第百二十一話
俺の家系で、超能力を持って生まれた者はしばしば歳を取りにくくなったり長寿になったりしたそうだ。
ばーちゃんはじーちゃんよりずっと年上だって聞いたことがある。いくつ違うかは教えてくれなかったけど、享年九十五だったじーちゃんよりずっと年上だったってことは百は超えてたと思う。
母さんも二十二歳にもなる息子がいるような歳には見えない。
町の家の周りでは十五歳の弟が長男だと思われていて、それでも「お若いですね」と言われているらしい。
で、俺も歳より若く見られる訳だけど。
たぶん、中学卒業した頃からあまり変わってない気がする。
そうだよ。
見た目だけならウィラくんと変わらない歳だと思われても仕方ないよ。
でもね、女装が似合うかというとそれはまた別の話だと思う。
フレンディス王都一歩手前の町で、ウィラくんに連れられて町一番と言われる立派な服屋さんにやって来て、俺はこう紹介された。
「こちらのご夫婦にはとても世話になったのだ。お礼も兼ねて奥様に服を贈るので見立ててもらえまいか」
高級服屋の店員たちは一瞬ポカンとしたよ。けど、すぐに男っぽい女性だと解釈して服を選び出したよ。すごいね。プロは深いところには突っ込まないらしい。
「旦那様に合わせてこちらの青い服はどうでしょうか?」
「いえいえ、今お召しの色がお好きならこちらの方が」
「赤系もよろしいのでは?」
さすがに仕立ててもらう時間はないので、既製品の服を持って来ては俺の体に当てていく店員さん達。なんだか途中から楽しくなってきていない?
「旅の途中だ。派手なものより、丈夫で動きやすいものがよかろう」
「うむ、ならこれも、良いのではないか?」
リドルカさん。
いつもは無口なのに、なんでこんな服選びには意見を言うの? ウィラくんも張り切らないで。
着せ替え人形のように次々服を着替えさせられ品評される俺。
着替えは試着用の個室で、ウィラくんに手伝ってもらいながら着替えたよ。お店の人に手伝ってもらうのは嫌だったし、着方が分からないから一人じゃ着られないし。まあ、ウィラくんは嬉々として手伝ってくれたけどね。それでいいのか王子様。
色々着せ替えられた結果、リドルカさんがいいと言った緑が基調の足首までのスカートになったよ。ワンピースって言うんだっけ。軽く化粧までされて付け髪で背中にかかる長さにした髪にリボンをつける。リボンの位置だけがテレシーと同じだけど後はまったくの別物だよ。これでいいの? テレシーのフリにならないよ?
でも、ウィラくんも店員さんもリドルカさんまで満足そうだ。
もう知らない。
服が決まったので一度宿に戻った。
「では、私も着替えて来る」
そう言うと、ウィラくんは女装を改めるために自分の部屋に戻っていった。
俺たちも部屋に戻れば、お留守番をしていた羽太郎が飛んで来て俺の肩に止まった。
俺はリドルカさんと二人きりになった部屋で「ほうっ」と大きく息をついた。
「タケユキ?」
リドルカさんが心配している。
「なんでもないです。この格好は嫌だけど、いい感じの交換条件も引き出せましたし……」
もう一度、大きく息をつく。
ウィラくんにテレシーのふりをしてほしいと言われた時に問いただしたことがある。
「俺がその少女のふりをしたところで本人じゃない。後でバレる方が大変じゃない?」
「それは……そうだが」
ウィラくんも心の中ではそう思っていたそうだ。
もともと、ウィラくんが魔法陣の勇者を求めたのは、それを欲しがっているナルディエ神王国とバロウ神王国に対して有益な手札を一つ手に入れることになると考えたかららしい。
魔法陣の知識を手に入れたからって一足飛びにラスタル神王国が強国になれるわけじゃない。ウィラくんはそう思っている。
普通はそうだね。
でも、実はテレシーが力を貸すということは魔法陣の賢者が協力を約束したことになるし。シュザージがそう判断したなら俺とリドルカさんも協力する。俺の力は微々たるものだけど、実質帝国が後ろ盾になり魔王様の協力も得られるわけだ。それは強いよ。
もちろん、そんな話は俺がすることじゃないからしないけど。
故に、俺は別の話を聞いたみた。
根本的なことだ。
「その少女って、何者?」
これはウィラくんの口からきちんと聞いておかなければならない。逡巡するウィラくんに、さらに言葉を重ねる。
「本当は俺にどうして欲しいの? どうなりたいの? できることなら協力するよ」
そう言って笑えば、ウィラくんは「ううっ」と息を詰め唇を噛みながら笑う。心の葛藤が表に出てるね。無茶苦茶うれしいけど顔に出さないようにしているみたい。
そして、ポツポツと本音を話し出した。
ラスタル神王国のこと、それに集る他の神王国のこと、自分の立場。勇者召集の経緯から、有用な勇者を見つけたので取り込もうと思い立ちひとりで乗り込んできたこと。そして、勇者として名を挙げた後は自国に戻って右腕として支えてくれるはずだった従兄弟と喧嘩になったこと。従兄弟をたぶらかした詐欺師のこと。
言葉に熱が篭りだし拳を握って語り出す。
「あやつはとうに滅びた国の王子の亡霊と言うが胡散臭い。上からああだこうだ言うのがまるでジョルアンやモーリスみたいでイライラするのだ」
なんだかシュザージにあたりが強いと思ったら、嫌いな人と重ねて見てたせいか。シュザージは根が真面目で優しい人だよ。時々悪るぶるけどね。
ウィラくんはひとしきり話した後、ふっと息をついて握り込んでいた手を解いた。
「だがな、私もよくよく考えたのだ。奴はラスタル神王国を強国にすると言った。取り憑かれていた少女もできると確信を持っていた。奴らは腹立たしいが、利用できる」
ニヤッと笑うが似合ってないね、その笑い方。
「奴らも王都ウィレムに向かっている。私はそこで再び奴らに接触し、今度こそ真っ当に交渉し取り込もうと考えているのだ」
今回の交渉の敗因は女装して単独で出向き、暗殺者に狙われて気を失ったところをスタングさんに拾われたという情けない経緯を得てしまったせいだと思っているようだ。まあ、それはそれで大きいけどね。
「スタングが魔法陣の少女と知己を得たのはいい。だが、スタングはあてにならん。かと言って、ラスタル神王国の威を示した上で交渉するには私には味方がいなさすぎるのだ」
ウィラくんの心の中には、王都の別宅や本国にいる側近たちの名前が浮かぶ。あいつはバロウ派、こいつはナルディエ派と、より分けられるけどその人たちはラスタル神王国のために魔法陣を取り込むのではなく両国の手先として横取りしようと動くに決まっているらしい。
「それで、俺が女装するのは意味がわからないよ?」
首を傾げながら聞くと、ウィラくんは得意げになって答えた。
「黒の神使どもは魔法陣の勇者の姿を把握していなかった。つまりその後ろにいる神王国の王子たちも知らないということだ。だから偽物を仕立てて勘違いさせるのだ。奴らの意識がタケユキ殿に向かっている内に、本物に再度接触する。……ついでに、その時に一緒に来てくれたらありがたいのだが」
ウィラくんが女装した俺を連れ帰る。
側近たちは魔法陣の勇者を連れ帰ったと誤解してそれぞれの主人に報告する。
報告を受けた主人たちが出張って来ても嘲笑ったり意味のない文句は言えないし、リドルカさんという夫がいればおいそれと取り上げたりはできないだろう。どちらの黒の使徒もリドルカさんに瞬殺されてるから、武力で無茶をする事はないはずだ。と、ウィラくんは考えている。
確かに、ナルディエの黒の神使はウィラくん暗殺を優先してて勇者のことは意識してなかったね。バロウの神使は完全に勘違いしてたし、まだ解消されてないはず。
俺が魔法陣の勇者だと勘違いされたら、テレシーたちは安全になるかな。
これからしばらく、テレシーたちは神王国の目から隠れて行動しなきゃいけない。神殿関係者を引き連れた空の馬車が王都に向かったから、しばらくはそっちに目がいくはずだけど、いなくなっていることはすぐにバレるだろう。
だったら、女装するのもいいかな。
気持ち的にはしたくないけど、ウィラくんの提案に乗るのはテレシーたちのためにもなるから悪くはない。
それに、もう一度シュザージと話をする気になっているのは万々歳だ。むしろその場には俺たちも連れてってほしい。
「わかった。その役目、引き受けてあげる」
そう答えれば、ウィラくんはパアッと満面の笑みを浮かべた。
「ただし、俺の頼みも聞いて欲しい」
「なっ、なんだ?」
真剣な目を向ければ、ウィラくんは少し息を飲んだ。ちょっとびびってる。怖くないよ。俺は表情を改めて笑って言った。
「その交渉の場でね、俺にもその勇者さんたちと話をさせて欲しい。それで、どんな話をしても怒らずに聞いてほしいんだ」
「なんだ、そんなことか。もちろん話してくれて構わない」
何を想像していたのか知らない、いや心を覗いてるから知ってるけど、ウィラくんはホッとして了承した。
「本当に怒っちゃダメだよ。冷静に、逃げたり暴れたりせずに聞いてくれる?」
「ああ、もちろんだ。約束しよう」
言質は取ったよ、ラスタルの王子様。
俺は振り向いて、じっと話を聞いていたリドルカさんにもうなずいてみた。リドルカさんもうなずいて俺の頭を撫でた。
そうして、自分でも納得してその店に向かい衣装を整えたのだが……
服屋さんの試着室にあった姿見に映った自分の姿を思い出す。
そこには、自分で想像していた以上の可愛らしい少女がいた。もちろん世界一可愛い女の子はテレシーだけど。悲しいかな、それに匹敵するかもしれない女の子の姿をしていた。
それを思い出すと、なんだか悲しくなってくる。
「タっ、タケユキ!?」
「ご、ごめんなさい。自分でやるって言ったのに、ぐすっ、やっぱりこの服、やだ……」
ぐすぐす鼻を鳴らし出した俺に焦るリドルカさんはギュッと俺を抱きしめた。すると、その肩口からテレシーの声が聞こえた。
『タっ、タケユキさん!? どうしたんですか!?』
『どうしたタケユキ!?』
シュザージの声も聞こえた。
そうだった。通信の魔法陣はなるべく開いておくことになっていたんだ。どこまでやりとりが聞こえていたのかな。全部聞いててくれればいいんだけど。
と、問うて見ようとしたけど、次に口を開けば本格的に泣いてしまいそうで喋れない。
そんな俺の代わりにリドルカさんが上着の魔法陣に向かって話し始めた。
「わからない。服を変えたら泣き出した。どこか苦しいのか?」
『なんだそれは!? き……今になって……てタケユキに……て服をぬ──』
『うるさ……すシュザージ! 聞き取れないでしょう‼』
二人の大声にちょっとびっくりした。
慌てて空間を閉じて、部屋の外に音が漏れないようにした。
リドルカさんが困った顔をして、また肩口の魔法陣に話しかけた。
「とても似合っていると、言ったのだが。嫌だそうだ」
その言葉にテレシーが『何がですか?』と問い返す。
さっきまでの話は聞こえてなかったみたいだ。
言っておかなきゃ。
「俺、テレシーふりするために……ぐす、女の子の格好……させられてね。ちょっと落ち込んで」
「どうしてだ? 似合っている。おそろしく愛らしい。お前たちにも見せたい」
と、リドルカさんがテレシーたちに言い、俺の女装を見たがる二人の声が聞こえて思わず「ダメー‼」と叫んでしまった。いや、この格好のまま会わなきゃいけないんだけど。
「ウィラが来る。男の服に着替え終わったようだ」
ハッとして耳をすませば廊下を歩く音が聞こえた。
リドルカさんは魔法陣に魔力を流すのを止めたみたいだ。二人の声が聞こえなくなった。代わりに扉の向こうからノックの音とウィラくんの声がする。
「準備は出来たぞ。出立だ」
空間を閉じていたおかげで変な叫びは聞こえずに済んだようだ。ホッとした。でも、リドルカさんは困った顔のまま俺を見ている。
俺は袖口で涙を拭こうとしたけど、買ってもらったばかりの服の袖を汚しちゃいけないと手を止める。そしたら、リドルカさんの手が俺の頬や目元に触れた。涙を拭ってくれる。
「それほどこの服が嫌なら、 着る必要はない。タケユキが嫌がることは、させたくない」
そう言ってくれる優しいリドルカさんに俺は首を振った。
「ごめんなさい。引き受けたからにはちゃんとやります。その、ちょっと、思ったより可愛く仕上がったのが悲しくて……」
リドルカさんが首を傾げる。
こんなこと、言っちゃっていいのかな。シュザージならともかく、リドルカさんにいうのはちょっと心苦しい。
なんて思っていたら、リドルカさんがムッとした。
「……言ってくれ。俺に」
あれ?
俺、今テレパシー使ってないけど通じちゃってた?
リドルカさんの術が上達して俺の心が読めるようになったのかな。
「タケユキ」
ちょっと考えが逸れているうちに抱きしめる腕に力が籠る。リドルカさんはあったかい。優しい。大好きだ。
だからこそ、言っておくべきか。
俺は意を決して顔を上げた。
リドルカさんの耳がちょっと赤くなってるけど、とりあえず女装して思ったことを口にしてみる。
「リドルカさんは……俺が女の子の方が、よかった?」
リドルカさんはまた、首を傾げる。
「この格好がすごく気に入ってくれてるみたいだし、もしかしたらって思って」
俺が言わんとすることがわかったのか、リドルカさんの目が少し鋭くなった。でもこの際だから聞くだけ聞きたい。
「俺から、運命の人になってくださいなんて言っておいて今更だけど、俺は男だから……リドルカさんの子供は産んであげられないし。ご兄弟は許してくれてるけど、故郷では悪く言われちゃうかもしれないでしょ。でも……」
「タケユキが美しく装った。それを愛しく思ったにすぎん。これから先、生をまっとうし死を超えてもタケユキを求める。いついかなる時も、いかなる姓でも、姿でも」
うひゃあ。
すごいこと言われたよ。
そうだろうなと知ってたけど、知ってたくせに不安になったり聞いちゃったりしたあげく、ばっちり言葉にしてもらって……うう、うれしい。
ちょっと恥ずかしいけど、うれしい。ありがたい。
「ありがとうリドルカさん。俺もリドルカさんのこと求めます」
ギュッと強く抱きしめてくれたので俺も抱きしめ返す。
その時、どさっと何かが落ちる音がして扉の方を見たら、少しだけ開いた扉の縁で真っ赤になったウィラくんが膝をついて顔を押さえていた。
しまった。
音は漏れないように空間を閉じたのに、扉の鍵をかけ忘れてた。扉を開けられたら空間封じは解けてしまうんだ。すっかり意識から抜けちゃってたけど、扉の前まで来てたっけ。返事がなくて心配して扉を開けちゃったってとこか。
どこから聞かれてたか心配になったけど、ノックの後ならラブラブ話だけだね。よかった。
リドルカさんもちょっと警戒してたけど、俺がホッとしたのを見て解いてくれた。
そして、心の中に声が響く。
『あいつらも、おそらくそう言うだろう』
俺はクスッと笑って心の中で返事する。
『わかってます。俺もです』
今の俺の夢は、『リドルカさんとテレシーとシュザージといつまでも一緒に暮らしたい』だからね。
どこまでも、いつまでも。
『ところでリドルカさん。俺の心の声っていつからリドルカさんに伝わってたんですか? もしかして、けっこう前から?』
思い返せば、いつからかリドルカさんが俺の気持ちをすごく読み取ってくれてるなって気がついた。なので尋ねてみたら、リドルカさんはバツが悪そうに視線を逸らして誤魔化すようにまた抱きしめてきたよ。
結構前から知られてたみたいだ。
そっか。
だったらこれからも遠慮なく大好きだって伝えよう。
と思っていたら、リドルカさんが『加減してくれ』と答えたのが小さく聞こえた。
リドルカさんも頬が赤い。
みんなの熱が覚めるのをちょっと待って、改めて俺たちは王都に向かって出立した。




