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第百十六話


 テレシーたちの馬車が止められて、魔法陣でどんぱちやってた原っぱから少し行った先にある雑木林。そこには何人もの黒装束が身を潜めてどんぱちを見ていた。

 俺たちは少し奥の岩陰に降りて、そこからそいつらの様子を探る。

 なんだか小声で話し合ってたので聞き耳を立ててみた。


「おい、よく見ろ。あの娘は魔法陣の勇者ではないか?」

「おお! そうだ、間違いない!」


 黒装束の一人が原っぱを指差している。

 え? 違うよ。あれは女装王子だよ。

 スカートをひらめかせ、原っぱを駆けて来るのはラスタル神王国の王子様でテレシーじゃない。


「先ほどのすごい光は、あの娘が詐欺師どもから逃れるために放ったものか!?」


 それも違うよ。盗賊に扮した何者かを魔法陣の賢者がやっつけてるんだよ。

 ここからじゃ、ちょっと見えにくくて明細はわからないみたい。

 でも、あの女装王子とテレシーを間違えているのはびっくりだ。


「これも神の導きだ。こちらへ来るならそのまま攫って行けばいい。面倒ごとは全て避けられて楽だぞ」

「チッ、久々に血を見れると思ったがな」

「詐欺師どもは殲滅しておいた方が良くはないか?」


 ……物騒だね。

 

 岩陰に身を寄せているリドルカさんを見やれば、リドルカさんも集中して音を拾っているようだった。あいつらの会話、聞こえたかな?

 リドルカさんが俺を見て、口の端で笑った。聞こえたみたいだ。


 とりあえず、この距離ならテレシーにテレパシーを送れるので報告することにした。


『テレシー、シュザージ、今すぐそばの雑木林に降りてきたんだけどね。ここに黒装束の暗殺者が隠れててそっちを見てるよ。あと、女装王子がこっちに向かって逃げてくるんだけど、保護しておく方がいい?』

『へっ!? タケユキさん!? あ! ほんとにウィラネルドさんがいない!?』

『何をやっているのだあいつは!』


 やっぱり気付いてなかったみたい。

 慌ててスタングさんに問いただしてるよ。スタングさんはハッとして辺りを見渡し右往左往してる。

 俺は意識を女装王子に向けた。

 こっちに走ってくるあの子が、何を考えて逃げ出したのか知りたくなったから。

 よく見れば、女装王子はぬいぐるみを抱いて泣きながら走ってた。


『どいつもこいつもどいつもこいつも、人を利用しようとして。なにもかも私に背負わせようとして。スタングのバカ! 私だって自分で選んだ道を好きに行きたいわ! なのにっ、なのに──』


 彼の中は悔しさと悲しさと寂しさと、いろんなものでいっぱいいっぱいになっていた。

 父親の野心のせいで王子として生まれ、望まずして背負わされた責任と重圧。そんな父親は他の神王国にへつらう傀儡で息子にもそのようになれと押し付けてくるし、他の神王国は傲慢に無理な命令をし失敗すれば罪を問う。

 兄弟もなく頼れる者も苦労を分かつ者もいない。

 幼い頃は仲が良かった従兄弟は、政権争いの種と神王一族から追放されていた。それをなんとか呼び戻すために苦心したのに、従兄弟は詐欺師の片棒を担いで今以上の重圧を課せようとし、そのくせ自分は自由になるという。

 やることなすことうまくいかず、暗殺者にまで狙われる始末。

 ……そりゃ、泣くね。


 心を読んだ時に流れ込んできた感情にクラクラした。

 俺は眉を寄せたままリドルカさんを見やり、今聞いたことを伝えた。


「あの子には、守って導いてくれるじーちゃんもばーちゃんもいないみたいです」

「……兄弟も、姉妹もいないのか」


 あの子、十六歳だっけ。

 弟の草助とひとつしか違わない。

 俺が十六の時ってどんなだったっけな。

 リドルカさんも眉を寄せて考え込んでる。


「あ、敵が動くみたいだ」

「……行くか」


 俺たちは岩陰から出て雑木林を歩いた。

 草や枯れ枝を踏みながら歩けば当然黒装束たちは俺たちに気がつくし、誰かいると気がついたら警戒のために動きを止める。


『テレシー、シュザージ、あの子のこと少し俺たちに任せて欲しい』

『タケユキ!?』

『タケユキさん!?』

『あの子、シュザージたちのこと誤解してるし、そのせいでものすごく怖がってるんだ。無理に連れ戻してもこじれそうだし、ほっといたら悪い奴に攫われちゃうよ。あ、そうだ。暗殺者はあの子が魔法陣の勇者だと思っててスタングさんをラスタルの王子だと思ってるみたい』

『ええっ!?』

『敵は、ラスタル神王国の王子の顔を知らんのか!?』


 歩きながら、俺はそれとなく小石を拾った。

 スカートひらひらさせて必死に草原を駆けて来る姿が、初めて会った時のテレシーを思わせる。


『正体がバレないように頑張るから。リドルカさんもやる気になってくれてるし、お願い』

『くっ!』

『タケユキさん、今の「お願い」はかわいくてずるいです』


 え?

 かわいくてずるいって何?


『わかった。ただし無理はするな。身の危険を感じたらぶっ放してかまわん。こちらも援護できるよう準備はしておく。……タケユキ、私にはお前以上に大事なものなどないのだからな』


 シュザージ……


『私だってそうですよ! タケユキさんもリドルカさんも、もう大事な家族なんですからね。いっぱい心配してますから、お気をつけて』


 テレシー……


『ありがとう、シュザージ、テレシー』


 シュザージはやっぱりすごいな。俺が無理言ってもすぐに対策を考えてくれるんだ。魔法陣以外でも賢者だよ。かっこいい。

 テレシーも優しくて、いつも嬉しくなることを言ってくれる。それに一番かわいいのは他の誰よりテレシーだよ。

 二人とも大好きだなぁ


『…………えっと、今、聞こえたのは?』

『意図して言ったわけではないのか?』

『タケユキはだいたいいつもこんなことを考えているぞ』


 あれ? テレシーたちとのテレパシーにリドルカさんが入ってきたよ?

 あれれ? なんか、テレシーもシュザージも頭を抱えてるのが見える。しかも真っ赤だ。


『リドルカさんも一緒に心で話せるようになったんですね。うれしいな。どうせなら遠距離でもこうやって話せるようになったら──』

『待て、タケユキ。それ以上考えなくてもよい。余計な力は使わず、目の前のことだけ対処して、身体を厭え』

『う? うん』


 いやに焦って止められたけど、なんだろう。

 あ、確かに目の前にもう女装王子が来ているよ。俺たちに気がついてこっちに向かってる。


『じゃあまた後で会おうね』


 そうして、一度テレパシーを切って女装王子に向き直った。

 今気がついたフリして手を振ったら、ちょっと驚いた顔して袖で涙をぐしぐし拭ってへにゃっと笑ったよ。けれどすぐにキリッと顔を引き締めて半睨みで俺たちを睨んだ。半なのは口の端がまだちょっと笑ってるから。


「そ、其方ら、そんなところで何をしているのだ!」


 雑木を縫うようにズンズン歩いて俺たちのところまで来た女装王子は、強気な声でそう言った。俺は笑って言葉を返す。


「あー、やっぱりあの時の女の子だね。君こそどうしたの?」


 ちょっと棒読みっぽくなっちゃったかな。

 知ってるけど知らないふりしなきゃいけないしね。黒装束も聞き耳立ててるし。

 質問に質問で返しちゃったけど女装王子はそこには気を止めず、振り返って馬車を見た後、ハッとしたような顔になった。


「そうだ! 其方ら、私に雇われないか!?」


 え? なんでそうなるの?

 俺が首を傾げたら女装王子はニッと笑って、でも頭の中は一生懸命考えながら言葉を続けた。


「私は色々な者に狙われていてな、護衛を欲している。其方らはナルディエ神王国の黒の神使をあっさり倒してしまうほどの手練れだ。ぜひとも護衛に雇いたい」


 ああ、すごいこと言っちゃった。

 バロウ神王国の黒の神使らしき方々が動揺してるよ。

 もちろん心を読んで正体は確認してたよ。女装王子のことはテレシーだと思ってるし、俺たちのことは神術関係者とは見てなかったせいか読心の神術の対策はしてなかったからあっさり読めた。

 返事をしないでリドルカさんと顔を見合わせていると、女装王子はさらに続ける。


「もちろん相応の礼はする。以前に二度も助けてもらった分も合わせてな。望むなら職として続けてもらっても良い。厚遇は約束する」


 厚遇か。

 帝国の皇弟である魔王様をお婿さんにもらって、理想郷をくれる魔法陣の賢者のお嫁さんにもなって、理想郷の女王様と結婚しておいしいお茶を淹れてもらってまったり暮らす以上の厚遇ってなんだろう。


「俺たち、先の予定は決まってるから君のところで就職はできないよ」

「んなっ!?」


 あ、真っ青になっちゃった。

 でも、職について約束しようとするくらいだ。

 ラスタル神王国を棄てて逃げるって選択は取ってないんだね。

 嫌な思いばかりしてたはずなのに……


「あのね、俺たちの目的は変えられないけど、君の手助けをするのは構わないよ。何をして欲しい?」


 そう答えると、女装王子は目を見開いて驚いた。


「た、助けてくれるのか?」

「うん、そのつもり。なんだかほっとけないし。また悪漢をやっつける?」

「ああっ! あそこにいる詐欺師を──」


 と、満面の笑みで原っぱを指差す女装王子に背を向け、俺たちは雑木林を睨み付けるように見渡す。

 俺の肩の上で羽太郎が「ぴっ」と警戒するような声を上げた。

 危険を感じたのか飛び上がって木の上に隠れたよ。うん、その方がいい。


 ガサリと灌木をかき分けて姿を現す黒装束。女装王子が「へっ!?」と驚きの声を上げた瞬間、武器を手に一斉に襲いかかって来た。



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