第十二話
「どうした? また顔色が悪いようじゃが」
「すみません、ちょっと眠れなくて……」
眠れないまま朝になり、フラフラしながら食堂までやってきた。
兄弟子夫婦も、食事は基本的に自分の家で取るらしく今朝はいない。当然、ミリネラさんの小間使いであるテレシーもいない。
ちょうどいい。
内容が内容だけに、この話はじーさん先生にだけしたい。……しなきゃダメだろうな。
幸い、じーさん先生はテレパシーでの会話に理解あるから話しやすい。
お屋敷の使用人さんが食事を用意してくれ、下がっていく。
そのタイミングで俺はじーさん先生に話しかけた。
『昨夜、魔王に会いました』
「ぶっ!?」
コップを手に水を飲もうとしたじーさん先生が噴いた。
水を口に含む前に声をかけたのでギリギリ水はこぼれてない。
「な……き、聞き間違いかのう」
『すみません、本当なんです。昨日ちょっと息抜きに空を飛んでたら、うっかりぶつかってしまって睨まれて──』
『ちょっ、ちょっと待ちなさい。その話は食事の後にしてくれんか。驚きすぎて喉を通らんようになってしまいそうじゃ』
『……はい』
そんなわけで、仕方なく朝食を先に済ませることになった。あんまり食べられなかった。
食後に、じーさん先生の研究室に呼ばれた。
兄弟子夫婦が来るのは午後なのでゆっくり話せるな。まあ、話が話なだけにテレパシーで話すけど。
研究室の真ん中には四人がけの机があり、個人用の机が隅にひとつ。本や書類がいっぱい詰まった書棚と、鍵付きの扉がついた大きな棚があった。サイドにも扉がひとつ有り、後で聞いたら物置らしい。
席を勧められて座り、昨夜の出来事を細かく話した。
じーさん先生は頭を抱えてしまった。
『あー、信じないと言うわけではないが。お前さん、本当に飛べるならちょっと飛んでみてくれんか?』
『はい……』
部屋の中で浮いてみる。とりあえず盗賊どもを浮かせたくらいの高さで。
『ううむ、それで空まで飛べるのか? ちょっと外を飛んでみて欲しいところじゃが──』
『人目がある時間に飛びたくないです』
『まあ、そうじゃな』
じーさん先生が大きくため息をつく。
『禍々しい闇を纏った男か。空まで飛んでいるなら、相当な魔石の力を操っているのじゃろう。魔王石くらいのな』
やっぱり、あの人魔王なのか。残念だ。
『しかしなぜ、そやつはベルートラスの上空にいたんじゃ?』
『それはわかりません。ろくに話さず逃げましたので』
『顔は見たんじゃな、絵に書くことはできんか?』
『絵は下手です。あ、念写ならできるかも』
『ねんしゃ?』
『印画紙なんかはないですよね。できるだけきれいな白い紙はありますか? あと鉛筆も』
『えんぴつとは? インクではいかんのか?』
『鉛筆やパステルでなら子供の頃、遊びで落書き念写してたけど……インクでできるかな。とりあえずやってみます』
『う、うむ』
じーさん先生が紙とインクを出してくれた。
昔やったのは鉛筆の芯やパステルを削って粉状にして紙の上に散らし、念動力で念写するものだった。インクを紙に散らしたらただ真っ黒になっちゃうだけなので、ちょっと考えた。
とりあえず、インクは瓶から出して大きめのお皿に流し入れてもらい、それにかぶせるように紙を置いてもらう。
できるかな?
目を閉じ、描きたい人を思い出す。
あの男前魔王さんを。
カッコ良かったよなぁ……
「おお、なんと──」
じーさん先生の声に目を開ける。
そこにはさっき思い浮かべた顔があった。正面から俺が何者か探るように睨んでいたあの顔だ。水墨画調になってるのがまたいい感じた。後でもう一枚、自分用に作れないかな。
『うーん、知らん顔じゃな』
『そうですか』
特に期待してたわけじゃないけど、そう言われればそれはそれで残念な気がする。
『これでひとつ、魔王石を手に入れた者、あるいは取り込んだ者の手がかりはできた。じゃが、おいそれと皆に知らせて捜索するわけにはいかんのう。どうしたものか』
じーさん先生が唸るように考え出したので、テレパシーを切る。
でも、知らせたおかげでホッとして急に睡魔がやってきた。
じーさん先生がちょっと笑う。
「部屋に戻って少し寝なさい。トルグたちが来たら起こしてやるから」
「……はい」
俺は言葉に甘えて部屋に戻った。
人目が無かったら飛んで戻りたかったけど、掃除をしてる使用人さんもいたのでゆっくり歩いて戻った。そして、寝た。
トントントン
扉を叩く音に目が覚めた。
「起きていますか? タケユキさん」
テレシーだ。
ってことはもう兄弟子夫婦が来てるってことだ!
「起きます! すみませんっ」
部屋を飛び出したら、テレシーがいて笑ってた。
「昨夜は寝付けなかったんですってね。オーリー先生に聞きました。初めてのお家の初めての部屋じゃそうゆうこともありますね。でもすぐに慣れますよ」
そうゆうことになったのか。
「はい」
笑って返すと、テレシーはふふふと笑った。
研究室へ向かいがてら話をする。
「実は私も昨日は夢見が悪くて、ちょっと寝不足です」
「え? もしかして、盗賊の?」
怖い目にあったんだからトラウマになってても仕方ないよな、なんて思ってたらテレシーはちょっと赤くなった頬を両手で押さえた。
「違います。その、甘いものが食べたかったのに食べられなかった夢を見て……」
「ぷっ」
「わっ、笑わないでください!」
「ごめんなさい」
なんだ。よかった。
怖い思いを引きずってないならいい。テレシーはけっこう心が強いんだな。
それにしても、甘いものか……
ポケットに入れたままの飴ちゃん三個。その一個を取り出して手渡した。
「はい。甘いもの」
「えっ!? これはトーセル島国独自の魔石的な何かじゃないんですか!?」
……そうゆうことになってたのか。
じーさん先生、言っといてください。
持ち物調べられた時にテレシーも見てたもんな。でも、飴ちゃんは飴ちゃんだし。それ以上でもそれ以下でも無い。
「甘い、お菓子です。非常食」
「そう、だったんですか。私はてっきり……」
じーさん先生が言ったんじゃなくて。テレシーが勝手に思い込んだだけか?
まあ、だったらいいか。
「俺の好きな味。舐めると甘いよ。休憩の時にでも食べて」
「はい、ありがとうございます!」
飴ちゃん一個でものすごく喜ぶテレシー。女の子ってこんな感じなんだな。
そういえば妹もお菓子大好きだったな。いや、それを言うなら弟もか。盆と正月くらいしか会えなかったけど。あん餅を作ってやったら喜んでたしな。
どっちも俺と違って全く超能力を持ってなかったから、普通に育てるために両親と町に住んでた。俺は病弱で静かな田舎の祖父母のもとで育ったって教えられてたんだよな。
両親には、できれば連絡取りたいな。心配させると悪いし……
「タケユキさん?」
ちょっと物思いにふけってたらテレシーが心配顔になってた。
「なんでもないです。妹を、思い出してた」
「妹さんがいらっしゃるんですか?」
「テレシーさん、見てると妹みたいで、思い出した」
「い、妹みたい、ですか」
「年は、弟の方が近いかな。妹十三歳、弟十五歳」
「あの、私は十七歳ですよ?」
「……え?」
もっと幼いと思ってた。思わずびっくり。
「ごめんなさい」
「いえ、あの、タケユキさんはお幾つですか? 同じくらいかちょっと上かなって思ってるんですが──」
「…………二十二歳です」
「へっ!?」
これまでになく驚かれた。
まあね。向こうでも弟とひとつかふたつ違いにしか見られてなかったし。
童顔で背もテレシーより少し高いくらいだし。
ここは西洋風の人が多いみたいだしね。そうゆう意味ではテレシーも童顔か。
テレシーを見ればなんだか困った顔してる。
「気にしなくて、いいよ」
「うう、ごめんなさい」
まあ、お互い様だしね。
その後は、なんとなく沈黙したまま研究室まで歩いて行った。




