しばらく連絡がなかったから心配したぞ。皆元気か!?』
「はい、連絡が遅くなってすみません。みんな元気です。今はフレンディスの王様に謁見しているところです」
『は!?』
声の主はもちろんオーリー先生です。
オーリー先生もびっくりしてますが、この場にいる方々の驚きはそれどころじゃありません。
「そ、それは誰と話しておるのだ?」
『ベルートラスにいるテレシーの師で私にとっては弟子にあたる、複合術研究学者オーリー・グルトルーだ。どちらも低位術士ほどの術資質もないが魔法陣を使えばこのように会話ができる』
こちらを指差したままプルプルと震え出す王様。スタングさんも口を開けっぱなしで見てます。
『賢者殿、何やら込み入っている様子ですな』
『ああ、通信の魔法陣を披露していただけだ。申し訳ないがすぐに切る』
『お待ちを。ひとつお願いがあるのですが、ベルートラスの術士の間では神属魔属共に魔法陣を習いたいものが多く。お味方に加えるためにも少々教えてもよろしいでしょうか?』
オーリー先生の問いは王様に聞かせるのに丁度良かったのか、シュザージはニッと笑って王様をチラリと見た後答えます。
『其方に授けた程度の魔法陣なら良いだろう。ただし、術士としてどちらかに特化して長い者には覚え辛い。子や孫がいればそちらに覚えさせれば習得は早いぞ。有能な者がいたらもう少し上の魔法陣もいずれ教えてやろう』
『おお、ありがとうございます。うちの孫にも──ゴホン、いえ、早速皆に知らせ教室を開きましょう。それではお帰りをお待ちしております。テレシーも、無茶はするんじゃないぞ』
『テレシー! 早く帰っていらっしゃいね』
『みんな元気でな』
ミリネラ様とトルグ様もいらっしゃったようで、それだけ言って通信は切れました。何か察したのかタケユキさんたちの名前は呼ばないでくれました。さすがです。
思いがけず皆様の声が聞けて嬉しかったです。
さて、シュザージは何のためにこんなことをしたのでしょうか?
シュザージはみんなを見渡して言います。
『これが魔法陣だ。神術だけでは命がけの術も、魔法陣を通せばこの程度の力で通信の術ができる』
いつの間にか立ち上がって身を乗り出していた王様が、力が抜けたように椅子に座り直しました。
「は……はは、なんともまあ。少ない力で庶民でもそれなりの術が使えるとは聞いていたが、たったそれだけの神石で術資質の少ない者が通信とは……凄まじいな、魔法陣とは」
上を向いて目元を手で覆い、脱力したようにそう言う王様。
通信の術がそこまですごい術とは思いませんでした。お茶を沸かす術よりはすごいとは思ってましたが。
吐息まじりにまた王様が続けます。
「ピーターたちが見たという炎の魚とやらも、そのように軽々と操ったのか? そりゃケチなバロウが警戒して、強欲なナルディエが欲しがるわけだ。怖いねえ」
口調が少し砕けたものになりましたね。これが素なんでしょうか。
「やはり欲しい……。この技術を我が国にも欲しい」
手の隙間から、ギロリとこちらを見やった王様。王様が怖いです。
「ベルートラス王国ではすでに魔法陣をもたらされておるのですな。我が国の者にご教授願うにはどのような見返りが必要か」
『正確には、ベルートラス王国にもたらせたものではない。彼の老学者は神殿に迫害されながらも魔法陣を研究する勤勉の徒でな。テレシーの師でもあるし、色々と恩もあるので授けたまでだ』
「我が国には、授けていただけないと?」
王様が低い声で睨み上げるように問えば、シュザージも悪い笑みを返します。
『我らが計画に賛同し、力を貸すと言うなら授けてやらんこともないが……』
おおう。かわいらしいお家のお茶の席に不似合いなドンドロした雰囲気を醸し出しています。
「当初の計画通り、魔王を倒しに行きたいと? ですがそれは難しいですぞ。帝国はすでに魔王石を消費して魔王を生み出したようですが、他国に向けて放つこと叶わず自国内で出現させてしまったようです。放っておいても数日で帝国を荒らして消滅することでしょう」
困ったようにそんなことを言う王様。
いえいえ、魔王様は今頃かわいく着飾った奥様を見ながらほくほくされていると思います。シュザージもちょっと苦笑いです。
『魔王は……まあ放って置いても良い。私の計画とは、ラスタル神王国に神王四国の筆頭となってもらい、他の神王国を制御し抑えてもらうと言うものだ』
「なっ!?」
王様も奥様も工作員さんも小間使いさんもびっくりしてます。多分、隠し通路の方々もです。
『次代神王たる王子とは接触した。今のところまだ説得は成功していないが、私の妻が懐柔するためにそばについている。次に会う時には協力体制も整うことだろう』
シュザージの言葉にスタングさんがうなずきます。
王様が小さく息を飲みました。
「ラスタルの王子が神馬を駆って勇者の元へ向かったとは聞きましたが、すでに接触されていたとは……」
「工作員の方々が魔法陣の勇者と勘違いしていた亜麻色の髪の女装少年がその方です」
と私が言えば、またまたびっくりされました。特に工作員さんが。
スタングさんがしどろもどろに補足します。
「そ、その、神王国では、王族男子は幼少期、神にあやかるために女装をする慣しがあるので、変装するとなれば女装するのが慣れていて良いと判断したんだと思います」
「…………其方はやはり、神王一族か」
「今は神王一族から除名されていますが、ウィラネルドとは従兄弟にあたります」
またもや目線を鋭くした王様ですが、すぐに何かに思い立ったのかひとつうなずきました。
「ラスタルの神王一族が弟子ですか。なるほど、取り込みの下準備ができておられるのですな」
そして、くくっと笑います。
「それは……それは面白い。弱小のラスタル神王国が筆頭となって、強者を誇っていたナルディエやバロウを下すのですな。しかもそのラスタルすら其方の手中と」
王様、ものすごく悪い笑い顔です。
「そのような計画ならば是非とも参加させていただきたくありますな。我が国にもまだ秘蔵の神術士が何人かおります。武による戦力が必要ならば、アイレス領にて既に整いかけております」
『ウィロック国とルーノリグ国を同盟させ、共にベルートラスに侵攻する戦力だな』
「……よくご存じで」
タケユキさんとリドルカさんから聞きましたからね。
アイレス領はフレンディスの西方と聞きましたが、なるほど。ウィロック国と国境を接する領地なのですか。
『軍隊など要らん。すでに過剰な戦力を持っている。我々は今後のためにもできるだけ穏便に、平和的に神王国を変えたいのだ。実のところ、そのために其方の要請に従って王都に向かっていたのだ』
「穏便……ですか」
『私の目的の最たるものは、我が魔法陣大国テルセゼウラの復活。戦などで世が荒れては国の復興などままならん』
そうですね。
タケユキさんと暮らす理想郷が世知辛いものになっては困ります。
そんなふうに思っていたら、シュザージがチラリと私を見て笑います。
『私は、妻に理想郷を贈ると約束して結婚を受け入れてもらったのだ。約束を果たす』
私も、シュザージの隣でしっかりとうなずきました。
王様は目を丸くしています。
そして、隣の奥様を見ました。奥様も目がまん丸で、ちょっと頬が赤いです。それを見た王様の頬が、少し綻びました。
「なんであれ、神王国が良きように変わるなら協力は惜しみません。そのためにも、我らにも魔法陣の技術を授けていただけないだろうか」
真剣な、落ち着いた顔で王様は言いました。
『授けるのはかまわん。だが、今のフレンディスでは難しかろう』
「それは……?」
眉を寄せる王様。
シュザージはスタングさんに目をやりました。
スタングさんの口から言わせたいようで、スタングさんもそれに気が付きうなずき返してから口を開きました。
「魔法陣は神術と魔術の複合術です。神術士だけでは成し得るのが難しく、魔術士の協力が必須です」
「ま、魔術士……」
この国にはいませんものね。
すっぱり排除している上に、魔属性の強い人はだいたい奴隷に売られているようですから。
『そこの者は魔術は?』
工作員さんは魔属性の術資質が高いそうですが、術士ではないようで首を振って俯かれました。
けれど王様はハッとしてすぐに向き直ります。
「ラスタルの神術士である其方はどうしておるのだ!? 元神王一族なら複合術士のはずがない。魔術士の協力者を得る手立てがあるのではないか!? ベルートラスの魔術士か!?」
ラッシュさんの相棒はスルディアから来ますが、ベルートラスからは無理でしょう。スルディアだって魔法陣の有用性を知れば自国の魔術士を外に出すはずありません。
今の情勢では、魔術士を抱える国はどこも手放すとは思えません。
ベルートラスはすでに魔法陣の知識があります。きな臭い匂いが漂う中で自国の魔術士を差し出すはずがありません。スルディアもそうです。クレオさんの伝手で一人はホーケンの町に向かっていますが、それ以上は無理でしょう。
むしろ、滅びの都を守るためにベルートラスと結託して神王国に対抗するんじゃないでしょうか。
スルディアのお姫様はクレオさんの恋人ですし、王様が渋っても帝国が味方に着くとなれば動くでしょう。もともと帝国とは友好的な交流も図っていましたしね。
などと考えていたら、心の中でシュザージが笑います。
──女王らしい思考が身について来ておるなテレシー。ベルートラスとスルディア、それにテルセゼウラの復活に帝国の関与。南方の大国がすべて結託して動くなら、金の匂いに釣られたメイリンク商国やルニエル国も釣れる。神王国にとって最悪の事態になろう。と、お前の口から国王に言ってやれ。
はっ!?
──女王として。いや、主人に状況を詳しく伝えるベテラン小間使いの要領でやってみろ。
わかりました。
私は、今のやりとりをわかりやすいようにまとめて告げました。もちろんタケユキさんとリドルカさんのことは伏せたままで。
何度目のびっくりでしょう。
口をパクパクする王様。びっくりしすぎて心臓とか大丈夫でしょうか?
「そ、其方らは、帝国とも繋がっておるのか!?」
『知己がいる』
知己知己の知己がいます。
皇帝の弟さんで現役の魔王様が。
「も、もしや、其方の妻と言うのが帝国の者か!? 其方は生前、帝国から妻を迎えていたと──?」
『迎えておらん!』
そうですね。
高齢の皇姉との結婚が嫌で理想のお嫁さんを召喚したんですものね。
『……我が妻は生者だ。このテレシーの夫でもあり、その夫が帝国の者なのだ』
シュザージがため息まじりにそんなことわ言うので、みなさんきょとんとされました。スタングさんもです。そうでしょうとも。
私が補足を説明します。
「私の夫がシュザージの妻でもあり、夫にも夫がいるのです。王様ご夫妻と王妃様の関係に近い感じでしょうか」
「いや、勇者殿。まるで違うと思われますが……」
どうやら補足にならなかったようです。
説明の仕方を考えなきゃいけませんね。
『まあいい、いずれ紹介することになるだろう。スタングの相棒は其奴の伝手で紹介してもらう予定だ。何せ、彼の国には大量に魔術士がいる』
「へ……? 私の、相棒?」
スタングさんの顔が見る見る赤くなります。
うれしいのでしょう。待望の相棒のあてができたのですから。
シュザージは王様に向き直ります。
『魔術士を養成するのも育成するのも、それは其方の裁量だ。ホーケンの町長と相談して決めればよかろう』
「ホーケン? 確か、ウェルペン領の南方にある町だな」
『領主ではなく町長だぞ』
領主はダメダメですからね。
「さて、フレンディス国国王よ。改めて問う。これまでの話を聞いてなお、我らの手を取るか否か」
神王国は滅ぼさない。魔法陣はすぐには手に入らない。こんな怪しい自称亡霊の話を、一国の王様が信じて手を取り合うなど普通なら正気の沙汰じゃありませんよね。
フレンディスの王様もそうでしょう。
「くくっ、其方は本当に詐欺師ではないのだろうな? 出来すぎておるぞ」
『信じる信じないは勝手だ。神術で心を読むことができなければ不安かも知れんがな。さて、どうする?』
時々、服の下の魔法陣がパチパチしてましたから、心を読もうとしていたのは知っていました。シュザージに言われて少しバツが悪そうな顔をした後、王様は立ち上がります。
そして胸に手を当て頭を下げて礼をとりました。
「テルセゼウラ王子、シュザージ殿下。どうか我らにも協力させてください」
王様に倣い、奥様も工作員さんもお茶の小間使いさんも礼をします。鉢植え向こうの工作員さんたちも出て来て武器を置いて礼をしました。
『良かろう。それと、私のことは賢者と呼べ。ついでに言えば、新生テルセゼウラの初代王はここにいるテレシー女王だ』
「……わかりました。魔法陣の賢者殿、そして女王陛下」
再度礼を取り、顔を上げた王様は笑います。
「共に、神王国の泣きっ面を見てやりましょう」
ニンマリ笑った王様は、どこか清々しい顔をしていました。
これでフレンディス王は私たちの味方です。
もう少し話は詰めなければいけませんが、それが終われば私たちも王様と一緒に王都へ向かうことになりました。
朗報とともに、タケユキさんの女装姿を拝みに行きましょう!




