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賢者の魔法陣~繋ぐ繋がる異なる縁~  作者: いわな
第六章 素敵な無敵
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第百二十二話【テレシー:フレンディスの王様】


 森の奥にひっそりと佇むその屋敷は、そんな雰囲気にはそぐわないほど可愛らしい造りをしています。

 赤っぽい屋根と白い壁。少し蔦が這っていますが、その緑が相まって絵物語に出てきそうな素敵な家です。

 秘密工作員の隠れ家、なんて言われてましたから、もっと殺伐とした洞窟とか廃墟のような建物だと思っていました。意外です。

 馬車を降りた私は、ポカンとお屋敷を見渡していました。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」


 そう言ったのは、出迎えに玄関前に出ていた老夫婦の婦人の方。

 穏やかな笑みで扉を示され、足を上げかけたのをシュザージに止められました。


『待て』


 ペンダントから響く男の声に老夫婦も御者をしていた工作員さんもギョッとしています。それを無視して、私の両手はいつものように魔法陣を描きます。いえ、心持ちゆっくりと、見せ付けるように。

 そして、魔法陣から現れたのはシュザージです。


 ……服が違いませんか?


 私の隣に立ったシュザージは滅びの都で見た肖像画の衣装ではなく、刺繍も宝石もあしらっていない落ち着いた服と、同じく色は赤でも縁取りや飾りの少ないローブを着ています。そして、両手には私と同じ神石と魔石のついた指拭き手袋。

 シュザージは小さく笑って私を見、心の中で返事をくれます。


 ──城にいた時の普段着だ。目立つ必要がないならこの方が楽だ。ついでに試してみたいこともあってな。


 そうですか。

 そう言えば前の服は式典用の服とか言ってましたっけ。

 私としては、こっちの方が落ち着いていて好感が持てます。それに、タケユキさんは女装をすると言っても私のフリをされているなら派手なドレスを着ているわけではないでしょうし。


 ──……なにが言いたい? いや、わかるが。みなまで言うな。


 シュザージがちょっとムッとした顔で私を睨みました。

 リドルカさんは質は良いけど一見すると質素な服を着ていらっしゃいますからね。タケユキさんの服と釣り合う感じの。

 でも、その衣装なら四人並んでも浮いたりしませんよ。

 なんて。

 あまりつつくとシュザージがすねそうなのでこの辺にしておきます。

 それに、驚いていらっしゃる皆様を放っておけませんね。

 私はにっこり笑って老夫婦に向き直ります。


「驚かせて申し訳ございません。私たちのお話はお聞きになっていますか?」

「え……、ええ、存じてますわ。少し驚きましたが……」


 はぁ、と息をついた老婦人。その隣のご老人もまたにっこりと笑いました。老夫婦が驚いたのはもちろん魔法陣から人が出てきたからでしょうね。


「改めまして、私の名前は──」

「お話は中でいたしましょう。お茶とお菓子の用意してありますよ。どうぞお入りください」


 老婦人に名乗りを止められました。

 先導するように先にお家に入っていく老夫婦。

 私とシュザージと顔を見合わせて、とりあえずついて行くことにしました。私たちは並んで歩き、その後ろをスタングさんが歩く形でお屋敷の扉をくぐります。


「わあ……」


 お屋敷の中も素敵でした。鉄細工の花や小動物の置物、壁掛けなどの調度品

が木目の壁にぴったり合っていてかわいいです。思わず感嘆の声が漏れてしまいました。老婦人の趣味でしょうか?


『これは……フレンディス西方の意匠だな』


 シュザージがそう呟けば、老婦人が「まあ」と嬉しそうな声を上げました。


「よくご存じで。西方の領地、アイレス領の特産品です」


 よく知ってますね、シュザージ。

 つまりアレイス領という場所では百年前から鉄工芸が盛んな場所だったということでしょうか。

 ほうほう、と感心しながら少し歩けば、広々としたサロンに出ました。

 天井が高く、天窓があって日差しが入り明るいです。

 壁際には観葉植物が並べてあって、先ほどと同じく鉄細工の飾りが品よく飾られています。なかなかいいですね。あの飾り、ミリネラ様のお部屋に飾りたいです。

 などと考えていたら心の中で『テレシー』とシュザージに窘められました。

 知らないお家に入るとつい、色々と見てしまって主人の家に取り入れたり飾り付けの参考にならないか考えてしまうのです。

 小間使いですから。


 お部屋観察は程々にして、私たちは案内された席に着きます。

 丸いテーブルの上座にシュザージ。私は右隣、スタングさんは左隣。正面に老夫婦が座りました。一緒に来た工作員さんはその後ろに立ちます。

 全員が席に落ち着いたら、このお屋敷の小間使いさんでしょうか、黒い足首までのスカートに白いエプロンの女性がお茶とお菓子の乗ったワゴンを押してやって来ました。お茶を淹れてくれるようです。

 その手つきはなかなかのベテラン具合で、動きも洗練されていて滑らかかつ素早く全てのお茶とお菓子を並べてくれました。

 いいな。私も給仕がしたい。

 小間使いの女性は、一度礼をするとワゴンごと壁際に寄りその場に立ちました。

 少しの間、沈黙が降ります。

 お家に入り席に着いたので、ここで挨拶ということですかね。


「はじめまして。神殿の要請でベルートラス王国から勇者として派遣されましたテレシーと申します」


 ペコリと頭を下げたら老夫婦はにこりと微笑みました。


『知ってはいると思うが、名乗ってやろう。私が魔法陣の賢者、テルセゼウラの王子シュザージだ。スタング、お前も名乗っておけ』

「は、はい。ラスタル神王国神殿より派遣されまた勇者、スタングです。今はその肩書は捨ててシュザージ師匠の弟子となりました。お見知り置きを」


 シュザージの無礼な挨拶にもニコニコしていた老夫婦は、スタングさんが口を開いた途端、ニコニコ顔のままヒヤリとした冷気を放たれました。思わずビクッとしてしまいます。


『さて、話があると呼ばれたのだが。其方が我らを呼んだ張本人で良いのか?』


 シュザージが正面のご老人に声をかけました。

 え? ということは、あの方がこの国の王様ですか? 自ら下座に座られましたが?

 私が驚いて小間使いさんからご老人に目をやると、ご老人はニヤッと笑いました。


「よくおわかりで。そうです、私がフレンディス国国王ラモン・アイレスです」

「……アイレス?」


 疑問の声をあげたのはスタングさん。

 私も同じ疑問で首を傾げました。


「この国の国王は神王国に指名されてその地位に着きます。私は国王になるまではアイレス領の領主でした。こちらは領主時代の妻でクリスチナ。国王になる時に別れさせられましたがこちらで密かに暮らしております。神王国にあてがわれた王妃は城で留守番です」


 いきなりすごい話から入りましたね。


「ちなみに、王妃は妻のことを存じております。ここの別荘は王妃も気に入っており、たまにこっそり遊びに来て母国の愚痴を妻に話しているそうです」


 奥様方の仲がよろしいのですか。

 それもまたすごい話かと思いましたが、よく考えたら私たちも似たようなものでちょっとにっこり。


「この屋敷に奴らの目は届いておりません。故に、工作員たちの拠点にしたり、こうして表立ってできない話の会合場に使っているのですよ」

『ほほう』


 国王様もニンマリ笑い、シュザージまで意味ありげに笑ってわざとらしく辺りを見渡しました。その視線を追って私も見渡したら、壁際の一番大きな観葉植物の鉢の向こうの壁の一部が動いています。横開きの小さな扉になっていたそれは、こちらの視線に気がついたのか開け切る前に止まりました。


『テレシー、スタング、気にすることはない。この屋敷のありようを見せてくれようとしていただけだ。なるほど、あちこちに仕掛けのある屋敷のようだ。おもしろいではないか』

「……そうですね。でも、掃除が大変ではないでしょうか? 外から土のついたままの靴でお屋敷に入られたら絨毯も汚れますし、小さな通路が多ければ手が回りません。それに虫やネズミの対策はされているのでしょうか」


 小間使い目線でそう言えば、お茶を淹れてくれた小間使いが目を見開いていました。大変なようですね。


「はははっ、そのようなことを勇者殿に指摘されるとは思いもよりませんでした。マリアン、屋敷の掃除は大変かね?」

「いいえ。この素晴らしいお屋敷を任されることは至宝の喜び。ご主人様方に心地よく過ごしていただくために誠心誠意努めさせていただいています。安心してお任せください」


 お茶の小間使いさんはそう言って、深々と礼をしました。植木鉢裏の扉の向こうからガサガサと音もします。誰か靴の裏でも拭いているのでしょうか。


 ──テレシー……


 シュザージが横目で私を睨みつつ心の中で名を呼びます。余計なことを言ったようですね。ごめんなさい。

 とりあえず、この部屋は囲まれていて退路が立たれていることがわかりました。そんなことは承知の上なので特に気にしません。

 シュザージは小さく息をつくと、正面の王様を見据えました。


『そろそろ本題に入ろう。魔王討伐を延期して我らを王都へ呼びつけながら、その道中で盗賊に扮した部下に攫わせようとした理由を聞こうか』 

「そうですな……いや、その前に此度の襲撃のお詫びを──」

『今更余計な気遣いなど要らぬ。宗主国である神王国を出し抜いてまで、我が魔法陣の技術を望む理由を述べよと言っている』

 

 ニコニコしていた王様は一瞬目を剥いて、スッと表情を変えました。


「神王国の消滅」


 その目に篭った憎しみにゾッとしました。隣で笑っている婦人の顔にも同じ念のようなものを感じます。


『却下だ。そんなものには手をかさん』

「なぜですかな? あなたの国、テルセゼウラは神王国の謀によって滅ぼされたのですよ? ご存知ないのですか」

『我がテルセゼウラを滅ぼしたのは他の誰でもない私だ。神王国が何かしら手出しをしていたことは聞いているから、それについては落とし前をつけさせる。だが、己の罪まで擦りつける気はない』


 その言葉にギョッとしたのはスタングさんです。

 シュザージはスタングさんに目をやります。


『クレオには……いや、テルセゼウラの民にはいずれ話して詫びるつもりだ。魔法陣の脅威を教えるには良い題材だな。力は使い方を誤ると悲劇を呼ぶ。私は幸せが欲しかっただけなのだがな……』

「シュザージ。ダメです」


 私が強い声で呼べば、視線はこちらに向きました。


 脅威については話すべきですが、そのまま話せばタケユキさんが悲劇の象徴のように思われかねません。それに……あなたは今、不幸ですか?

 確かに、命を失って故郷を失って生まれ変わっても私の自我を乗っとれず、百年の時を待って現れた運命の人は出会う前に他の男性を一番に選んでしまいましたが。

 ……ごめんなさい。不幸ですね。


 ──不幸なものか! この後、タケユキの女装姿が見られるのだぞ!? 私は今度こそ自分の手でタケユキに触れて口説き落とすのだ! 恋愛幼児の魔王に負けるものか!


 心で叫び、シュザージは頬を引きつらせながら私を睨みます。その顔を見て私は笑います。


「勇者様と亡者様は心で会話をされているのですかな?」


 王様が訝しみます。

 真正面で、声を出さず表情だけでやりとりしている私たちを見れば流石にわかってしまいますよね。

 気を取り直したシュザージは「ふん」と視線を私からフレンディスの王様に戻しました。今の問いは無視するようです。


「なるほど、フレンディスの望みはわかった。だが。神王国を滅ぼすというそなたらの望みに手を貸すことはない。理由はわかるな?」


 王様はグッと悔しそうに呻きます。

 そして、少し眉を寄せた王様は、肩を落とし息をつかれました。


「神石は魔法陣に……いや、この世に必要で、それを得るには神王国がなければならない。神は自身の血を引く者にのみ神石を与え、神石は神の子の手で人の世に広められる。神王国がなくなれば神石が手に入らなくなる」


 そう言われ、ちょっと目をパチクリ。

 それは知りませんでした。シュザージも……知らなかったみたいですね。四国を同時に相手取るのが面倒だったからに過ぎないのですが、なるほど。“とりあえず潰す作戦”が決行されなくてよかったです。

 新しい情報に私たちが困惑していても、王様はすでに気にしていられる心境ではないようで、うなだれたまま言葉を続けます。


「わかっております。神王国の滅亡は私たちの願望ですが叶うとは思っておりません。……願いは、その神の子の横暴を止めてほしい。それだけでございます」


 大きく大きく息をついた後、王様は口を閉じました。

 恨みや憤りを飲み込むように、胸を抑える王様の背を奥様が優しく撫でています。

 沈黙を破ったのは、国王の背後にいる工作員さんでした。


「私から、今のフレンディス国の現状を語っても良いでしょうか?」


 その言葉に奥様がうなずき、工作員さんは私たちに向き直りました。



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