第百二十話【テレシー:苦悩する】
私たちはこれから、盗賊に扮していたフレンディス国の秘密工作員さんたちに連れられ、彼らの隠れ家とやらに行きます。
その前に、こんなことになった経緯を思い返してみましょう。
それはあの原っぱでのこと。
スタングさんにウィラネルドさんを探しに行かせた後のことです。魔法陣で捕らえた盗賊たちに、シュザージが言いました。
『さて、我々の正体も知り、勘違いも正された。次は其方らの正体を明かしてもらおう』
シュザージがいつものように上から目線でエラソーに問えば、盗賊たちは反射的に睨み付けて来ます。
「……詐欺師め、我々はそんな嘘には騙されん。テルセゼウラといえば百年も前に滅びた国だ。その国の王子だなどと、あり得るわけがない」
私とシュザージは顔を見合わせます。
ウィラネルドさんも信じてもらえなかったのですが、この方々までそうでしょうか。シュザージがため息をつくと、私の手を掲げさせて結界の魔法陣を解きました。そして、盗賊たちの集まりに向かって歩いて行きます。
「なっ、何をするつもりだ!?」
警戒した盗賊が刃物を掲げますが、シュザージはニヤッと笑って突き進みます。そんな顔で迫ってきたら誰だって怖いでしょう。先頭の男が思いがけず刃物を振りました。が、その刃はスルッとシュザージを突き抜けます。そのまま進み続けシュザージは盗賊たちをもスルスルと突き抜けます。
茫然とする盗賊たち。
からかうように盗賊たちの間をただただ歩いて、シュザージは私の元へ戻ってきました。
『こう言えばよかったのかな? 我こそは偉大なる魔法陣の賢者、テルセゼウラ王国の王子の記憶と知識を持った亡者である』
あらら、強面の盗賊たちがいっせいに震え上がりました。こっちまで寒気が漂ってきそうです。
なので、私が手を上げて援護の言葉を続けます。
「魔法陣の勇者を取り込もうとされていたなら、私の出自や師に当たる方もご存知ですよね?」
ハッとした先頭の男性が、青ざめたまま私を見てうなずきました。
「では、滅びの都へ行ったという話もご存知ですか? 彼はその時に目覚めて以来、私の中にいるのです。私はそれまで師である方の家に勤める小間使いでした」
色々はしょってますが、はっきり言えないのでこれでいいでしょう。
記憶と力を持ったまま生まれ変わったという話はしない方がいいですから。
盗賊たちはざわつきます。
口々に「幽霊?」とか「取り憑いているのか?」とか「やはり小間使いじゃないか」とか言ってます。最後だけ正解してたのですね。
「そんなわけで、私とシュザージは二人で魔法陣の勇者をやっていますが、あなた方が魔法陣の知識や技術を得たいならシュザージに教えを乞うてください」
『そういうことだ。とはいえ、私とテレシーを引き離そうなどとは考えんことだ。テレシーや私が庇護する者たちに手を出せば容赦はせん』
その言葉と同時に私の手が動き、魔法陣を描きます。出て来たのは火の小魚ではなく、いつかの山でリドルカさんにけしかけた燃える巨大魚です。熱いです。
「ぎゃあっ!」
「ヒイッ!」
と、悲鳴を上げながら盗賊たちはその場に蹲ってしましまいた。
シュザージ、熱いので魚を消して下さい。
私の手はまたスッと動いて燃える巨大魚を消しました。
『無駄に命を取るつもりはない。それは既に知っておろう』
先ほどまで自分たちを追いかけていた小魚や蝶を思い出した盗賊たちは、顔を上げてシュザージを見ました。そして、先頭の男性がまた頭を下げます。
「お見それしました。そして、数々の無礼をお詫びいたします。どうか、我々の話を聞いてもらえますよう、平にお願い申しあげます」
そんな感じで盗賊たち、いえ、フレンディス国秘密工作員の皆さんは私たちを信じて正体を明かし、頭目である国王と密かにあって欲しいと言いました。
シュザージが『ふむ』と言った後、心の中で呟きます。
──なるほど。魔法陣で脅しつつ説得すれば信じやすいのか。思えばスタングもホーケンの勇者たちもそうだったな。
シュザージ。ウィラネルドさんにそれをやるのはやめてくださいよ。そもそも馬車の中でできたことではないでしょう。
その後、私たちはウィラネルドさんを脅しながら説得する必要はなくなりました。
ありがたいことにタケユキさんとリドルカさんが、ウィラネルドさんを保護してくれたからです。
ウィラネルドさんは少し意地になっている気がしましたし、安全を確保した状態で距離を置くのは良いことです。
ただ……タケユキさんとまったり過ごす夜の時間が無くなったのが悔やまれます。宿でやっと会えたのに、別の宿へ帰ってしまわれたお二人を見送りひとつため息。
シュザージもうなずきつつ言いました。
『私とて口惜しいが、せっかくなので今のうちにできることをしておこう』
できること?
『我々の強化だ』
つまり、タケユキさんに知られないように私たちの能力を少しでも上げておきたいとのことでした。
『色々とやっておきたいことはあるが、タケユキが知れば応援してくれるだろう。そのせいでまたタケユキの能力が知らずに発動して負担をかけるようになってはいかん』
「そうですね。この先も、タケユキさんのお力を借りることは多いでしょうし、私たちのことで煩わせるわけにはいきませんね」
空を飛んだり、転移したり、遠くや見えない場所を見て確認したり。タケユキさんがいなかったらここに来るまでだけでももっと大変だったはずです。特に、心の声をいともたやすく聴き取れるのはものすごく助かっています。
リドルカさんも魔力でできることを増やして、タケユキさんの手助けをしようとしているんですものね。
私だって、頑張ります!
『とはいえ、其方に魔法陣を教えたところで茶を沸かす以上のことができるとは思えんのでな。他の勉強をしてもらう』
「へ?」
『私の補佐と、女王教育だ』
補佐はともかく、女王……ですか。
が、頑張ります。
そんなわけで、道中の馬車の中で私は頭の中でシュザージに魔法陣術士が求める補佐とはどんなものか、とか、女王としての振る舞いや考え方について習っていました。
スタングさんはいつもの魔法陣特訓です。
そうそう、スタングさんの上着にも大量の魔法陣を描いて、予備の魔石を差し上げました。スタングさんは魔属性の資質は低いですが、私やクレオさんの上着に描いてあるような簡単な自動発動魔法陣なら使えるだろうということです。
スタングさんは感動して涙を浮かべていましたね。
そんな感じで今日に至ります。
準備万端。私たちは秘密工作員さんたちの隠れ家に行く用意が整いました。
ホーケンの御者さんとはここでお別れです。
帰りの旅の安全を考えて、御者さんの上着にも魔法陣を描いて神石と魔石を差し上げました。御者さんは家宝にすると喜んでくれました。ラッシュさんに自慢するとも言っていましたね。
……少し予備の石が心許なくなりました。
実は旅の間に時々、予備の石から魔力や神力を手袋に付いた石に移していました。
今のところ手袋の石の力は十二分にあるようですが、もしもの時のためにも石を補充したいですね。
魔石なら川原や山などに落ちていることもありますし、魔法陣で地中や空気中から魔力を集めることもできます。ですが神石は買わねばなりませんし高いです。
補充方法も考えましょう。
馬車の中にあらかじめ、私たちが乗っているように見せかけるための魔法陣を描いておいたので、それを発動させて馬車は御者さんと付き添いのクレオさんだけを伴って王都に向けて出発しました。
近くで待ち構えていた神殿関係者が、わらわらとその馬車を追って行きます。
それを見送ってしばらくした頃。宿の部屋にいた私たちの元へ工作員の人が来ました。
「お待たせしました。どうぞこちらへ」
シュザージは幻影体を消し、案内されるのは私とスタングさんだけです。スタングさんにはまだどこへ行くか誰に会うかは話していません。
『テレシーひとりでは相手に侮られかねないし、もしもの時は魔法陣を描く隙を作るための護衛が必要だ。スタングにそれを頼みたい』
「はい! お任せください、師匠!」
スタングさんは大喜びで引き受けてくれました。
魔法陣は流石にまだほとんど扱えないですが、スタングさんはご自分にできる神術の見直しや、とっさの時に使えるよう訓練もされていました。魔法陣の練習もしながらです。なかなかの頑張り屋さんです。
護衛役を取られたクレオさんはちょっと悔しそうでしたが、クレオさんには馬車で先に行ってもらい王都の様子を探ってもらいたいのと、タケユキさん達の様子も見ていて欲しいので、そちらをお願いしました。
工作員さんの案内のまま、私たちは小さめの素朴な馬車に乗せられます。乗ってすぐにシュザージが危険がないか確認して、遮音の魔法陣を貼りました。
出立の時、私たちの様子を見ていたらしいタケユキさんの声が届きました。
『気をつけてね、テレシー、シュザージ。もしもの時は本当に、すぐに呼んでね』
『タケユキさんとリドルカさんも気をつけてくださいね』
『ああ、朗報を待っていろ』
『うん』
『夜に、また』
そんなやりとりをした後、心の声は消えました。
シュザージは通信の魔法陣を発動させます。もちろん、リドルカさんの上着に描いた魔属性特化の魔法陣に通じるもので私の上着の襟口に追加されたものです。
これは単独魔法陣なので声のやりとりがあまり綺麗に聞き取れないのですがないよりマシです。タケユキさんの能力圏から外れたところにいても、お互いに何かあれば声が聞き取れますから。
ただ、タケユキさんの能力と違って声が表に出てしまうので、遮音の魔法陣を貼った馬車の外では気を付けねばなりません。
馬車は王都手前の町を出て、街道ではなく馬車がギリギリ通れる細道を走ります。流石に今日は勉強はできません。周りに警戒しなければなりませんからね。
それからしばらく、馬車は畑や小さな村を通り抜けて走りました。
そんな景色を窓から見ていると、ふと、すすり泣くような声が聞こえてきました。スタングさんがびっくりしてます。
それは私の上着から聞こえています。
つまり、泣いているのは……タケユキさん!?
「タっ、タケユキさん!? どうしたんですか!?」
『どうしたタケユキ!?』
私の声と、ペンダントから発せられたシュザージの声が馬車の中に響きます。あのタケユキさんが泣くほどの何かがあったなんて、ただ事じゃありません。引き返そうかと腰を浮かせかけた時、リドルカさんの声が聞こえました。
『……らない。服を…………泣き出した。どこか苦し……か?』
『なんだそれはっ!? 貴様、今になって本性を剥き出しにタケユに襲いかかって服をぬ──』
「うるさいですシュザージ! 聞き取れないでしょう‼」
まったく、スタングさんにも聞こえているのに何を言い出すんですか!
いや、でも、まさか、それはないですよね?
ドキドキしながらペンダントを抑えて、耳をすませます。今度はリドルカさんのゆっくりと喋る声が聞こえました。
『とても似合っ…いると、言っ…のだが。嫌だそうだ』
「……何がですか?」
問い返せば、次に聞こえたのはタケユキさんの声でした。
『俺、テレシー…ふりするために……ぐす、女の子の格好……せられて……』
は!?
『似合って…る。おそろしく愛らしい。お前…ちにも見せたい』
「なっっなんですかそれ! 見たいです!」
『すぐに引き返すぞ‼』
『ダメー‼』
『ウィラが来…。男の服に着替え終…ったようだ』
そんなタケユキさんの叫びとリドルカさんの声の後、通信の魔法陣からは何も聞こえなくなりました。
「し、師匠? 今のは……」
スタングさんはオロオロと私を見ていますが、そんなこと気にしていられません。
タケユキさんが女装しているんですよ?
かわいいに決まってます。
リドルカさんもおそろしく愛らしいと言っていました。
『……この要件はなるべく早く済まそう。何がなんでも夜までに王都に行かねば』
決意を込めたシュザージの声に、私は強くうなずきます。
そして、ふたりでタケユキさんの女装姿をあれやこれやと妄想し、見られない今の現状に苦悩している間に目的地に着きました。
そこは王都から少し離れた森の中。
オーリー先生のお宅と同じくらいの建物で、少し古びてますが可愛い作りのお屋敷がポツンとひとつありました。馬車は門を抜け、玄関口まで乗り付けます。
その玄関前に、老夫婦が佇んでいました。
馬車を降りると、御者をしていた工作員さんがその方々に深々と礼をしました。




