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第百十四話【テレシー:道を示す】


「前方で戦闘!」


 突然、クレオさんの叫ぶような声が聞こえたのは、馬車が森に入ってしばらくした頃でした。


『テレシー! 確認!』

「はいっ」


 シュザージの指示で私は馬車の前方にある小窓を開けて覗きます。私が見ればシュザージにも見えますからね。

 小窓は御者さんに指示をしたりする時のものですが、前方を見るためにも使えます。


「どうします!? 勇者様方!」


 小窓を開けたので、御者さんが声を上げました。

 前方では確かに誰かが戦っていますね。


「街道の真ん中で、盗賊っぽい人たちと黒装束の集団が戦ってます」

「黒装束!?」


 スタングさんたちに知らせたら、ウィラネルドさんが声を荒げてぬいぐるみをギュッとしました。

 もしかしたら黒の神使というやつでしょうか。

 

『ラスタルの王子を狙った暗殺者と、たまたま街道で獲物を狙っていた盗賊が鉢合わせたのか? 訳がわからん』

「そうですが、どうします!?」


 その訳のわからない戦闘はもう目の前です。

 引き返すためには馬車を方向転換しなければなりませんが、神馬は急には止まれません。そもそも狙いが私たちなら止まった途端襲ってくるかもしれないのです。

 故に、選択は一つ。


『走り抜けろ! クレオはできるだけ馬車の近くを走れ! 防御魔法陣発動!』


 私の両手がスッと上がり、もともと馬車の天井に描いてあった魔法陣に神力魔力を込めていきます。同時に、御者さんが神馬に鞭を入れ加速。クレオさんとクレオさんの馬も魔法陣の結界内に入るように並走。加速した神馬について行くのは大変ですが頑張って! クレオさんのお馬さん!

 疾走する馬車はあっという間に戦闘している集団のもとへ突っ込んで行きました。驚いた双方の集団がささっと避けて道を開けます。


「わあっ!?」

「しまった、獲物が──」

「追え!」


 走り抜けざまにそんな声が聞こえました。

 獲物ですか。まんまですか。


 いくつか攻撃を受けたようですが全て魔法陣が弾き、馬車は追っ手を引き離しそのまま森を出ます。


『このまま街道を行っても奴らは追って来るだろうな。街に入れば追いつかれるやもしれん。一度どこかへ身を隠そう』


 街に近づけば街道は人が増え、馬の足を緩めなければなりませんからね。タケユキさんと合流するのに、ついて来られては困りますし。


「賢者様、確かこの先に脇道があったはずです。そっちへ入ります」


 御者さんはこの道は何度か通ったことがあるそうです。

 シュザージが了承し、馬車は少しして街道から脇道へ入り一つ小さな丘を超えたところで止まりました。丘の影に隠れて街道から見えない場所です。

 すぐに馬から降りたクレオさんは、少しだけ馬を労うように撫でた後、丘の上まで駆けて身を隠すようにして街道を見ました。私もシュザージと一緒に馬車を出ます。


「黒装束の連中が馬で街道を行きます。ん? 盗賊っぽい連中も馬で追って行きます」

『逃げた獲物を深追いするか。盗賊に扮しているが盗賊ではないな』


 ──情報伝達が早すぎるのが気になっていたのだが、ここまで早く次の刺客が動くとは想定外だ。タケユキが神殿独自の通信方法があるようだと言っていたが……


 心の中で声がして、シュザージがチラリとウィラネルドさんを見ました。

 休息の町でもシュザージが苦い顔をしてましたね。

 もしかしたら、敵も通信の魔法陣みたいなものを持っているんでしょうか? それとも伝書鳥? 神術にそんなに素早く情報をやり取りできるものがあるなんて、私は聞いたことがないですし、シュザージも知らないなら予想できなくても仕方がありません。

 スタングさんやウィラネルドさんは知っているでしょうか。


 ──先に聞いておけば良かったとは思うが、仕方がない。どちらにしても、奴らの狙いは其奴ではないか?


 シュザージはウィラネルドさんを見たままそういいます。

 そして心の中で私に耳打ちしました。

 私は小さくうなずいて、ウィラネルドさんに尋ねます。


「昨日、ウィラネルドさんを襲った連中とは別の勢力ですよね? 昨日の襲撃者は逃げたのは二人ですし、他は亡くなっているようでした。もしかしてウィラネルドさん、神王四国の他の三国全部に狙われているんですか?」


 馬車の開いたままの扉から見えるウィラネルドさんに目をやれば、青ざめておられました。何か思い当たったのでしょうか?

 隣に座ったままのスタングさんが、驚きに声をあげます。


「ウィラ! 一体何をやったんだ!? 三国揃って命を取りに来るなど、よほどのことでない限りありえんだろう!?」

「ちっ、違う! 狙われているのは私だけではない、其方もだ‼」

「……は?」


 私が指さされましたが、意味がわかりません。

 シュザージもそう思ったのか、呆れたように答えます。


『神王国やフレンディス国が魔法陣技術を欲しているのは知っているが、それでなぜ襲撃されるのだ? 我々は王の命令で王都に向かっている。絶対に確保したいなら迎えを遣すだけで良いだろうに。其方のような変装して単機で来るのではなく、それこそちゃんとした兵や騎士団などでな』


 そんなのが来たら困ります。

 宿屋でタケユキさんとまったりする時間がなくなるじゃないですか。


 ──まったくだ


 意見が合致した私たちは、そろってウィラネルドさんを睨んでしまいました。「うっ」とたじろぐウィラネルドさん。

 ギュッとぬいぐるみを抱きしめながら視線を泳がせ、言いました。


「ナっ、ナルディエのジョルアンはせっかちで欲張りなんだ。魔王石も魔法陣も欲しがっていたから先手を打って取りに来てもおかしくない。昨日の奴らはおそらくナルディエ神王国の黒の神使だ。先に其方らに接触しようとした私を始末して、その後に攫うつもりだったのかもしれん。それにバロウは百年前から魔法陣技術そのものを消そうと暗躍して来た。魔法陣の使い手が現れたなら消そうとしてもおかしくないっ」


 捲し立てるように言ったその言葉に、心の底から怒りが込み上げていくのが分かります。

 これは……シュザージの怒りです。


『なんだ、それは?』

「う、ひっ!?」


 鋭い目で威圧され、その話を聞いたクレオさんとスタングさんまで強い視線をウィラネルドさんに向けました。ウィラネルドさんの目に涙が浮かびます。


 そう言えば、魔法陣に関する資料は探して探してやっと見つかる程度のものでした。今に伝える人もほとんどいません。魔法陣の暴走で滅びた国の呪われた技術だからかと言われていたのですが……そんな裏があったのですか?


 クレオさんを見れば、目を見開いて握り拳を震わせていました。

 彼は魔法陣大国テルセゼウラの民の子孫。何か心当たりがあったのでしょうか。

 スタングさんもまた、やっと見つけた生きがいを消されるなんて聞けば怒りもこみ上げてくるでしょう。


 けれど……


「落ち着いてくださいシュザージ。皆さんも。私も気になりますが、今は抑えてください」


 ゆっくりと、でも心持ち強い声でみなさんを嗜めます。

 一番に気を取り直したのはクレオさんでした。


「そうですね。殿下、まずは奴らをどうするか考えねばなりません。先の道での誰かに尋ねれば、僕らを追い越したことを知って戻ってくるでしょうし……おや? 神殿の方々までやってきましたよ。仲直りしたのかウェルペン神殿もこの領の神殿も一緒に街道を行きます」


 丘の向こうを見ながら、少し砕けた口調でそう言うクレオさん。

 私はその雰囲気に乗じる感じで答えます。

 

「魔法陣は大人気ですね。そんなに習いたいなら素直に頭を下げて習いに来ればいいのに。シュザージは嬉々として教えてくれますよ」


 シュザージは教えを乞うたスタングさんやラッシュさんにはなんだかんだで嬉しそうに魔法陣を教えていましたしね。ああ、オーリー先生にもです。タケユキさんに書いて欲しいと言われた時はにっこにこでした。

 なんて考えていたら、シュザージは大きくため息をついて頭を掻きました。


『これからは弟子以外は授業料を取る。魔法陣技術を安く見られてはたまらんでな』


 シュザージも落ち着いたようです。

 ウィラネルドさんはまだ強張っていますが。


「それで、どうします? シュザージ」

『そうだな。ラスタルには神王国筆頭になってもらうが、面倒な国はいっそ潰して、神王四国は神王二国にするか。いや、いっそラスタルひとつで十分か?」

「なっ!?」

「師匠!?」


 また極端なことを言い出しましたね。まったく落ち着いていませんでした。

 ラスタル従兄弟が驚いてますよ。


「そうではなくて、引き返して来るかもしれない暗殺集団と盗賊風集団と神殿集団をどうするか聞いているんです」

『後腐れなく殲滅したいが……そうもいかんか』


 大きくため息をついたシュザージは、やっと真面目に考えを巡らせ始めました。


 シュザージのそうゆう、極端で過激なことをさらっと口にするところはタケユキさんと似てますね。タケユキさんが言えば止めようとするくせに。しかもやろうと思えばできちゃうところまでそっくりです。百年前に何の障害もなく出会って夫婦になっていたらとんでもないことになっていたんじゃないですか?

 リドルカさんがタケユキさんと一緒になってくれてよかったです。ついでに言うと、私がいることにももっと感謝してくださいね。

 私は何かを滅ぼす力などまったくないので、良い抑止力になっているんじゃないでしょうか?


 ──人に考え事を押し付けて、何をごちゃごちゃ妄想している?


 あと、約束したようにシュザージが暴走しそうになったら止めますから。

 

 と、心の中で呟けば、シュザージが少し笑いました。


「何を言っているんだ貴様らは!? そんなこと出来るはずがないだろう!」


 突然怒鳴られてちょっとびっくり。

 声の方を見れば、ウィラネルドさんが激昂していました。

 私ではシュザージが止められないと言いたいのですか?


 ──そう言う話ではないだろう。


 心の声を読まれたわけではないですね。

 知ってます。

 魔法陣で読心の術を弾いていたのも知ってます。


 私たちは心の会話をやめてウィラネルドさんを見ました。

 まだ顔は青いですが、怒りで頬だけ赤くして叫びます。


「お前たちが本当に卓越した魔法陣の使い手だとしても、四つの神王国を相手に太刀打ちできると思っているのか!? ナルディエは強力な新造石を操るし、バロウは狡猾で他国にも多大な影響力を持つ。ウェルペティは神降地とつながりが深く、今の神降地神殿長は彼の国の姫だ。それを──……」

「できますよ」


 至極真面目に真っ直ぐ目を見て答えれば、ウィラネルドさんはまたたじろぎました。


「できますよ、むしろ滅ぼすだけなら私たち(・・・)には簡単なんです」


 それを止めるために苦心しているところを邪魔されて、ちょっとイラッとしてしまいました。


 異世界から来た異能力者に魔王様、それに一国を滅ぼす魔法陣を操れる賢者様ですからね。本気になったら世界だって滅びますよ。


 なんて考えていたら、シュザージがギョッとした顔で私を見ます。


 知ってますよ。

 あなたがタケユキさんを召喚した魔法陣を覚えていることも……リドルカさんをどう思っているかも。


 ──テレシー……


 私だって、タケユキさんを取られちゃった悔しさはないわけじゃないんです。

 でも、それを上回るくらいには、リドルカさんのこと気に入っているんですよね。あんなに寛大で優しい方が魔王様だなんて、信じられません。

 タケユキさんが選ばれた方ですから、当然といえば当然ですが。

 

 チラリとシュザージを見て「ふふふ」と笑うと、シュザージは大仰にため息をつきました。

 私は改めてウィラネルドさんに向き直りました。


「あまり怒らせないでください。できるけど、やれば必ず後悔して死ぬより苦しむ人ですから」


 ウィラネルドさんはまだ青ざめて、腰が引けたままです。

 私はなるべく優しく宥めることにしました。


「私の大切な方々は、少しばかり気が短くて無茶なことを口にしますが、根はとても優しくて良い方ばかりなんです。そもそも、私たちの目指しているのはのんびり暮らせる理想郷ですからね。余計な恨みは買いたくないんです。周りくどいですが邪魔な神王国を友好的な神王国に抑えて欲しいと思っているだけですから。心配しなくても、手伝えるところは手伝いますから、頑張ってください。ラスタル神王国の王子様」


 にっこり笑ってお手伝いを申し出たのに、ウィラネルドさんは震え出してしまいました。


『……其方も大概だぞ、テレシー』

「そうですか? 私たちを取り込みに来た方が今更怯えるなんて、その方がおかしいですよ」

 

 ラスタルの王子様にはもう少し冷静に考えて答えを出してもらいたいですが、今すぐは無理ですか?


 とりあえず私たちは迎撃態勢をとってしばらく様子を見ることにしました。

 合流が遅れることをタケユキさんたちに報告したいですが、それは敵の出方を見てからになるようです。


 シュザージと私が、丘の周りで迎撃用の魔法陣を描いている中。スタングさんは真剣な顔つきでその作業を見ていて、ウィラネルドさんは馬車の中から恐ろしげなものを見る目をしていました。


 そうして、しばらくたった頃。

 いの一番に戻ってきたのは盗賊集団でした。



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