第百十八話【スタング:自分の国】
襲いくる盗賊を、いとも簡単に蹴散らす魔法陣。
その素晴らしさに見入っている隙にウィラネルドが逃げ出していた。
「ウィラのバカ! なんで勝手ばかりするんだ!」
師匠とテレシーさんに指摘されて初めて気がついた。
馬車の中にいたのに、そばにいた私に気づかれずにいなくなるなんてどうやって? と思ったけれど、ウィラネルドは真っ当に教育を受けた上位神術士だ。気配を消し、姿を隠し逃げ出すくらいなんてことないのでしょう。
私には、見破ることもできない。
悔しさを覚えながら、辺りを見回し探してみた。
街道側の丘や道には魔法陣の罠を相手に刃物を振り回す盗賊たち。
行くとすれば、街道から枝分かれした西に向かう道を進むか、原っぱの先にある雑木林か。どちらを見てもなだらかではあるけど勾配があって死角がある。
そういう場所を選んで、罠を張って潜んだのですから当然ですが……
もう少し進まなければ見通せない。
どっちへ行ったかわからない。
ドレススカートのウィラは原っぱを走るのは難しいのではと踏んで、西に向かう道を少しだけ進んでみた。けど見当たらない。ならば原っぱかと足を向けたら師匠が叫んだ。
『スタング! あまりそばを離れるな! もしもの時に守れん!』
ですが師匠、危険なのはウィラなんです。目前の盗賊たちだけでなく黒の神使にも狙われているんです。
とは口にできなかった。
師匠とテレシーさんは盗賊相手に魔法陣を展開し、相手が降伏するか逃げ出すように仕向けている。あれだけの力があるのに殺すと言う方向に持っていかないところは尊敬できますが、片がつくまで時間がかかるでしょう。
盗賊たちはしぶとい。
クレオさんはお二人のそばで剣を構えて、もしも盗賊が魔法陣を抜けて来た時のために備えています。師匠たちの護衛です。
御者さんは御者さんでいざという時のために御者台にいなければならない。
ウィラを見張り守るのは私の役目だったのに、その役目を果たせなかった。
不甲斐なさと申し訳なさに唇をかみました。
しかも、こんな状態でも私は守られるだけの立場なのです。
神術士としてはろくに使えない。逃げ出されても気付きもしなかった。
習い始めたばかりの魔法陣でできることなどない。本当に役立たずでどうしようもない。
でも、嘆いているばかりではいられない。
グズグズとラスタルの神殿で燻っていた時とは違うのだ。ウェルペン神殿の者たちを黙らせた時のようにできることを考えろ。
私は頭を振って弱気を振り払い、顔を上げた。
まずは盗賊どもを降伏させねば。
ここで盗賊を逃して、どこにいるかわからないウィラと遭遇してしまったら危険だ。狙われているのはウィラとテレシーさんだから……と、盗賊たちを睨みつけていたら、どうにもその視線のほとんどが私を見ていることに気がついた。
恨みのこもるその目に、ゾッとする。
なぜ私が?
と思う反面、私も標的の一人だとすれば逆に何かできるのではないだろうか、と思う。
私は杖を握ると、盗賊の方へと足を向ける。
「何をしているんですかっ、スタング!」
クレオがはだかり止められました。私は盗賊たちを見回しクレオに問います。
「あの者たちの狙いは私ではないのですか? 盗賊なのか盗賊に扮した黒の神使なのかは分かりませんが、私が前に出て対応すれば彼らが引かない理由がわかるかもしれません」
気がついたことを告げると、クレオはフッと息をつきました。
「わかっていますよ、それくらい。だからこそ殿下は──……殿下?」
「師匠?」
クレオさんの向こうで魔法陣を操っているはずの師匠とテレシーさんが、なぜか頭を抱えて赤くなっている。
『…………なんでもない。様子見は終わりだ。さっさと片を付ける』
「そうですね、こんなことに手間をかけていられません」
ニマニマと嬉しそうにそんなことを口にするお二人。失礼ですが、不気味です。
『攻撃魔法陣、敵を囲え。結界魔法陣、展開』
テレシーさんの両手が上がりクルクル回れば、それに合わせるように火の魚や雷の蝶がバラバラに動いていた盗賊を囲い込むように動き、一ヶ所に集まったところで上空に描かれていた結界の魔法陣が降りて来て盗賊を閉じ込めました。
動転し、なすがままの盗賊たち。
すごい光景です。
はっ! うっかりまた見惚れてしまって、頬を叩いて気を引き締めます。
『この場に出てきていた盗賊は捕まえたが、他にもいると思うか?』
「見回って来ます」
師匠に問われ、クレオはすぐさま自分の馬に乗って周囲を見に走りました。
「クレオ! ウィラも──」
「ああ、ついでに探す」
ついで、ですか。
クレオは丘の向こうの街道へ馬を走らせ行ってしまいました。
私の出番なんて、なかったですね。
少し落ち込みつつ、先ほど行きそびれた雑木林に向かおうとしたら『待て』と師匠に止められました。
『こいつらに尋ねなければならん事がある』
師匠は、魔法陣の結界に閉じ込められた盗賊を見やり言いました。
ウィラネルドが気になりますが……師匠が、ウィラのことをまったく気にしていないのが不思議です。もしかしたらいなくなってせいせいしてる、なんてことはないと思いますが。
ウィラは師匠に対して態度がとても悪かったですから……
「全員で十名、ですか」
テレシーさんの言葉に、気を取り直して盗賊に目をやります。
大人十人では少し窮屈な結界の中で、盗賊たちはいまだに武器を持ったまま荒い息をしています。すべての者が火傷や怪我をしていますが、致命傷を負っているものはいません。
『お前たちは盗賊ではなかろう。それだけの手傷を負って退散しない理由が、物取り程度の盗賊にあるはずもない。まあ、いくつか想像はしているがそれを聞く前に自己紹介をしておこう』
盗賊相手に何を突然?
と思って驚いていると、シュザージ師匠は高らかにその名を名乗りました。
『我こそは偉大なる魔法陣の賢者、テルセゼウラ王国の王子シュザージだ』
「私はベルートラスから勇者として派遣されたテレシーと申します。シュザージと一緒に魔法陣を使って術を使う者です」
テレシーさんはペコリと礼までしました。
そんなお二人を見て、盗賊たちは大きく口を開けてポカンとしてます。なぜですか?
『スタング、お前も名乗れ』
と、師匠に促されたので私もそれに倣います。
「私の名はスタング。ラスタル神殿から勇者として送り出されここに来ましたが、今はシュザージ師匠の弟子となり魔法陣を習う身です」
「なんだと!?」
「神王一族ではないのか!?」
盗賊たちが声を荒げて驚きます。
何を言っているんでしょうか?
知ってて襲って来たんじゃないのですか?
「先ほど馬で見回りに出られたのは、スルディアから派遣された勇者クレオさんです。そちらの御者さんはホーケンの町の職員さんです」
丁寧に説明するテレシーさん。
「も、もう一人、いただろう!? 亜麻色の髪の美しい少女が!」
「スタングさんのイトコさんですね。あの方は神術士です。あなた方の襲撃に驚いて逃げ出されてしまいましたが」
ウィラの説明は曖昧なんですね。
あの形ですから、ラスタル神王国の王子ですとは言いにくいでしょうが。
私たちの紹介を聞いて、盗賊たちは顔を見合わせています。
その中の一人が、スッと手を上げました。
「で、では、魔法陣の勇者である少女は詐欺師と神王一族に捕らえられて利用されている、と言うわけではないのか?」
なぜそんな誤解をしたのでしょう。
テレシーさんは初めからシュザージ師匠と一緒に魔法陣を操っていましたよね?
私が首を傾げると、師匠もテレシーさんも少し含みのある笑顔を浮かべました。
『差し詰め、詐欺師とは私のことだな』
「小間使いとしてみられるのは、いつもなら嬉しいことなんですがね」
つまり、盗賊たちには師匠は詐欺師でテレシーさんはその小間使い。私が神王一族で……ウィラが魔法陣の勇者に見えていたと?
「失礼極まりない‼」
思わず大声で怒鳴りつけてしまいました。
『そういきり立つな』
「ですが師匠! ウィラは女装してても男ですよ!? テレシーさんと間違うなどあり得ないでしょう!」
盗賊たちが「え?」とこぼした声が重なって、本人たちにも思いがけず大きな声になってしまって慌てて口を塞いでいます。
『スタング、こちらは押さえたので従兄弟殿を探しに行って良いぞ』
はっ、そうでした。
ウィラを見つけて叱らなければ!
私は慌てて雑木林の方へ走ります。
「ウィラー! どこにいるんですか!? 出てきなさーいっ!」
雑木林に向かいながらも、原っぱにも気を配ります。
本当に、なぜウィラネルドは逃げ出してしまったのでしょう。
自分から魔法陣を手に入れるために出向いてきたはずなのに。
ラスタルを他国に蝕まれない強国にしたいのでしょう? 師匠たちが協力すると言ってくれているのに、何故拒むのでしょう。
私だって、もちろん協力はするつもりです。
なのに……
馬車の中で、ひどく怯えていたウィラネルドの姿がよぎりました。
『私がなぜ一人で来たか教えてやろうか。頼れるものが他にいないからだ』
ウィラネルドの叫びが頭で響きました。
私に神王一族に戻って欲しかったと。
ひとつ年下の従兄弟、ウィラネルド。
私は腐った神殿のやりように嫌気がさしていましたが、あの子はその真髄とも言える神王国の中心にいたんですよね。一人で。
胸がギュウッと締め付けられるような気がします。
と、その時。私を呼ぶ声が聞こえました。
「スタング、戻ってください! 出立です!」
は?
馬に乗ったクレオが私のそばまでやって来ました。
「何を言っているんです、クレオ。まだウィラネルドが──」
「あなたの従兄弟殿は無事だそうです。シュザージ殿下がその件について話があるそうですよ、急いで戻ってください」
無事?
なぜそんなことが言えるのでしょう。
もしや、私が探しに出た後、ひょこっと戻ってきたとか?
まったく、ウィラは!
無事に戻ったならそれでいい。と、馬車のところへ帰ってくれば、なぜか盗賊たちは皆、師匠に跪き首を垂れていました。
師匠は偉大な方なのでそれそのものはおかしくはないのですが、なぜ突然?
それに、やはりウィネルドは戻っていませんでした。
「師匠、出立するとクレオに聞きましたがウィラネルドはどうされるのですか?」
まさか、このまま見捨てるのでは?
と、不信を抱いてしまった私に、師匠は少し考えて『少し待て』と手をかざして言いました。
そして、盗賊たちに次々指示を出してその場から退かせ、そこにいるのは私と師匠とテレシーさんだけになりました。
不安に思いながら師匠をじっと見ていたら、師匠は少し困ったような顔をして頬を掻きながら言いました。
『あー……、そなたの従兄弟殿だがな。私の妻に任せることにした』
つま?
妻!?
「え!? 師匠に奥様がいらしたんですか!? いや、でも、それだと奥様も幽霊なのでは!? 幽霊に預けるってことはウィラは──」
『落ち着け。妻も従兄弟殿も生きておる』
つい混乱して、埒も無いことを聞いてしまいました。
『実は、我が妻は付かず離れず同じ経路で旅をしているのだ。我らを追って来たところで従兄弟殿を保護したと連絡があってな』
連絡?
どうやって?
いや、師匠の奥様なら魔法陣の使い手でしょう。何の不思議もありません。
ですが……
「心配は要りませんよ。スタングさんも一度はお会いしていますし、ウィラネルドさんも二度助けられて知っているお方ですから」
テレシーさんに言われて、あの夜。宿場町の近くの森で出会った二人連れを思い出しました。
……はて? あのお二人はどちらも男性だったような?
ああ、でも、あの時、師匠は眠っておられた小柄な方を心配されて頬に触れておられた。そうか、あの方は奥様だったのか。
きっとウィラネルドとは反対で男装されているのだな。女性が旅をするならそれもあり得る。
一緒にいた似たような黒髪の大柄な男性は、奥様のご兄弟でしょうか?
「そう言うわけだ。従兄弟殿の神馬は残して行く。妻たちと一緒に王都に向かうから、そこで改めて会い話をしよう」
「そうですね。言い方がまずかったせいで誤解されてしまったようです。タ、奥様が取り成してくれるそうなのでお任せしましょう。私も反省します」
なんだかうなだれているようにも見えるテレシーさん。
そうですね。
私も、言いすぎた感が否めません。
ちゃんとウィラネルドのことを考えましょう。
そして、自分の国のことを。
私もまた、ラスタル神王国の神の子ですから。
第五章はここまでです。
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