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第百十一話【テレシー:神の子たち】


 軽快な音を立てて馬車は街道を走ります。

 神馬に引かせた馬車は早い早い。

 ウェルペンから他国へ向かう街道は荒れていましたが、王都へ向かう道はきれいに整備されているようでそこそこ快適に進んでいます。

 馬車の中は、少し重苦しいのですが……


 この馬車はもともと四人がゆったり乗れる作りになっており、定員いっぱいで乗っていてもそれほど窮屈な感じはしません。

 乗っているのは私とシュザージ、スタングさんと女装王子改めウィラネルドさん。ああ、女装は改めていないので格好は可愛いスカート姿で神石入りのぬいぐるみを抱えていらっしゃいます。昨夜、神殿騎士とお食事された酒場に忘れ物として取り置かれていましたので、クレオさんが回収して来てくれました。神石入りと知られていたら盗まれていたかもしれないそうです。

 神石は高いですからね。


 そんなスタングさんとウィラネルドさんが向かいの席に並んでいらっしゃるのですが、その雰囲気がとても険悪なのです。

 スタングさんはウィラネルドさんを睨み、ウィラネルドさんはシュザージを睨んでいます。


「いい加減になさい、ウィラ。師匠に失礼ですよ」

「何が師匠だ。こんな詐欺師に騙されて、恥ずかしくないのかスタング」

「我が師は紛れもなく世界最高峰の魔法陣術士です。愚弄するのは許しません」

「はっ! 確かに、今は滅びし魔法陣大国の王子は最高峰の魔法陣術士と歴史書に記されている。だが、その男がその亡霊などと眉唾も甚だしい! 幻影術でそのように見せかけているだけであろう。悪しき魔術を用いた詐欺師に違いない!」


 すごい言われようですね。


 今朝、タケユキさんたちがご自分たちのお部屋へ戻られた後。私はスタングさんのお部屋を訪ねて、改めてラスタル神王国の王子ウィラネルド殿下にご挨拶しました。その場で魔法陣を描きシュザージも出てきていつものように名乗って見せたのですが、どうも私に取り憑いた亡霊設定を信じてくれなかったようです。まあ、あの様子では生まれ変わりと言っても、それはそれで信じてくれなさそうですが。

 実際、幻影術は使っていますし、複合術なので魔術も使っていますからあながち間違いではないのです。嘘も多少はついていますしね。

 そんなウィラネルドさんに、スタングさんはさらにキツく言い返します。


「神殿騎士というだけであっさり騙されて誘拐されかけたくせに、何を言っているのです?」

「くっ、あれは、神に仕える騎士が人を騙して連れ去るなど、するとは思いもしなかったのだ!」

「神殿の腐敗は神王国でも結構なものでしたが、地方では相当ですよ。騙すし、脅すし、自分たちの都合を押し付けるばかりで人の話など聞きもしない。いえ、今の神王国のありようを見れば、それに準じているだけとも言えますか」

「スタング!」


 おお、スタングさんも言いますね。

 幼い頃から神殿で働かされて来たわけですものね。神王国の神殿とはいえ、色々と見たり聞いたりして思うところはあったのでしょう。他国で魔術に寛容なベルートラスですら神属関係者はおかしな人が多かったですから。

 ちなみに、ウェルペン神殿の方々はこの馬車のずっと後ろを一生懸命ついてきているようです。やはり銀ピカ神官は、ウェルペンのメンツと出世争いのために同行したいようで騎士たちにも無理を言ってついて来させています。

 神殿騎士たちの方はと言うと。

 昨日の件で決まりが悪いのと上司にバラされやしないか冷や冷やしているのと、ついでに暗殺者が怖いのとで足が鈍っているようです。

 これはシュザージの推測ですが、私もなんとなくそう思います。出立の際、誰もが視線を逸らせて青ざめていましたからね。

 なんて考えていたら、またウィラネルドさんの憤慨する声が響きます。


「スタング、其方を勇者として送り出したのは、魔王を倒し手柄を立てて神王一族として返り咲いてもらうためだ。なのにこのような詐欺師に騙されたあげく弟子入りして魔法陣術士を目指すなど、なんと嘆かわしいことを言い出すのかっ」

「私は私を捨てた王族になど戻りたいとは思っていません」

「んなっ!?」

「そもそも魔王を倒せと言うなら、まず延期になった魔王討伐はいつ再開されるのか教えてもらいたいですね。それとどうやって帝国に潜入するつもりなのか、帝国の動きは掴んでいるのか。なぜウィラが単独で変装してまで私を迎えに来たのか」

「そっ……」


 ウィラネルドさんが視線を泳がせます。

 まあ、魔王討伐再開の日程以外はだいたい知っていますからね。

 ラスタル神王国の王子様が他の神王国を出し抜くために、勇者になった従兄弟を伝手に魔法陣の賢者を取り込みに来たとか。

 バロウ神王国が帝国と滅びの都を手中にするためにベルートラスを狙っているとか。

 ナルディエ神王国が魔王石狙いで帝国を襲って、帝国の反抗勢力を煽って手駒にした挙句、領地一つを魔に落としたとか。

 それらの為に、魔王の悪評を振り撒いていたとか。

 全部タケユキさんとリドルカさんが調べてくれましたから。


 ──ベルートラス王が躍起になって兵力増強を測っていたのは、対帝国ではなく対神王国のためだったのかもしれんな。神殿側にそうと知られんように振る舞いつつ。だとすればあの王は愚王ではないな。だとすれば、だが。


 心の中にシュザージの声が聞こえます。

 やっぱり、内緒の話ができるのは楽ですね。リドルカさんはちゃんとタケユキさんとお話しできたでしょうか。


 ──くくっ、あの魔王は接触的触れ合いは考えなしにするくせに意外にうぶで奥手なのかもしれん。あれなら王族の秘儀を知ってもすぐに実践することはできまい。


 なんの話をしているんですか?

 王族の秘儀にしちゃっていいんですか?

 テルセゼウラではそうしますか? 私は嫌ですが。


 ──……私も嫌だな


「貴様ら! 何をぼーっとして笑っている!?」


 あ、顔に出ましたか。

 失敗です。

 私は笑い顔は笑い顔でも、小間使い的な笑みを浮かべます。


「失礼しました。従兄弟同士とお聞きしていましたがご兄弟のように仲がよろしいのですね。と、思いましたもので」

「なっ!?」

「テレシーさん、今までのやりとりを見てなぜそんなことを思えるのですか?」

『対等に言い合っているからだ。いや、もしかしたらスタングは今まで、資質の萎縮を気にしてまともに話し合いもできなかったのではないのか? 言われるままに勇者として派遣されて来たとか』

「師匠……」


 スタングさんが「ううっ」と眉を寄せます。

 そうなのかもしれませんね。

 

「この際だから言いたいことは言っておく方が良いと思いますよ、スタングさん」

「余計なことを言うな! 詐欺師どもが!」

「ウィラネルド!」


 あらら、また言い合いが始まりましたね。

 いいんですか?


 ──煽ったのは其方だろうに


「そうですね、ならばウィラ……」

「言いたいことならむしろ私の方があるわっ!」


 スタングさんが、気合を入れて息を吸った時。ウィラネルドさんが怒鳴りました。口を開けたままびっくりするスタングさんに、ウィラネルドさんは詰め寄ります。


「そもそも、お前の父親があっさり王位を奪われたのが悪い! お前の父親が神王になっていれば、この苦労はお前が負うものだった! 王位を譲って勇者になれと言われれば、私は喜んで勇者になってやるぞ!」


 またすごいことを言い出しましたよ。

 ラスタルの跡継ぎたちはテルセゼウラ王家の後継争いと似た方向なんですか?


 ──親世代とは逆ということか?


「な、何を言い出すんですか、ウィラ」

「愚か者の我が父は、王位に着くためにナルディエとバロウを後ろ盾に付けて優秀な兄を追い落としたのだよ。その後は王とは名ばかりで両国の小間使いさ!」


 小間使い王の何が悪いのでしょう。

 

 ──それは口に出すなよ小間使い女王。


「ラスタルが勇者を招集したのはナルディエの失敗の後始末のためだ。帝国の反体制派を煽り帝都を攻め落とし、ついでに貴重な魔王石を確保するという計画だったのに、先走ったナルディエが失敗して地方領を潰しただけに終わり、その上帝国に魔王石を使わせてしまった。神王四国が二十年をかけた計画が無に帰したのだ。それを誤魔化すために、帝国地方領で勇者が魔王と戦い激戦の末に相討ち、勇者によって魔王が滅ぼされた事にして誤魔化そうとしていたのだ!」

「なっ!?」


 シュザージの想像より酷い話でしたね。


 ──陽動でないのはリドルカから聞いた国境の件でわかっていたが。ナルディエ神王国が動いての失敗ではなく、ラスタル神王国が集めた勇者が失敗したことにしようとしたのか。


 さらに、シュザージが言うには、ウェルペン領主から魔法陣の有用性を聞いた神王国やフレンディスの王や神殿などが、使い潰すにはもったいないと悟って無意味な魔王討伐から魔法陣確保に目的を変えたのではないか、とのこと。


 まあ、ウィラネルドさんもその一人ですからね。


 ──王子が単身乗り込んでくるなど、あまりにも無謀だがな。


 タケユキさんたちがいなければとっくに死ぬか売られるかしてましたものね。


 なんて、今はその話は置いておきます。

 お二人の喧嘩はまだ白熱中です。


「初めから犠牲にするつもりだったのですか!? 魔に落ちた土地など、行くだけで私たちまで魔に落ちて──」

「其方だけは生き残る! 神王一族の其方はまごうことなく神の血を引く神の子だ、魔に争い生き残り瀕死の魔王を打てると思ったのだ!」


 この方は魔王化した人の寿命を知っているようですね。


 ──ああ。ついでに、今言われている魔王が生きた魔王石であることはまだ知られてないようだ。


「そうして、魔王を討ち取った勇者として凱旋し、其方は誉れを持って神王一族に戻り、いずれラスタル神王にならねばならない私の片腕となって欲しかったのだ」

「ウィラ……」

「私がなぜ一人で来たか教えてやろうか。頼れる者が他にいないからだ。私の側近も護衛も皆、父がつけた者たちだ。私が奴らの利にならぬ行動をすれば筒抜けだ。どうあっても止められる」


 ──一人で来ても筒抜けだったようだな。


 暗殺されそうになってましたからね。

 ついでに言うと、私たちの知りたかった裏の事情も話してくださりました。ありがたいです。


 ──タケユキを休ませられて丁度良い。


 でも、他の神王国はどうしてラスタルの王子を暗殺しようとしたんでしようか? 連れ戻してお灸を据えるとか、やりようはあるでしょうに。


 ──見ていればわかるだろう。あれは反骨精神が強い。その上、外へ逃せば情報がダダ漏れだ。ならばアレを排して迫害されていた従兄弟を王位につけることで恩を売り、次の手駒にしようとしたのかもな。


 スタングさんはテルセゼウラへ来る予定ですのにね。


 なんて、お二人のやりとりを見ていたら、ウィラネルドさんが私に向き直り鋭い目で睨んで来ました。


「おい娘。其方が真実、魔法陣術士というのなら、その力と技術を我がラスタル神王国に捧げ忠誠を誓え。神の一族に仕え、世界のために奉仕する栄誉を与えてやろう」

「お断りします」


 即座の返答に、ウィラネルドさんはクシャリと顔を歪めました。


「……やはり、偽物だ。神王に仕えることの意義がわからんとは」


 断られることは予想していたのでしょう。

 だから偽物だ、詐欺師だと言い立てたのでしょうか。

 断られた時の言い訳のために。

 それでも悔しそうな、苦しそうな顔をされて、ちょっと心苦しくなってしまいます。

 どうしましょう、シュザージ。


 ──どうしようもこうしようもない。我々の予定は変わらんよ。


『神王四国のどこに仕えるつもりもない。我らはいずれ魔法陣国テルセゼウラを復活させるために動いているのだ。故に……ラスタル神王国が強権を取るために協力することはやぶさかではない』

「は?」

「師匠?」


 ウィラネルドさんもスタングさんも揃って首を傾げます。


『スタングには前にも話したろう? 私たちが神殿の要請を逆手にとって王都へ向かう理由を』

「……逆手?」


 訝しむように目をすがめたウィラネルドさん。

 スタングさんはうなずいて、以前馬車で話したことを答えます。


「神王国や神殿が魔力を廃する理由を知り、話し合いで複合術である魔法陣を認めさせ、余計な干渉をさせないようにする……と」

『ああそうだ。そのために我らの願いを聞き入れてくれ、邪魔をしそうな神王国を抑えてくれる者を見極めようと思っていたのだ。こうして、偶然とは言え直接相まみえる機会を得たのだ、其方がそうなってくれれば我らは協力を惜しまないが?』


 スタングさんの顔はパアッと喜びで輝きましたが、ウィラネルドさんは逆に眉間にシワを寄せて疑惑を深めています。


「……詐欺師め、その手には乗らん」


 そう言うとぷいと横を向いて、視線は窓の外に向いてしまいました。

 その後は沈黙です。

 馬車の走る音だけが響きます。


 これは手強そうですね。


 ──だが、奴に他に良い手などないのだ。他の神王国に見限られている上、庇護してくれるはずの父王もまたナルディエやバロウの傀儡だという。退路もない。


 なんだかかわいそうですね。


 ──テレシーはせいぜい同情して慰めてやれば良い。結構それで簡単に落ちるやもしれん。


 私に何をさせようとしてるんですか? 

 そう言うことはシュザージにお願いします。男の子はかっこいい魔法陣に憧れるようですし。


 ──まあ……残念ながら機会はありそうだな。


 暗殺者に狙われていますもんね。

 パパッと魔法陣で追い払えば信じてくれる気になりますかね。


 ──さあな


 

 その後は、馬車の中は静かでした。

 さすがにスタングさんもこんな中で魔法陣の自習もできず、私たちと黙りこくってしまったウィラネルドさんに気を遣っておろおろされていました。

 そして、何かを考えるように俯いてしまいました。


 ああ、早くタケユキさんと待ち合わせた街に着かないかな。

 よしよしされて癒されたいです。

 はあ。

 


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