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第百七話【スタング:神の子とその従兄弟】


 今日もまた、宿の部屋で魔法陣の書取り練習をしていたら、突然クレオが部屋を訪ねて来て「向かいの酒場に行こう」と誘って来た。

 なんでまた酒場などに?

 しかも私を誘うなど、意味がわかりません。

 シュザージ殿下は霊体の身ですし、テレシーさんを誘うわけにはいかないでしょう。ですが……なぜ私?

 クレオなら普通に一人で行きそうなものなのに。


「いいから行こう! スタングは行ったことないだろ? 別に酒を飲まなくても食事だけすればいい」


 そう言って強引に部屋から引っ張り出されました。

 酒場ですか。

 私は城と神殿しか知らなかったので、勇者として外へ出てからは色々と見たことないものを見ることができて勉強にはなっていると思いますが……酒場ですか。

 そんなことを思いながらグイグイ引っ張られて、なぜかクレオは御者まで誘って宿を出ました。宿の外は賑やかですね。もう暗いのに人の行き来が盛んです。


「あの酒場ですね」


 ウキウキと御者が宿の前の店を指差し、歩み出した途端。クレオは足を止めて踵を返しました。なんだか妙な顔をしてます。


「……おっと、忘れ物をしてしまいました。御者さんは先に行っていてください」


 そう言うと宿の中に戻ってしまいました。

 御者は「はいよ」と返事をして店に向かって行きます。

 私は?

 一瞬迷いましたが、私はクレオを追って宿に戻りました。

 それほど親しいわけでもない者と見知らぬ酒場に入るのは躊躇われます。

 そうして宿屋の入り口に入り直したところで、客室のある二階からテレシーさんが降りてくるのが見えました。

 クレオは慌ててテレシーさんに駆け寄ります。そして何やら小さな声で言葉を耳打ちされていました。

 そこで、ふと気がつきました。


 目的は酒場ではなく、そう誤魔化さねばならない何かがある。

 これはシュザージ師匠が言っておられた、私には話せない案件ではないかと。


 両手をギュッと握り込んでしまいました。

 わかっていたこととはいえ、悔しいです。クレオはいいんですか?

 そんなことをモヤモヤ考えていたら、テレシーさんの視線が私に向きました。そして、シュザージ師匠の声が響きます。


『スタング、お前も来い』

「……え?」


 お姿がないので、私はテレシーさんのペンダントを見ます。

 するとテレシーさんがうなずきました。


「急ぎます」


 そう言って、二人は即座に駆け出しました。

 私は慌ててテレシーさんとクレオの後を追って走ります。何がなんだかわかりませんが、置いて行かれないことに少し安堵しました。


 宿を出て、夜の宿場町を走る我々。

 すると幾人かの酔っ払いが声をかけて来ます。


「なんだいお嬢ちゃんたち、こんな夜更けにお出かけかい? けへへっ」

「ヒャハハっ、 いい店知ってるぜ、連れてってやろうか?」

「綺麗どころ二人も連れていいねえ兄ちゃん、どっちかくれや」


 何を言っているのでしょう。

 品のない呼びかけは全部無視して、テレシーさんたちは走りますが邪魔ですね。たまに面白半分に道を塞ごうとする者もいて、クレオが剣で威嚇して退かせています。

 そうして走って走って、脇腹が辛くなった頃。宿場町の端まで来たところでテレシーさんが立ち止まり空を見上げました。そして、頭を抱えます。

 空は雲があるのか真っ暗で星も見えませんが……


「テレシーさん!」


 上を見ていた時の呼びかけにビクッとしました。

 クレオが木立の中を駆けて行く男たちを指差します。そして、素早く走り出すと剣を抜き、彼らに斬りかかりました。同時にテレシーさんの手が動き、シュザージ殿下の声が響きます。


『魔属性魔法陣、石を成せ。神属性魔法陣、大気に干渉。石を弾け』


 男たちの足元から石の塊が飛び上がり、投げつけられた飛礫のように次々と当たります。ひとたまりもありません。ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げて転んだり座り込んだりの神殿騎士。

 そんな騎士の一人に、クレオさんが剣の刃先を突き付けます。


「昼間の神属騎士ですね。こんなところで何をしているのです? 連れ去ったお……んなの子はどうしました?」


 鋭い目で尋ねれば、騎士は「ひいっ」と声を上げた後、震えながら言いました。

 女の子?


「お、俺たちは、上に言われて勇者を連れ戻しに来ただけだ! 勇者はウェルペン領で集められたから、ウェルペン領主と神殿の名の下に出立を──」

「あなたたちの事情など聞いていません。何があったかを聞いています」

「ひいっ!」

 

 クレオが騎士の頭に剣を突きつけて脅します。ちょっと刺さってませんか? 血が……


「くっ、黒の神使が出たんだ! はじめて見たけど、たぶんアレはそうだ!」 


 黒の神使、ですか?

 

「なんですか、それは」


 クレオとテレシーさんが首を傾げます。が、すぐにクレオは僕に視線を向けました。

 

「神の使いというくらいですから神王国関係でしょうか。スタングは何か知ってるかい?」

「……詳しくは、知りませんが。確か神王国で後ろ暗い仕事を請け負っている者たちのことをそう呼んでいます」


 幼い頃に父が話していたような気がしますが、私はかかわったことがないので記憶も曖昧です。それでも何か思い出せないか頭を捻っていたら、神殿騎士の一人が私を指差して叫びました。


「奴らはお前の女を殺しに来たんだ! 俺たちはそれに巻き込まれたんだよ!」


 何を言っているのですか、この神殿騎士は。

 今度は首を傾げます。

 女性の知り合いなど、テレシーさんとエリーナさんしかいませんが?


『そんなことより、あの建物の中に其奴らがいるのだな。行くぞ』


 その声に、私はテレシーさんを見ました。が、すでにその隣にシュザージ師匠がいました。今の一瞬で魔法陣を描かれたのですか? わずかに魔法陣の光が残っていますが、どんな早技ですか。

 そんなシュザージ師匠の視線の先。暗くてわかりにくかったですが、何やら建物が立っています。


『お前たちもついて来い』

「はい」

「は、はい!」

「あなたたちもですよ」

「ヒイッ」


 早足で歩き始めた我らの後ろから、クレオにせつかれて神殿騎士もついて来ました。


 その建物は長く使われていないようで、荒れ放題でした。少しホーケンで見た庁舎にも似てます。

 夜でも明るかった町中と違って真っ暗で、ちょっと怖いです。


『神属性魔法陣、光を成せ』


 師匠の声にハッとします。

 テレシーさんの掌に小さな明かりを灯した魔法陣が現れました。

 しまったと、思います。慌てて来たので私は杖を持ってきていません。あのように神術だけでできる事は私がすべきなのです。魔法陣はまだまだでも、灯りを灯す術くらいなら私でもできたのに。

 ポケットに持ち歩けるような神石も必要ですね。


 反省をしながら師匠たちについて、その建物の開きっぱなしの扉を潜ります。照らされた玄関ホールには馬が四頭いました。


「……馬を置き去りに逃げ出したのですか」


 クレオが神殿騎士を剣でつついてます。チクチク痛い程度でしょうが。クレオにとっては馬を置いて逃げたことが許せないようです。騎士たちは恐縮してます。

 そんな様子に気を取られていると、「ひっ」とテレシーさんの小さな悲鳴が聞こえました。

 ハッとして、私もクレオもそちらを見れば……広いホールのあちらこちらに血溜まりが落ちていました。そして、その上には人の形のまま散らばる衣類が──


 その意味がわかった瞬間、こみ上げてきた吐き気と恐怖に口を手で覆い座り込んでしまいました。


『スタング!?』

「スタングさん!?」


 気を失ってる場合じゃないです。

 師匠たちに告げなければ……


「こ、これは……過剰な神力をその身に受けてしまった者の……最後、です」


 かつての師もまた、こうして衣類と杖を残して消えてしまった……


「シュザージ殿下、まさかあの方々は──」

『大事ない、私はそっちを迎えに行く。クレオはその騎士四人を宿に連れて行け。馬と一緒に厩に入れておけば良い』

「なっ……」


 厩と言われて師匠を睨む神殿騎士。それを鼻で笑う師匠。


『このまま逃げ帰りたいならそれもよかろう。だが、ウェルペン神殿は逃げ帰ったお前たちをすんなり受け入れてくれるかな? あの銀ピカ神官はお前たちの所行を笑って許してくれる輩か?』

「ぐっ!?」


 悔しそうな神殿騎士たち。

 この騎士たちは何をしたのでしょう。

 シュザージ師匠はお見通しのようですが。さすがです。


『おとなしくしているなら今夜の事は黙っておいてやろう。行くぞ、テレシー。スタングもだ』

「え!? 私も、良いのですか?」


 師匠たちには隠しておきたい誰かがいることは察していました。先ほどから濁しながらも心配されている誰か。その方に私が会っても良いのでしょうか?


『あー、其方でなければ対応し切れないであろう人物もいるのだ』


 ……はて?

 師匠が対応できない相手なんているのでしょうか。


 そう思いながらも、さっさと建物を出ていく師匠を追ってまた走り出しました。

 どこへ向かわれるのでしょう。

 シュザージ師匠は迷うことなくまっすぐ進み、テレシーさんはそれを追うようについていきます。先ほどテレシーさんたちが真っ直ぐ町の南へ向かったのも、おそらく師匠の指示でしょう。どうやって目的地を定めているかはわかりませんが。私もまた、ついて行くだけです。


 宿場町を出て人のいない真っ暗な街道を少し歩いた後、道を外れ森に向かって進みます。

 一度だけ、立ち止まってまた二人して頭を抱えておられました。何があったというのでしょうね。


 そして、森の中を少し進んだところで……青白い光が灯っているのが見えました。焚き火の色ではありません。少し恐ろしい気がしましたが、師匠たちは気にするそぶりもなく近づいていくので、私も恐れをふるい落としてついて行きます。


 そして、少し大きな木の下に三人の人物がいました。

 青い火を灯しているのは背の高い男性で、その人に抱えられるようにして少年が眠っています。その横に放り出された少女が一人、転がっていました。

 ……少女?

 仰向けに寝転がった顔に、見覚えがあります。


「ウィラ!? なぜっ?」


 思わず頬が引きつりました。

 そして、師匠とテレシーさんを見ます。

 私にしか対応できない案件とはこのことですか!? どうやって彼がここにいると知ったのですか?

 問いたいですが、二人ともそんなことを聞ける形相ではないですね。

 怒っておられます。


『まったく、お前たちは一体何をしているのだっ!?』

「タケユキさんはどうされたんですか!? どこか具合が!?」

「……眠っているだけだ。だが、少し熱が出ている」

『何っ!?』


 男に抱き抱えられた少年を見て、師匠は飛びつくように少年の頬に触れました。

 触れた?

 いえ、そう見えるだけかもしれません。

 師匠は幽霊で、人にも物にも触れられないはずですから。

 ただ、背の高い男性もテレシーさんも驚いているように見えます。


『はぁ……話は後だ。早く宿に帰って休ませろ』

「ああ」


 そう言うと。背の高い男性は少年を大事そうに抱えて宿場町に向かって歩き出した。


『さて、スタングはそいつを背負って行け』

「はっ!?」


 思わずとびきり大きな声をあげてしまいました。

 少し小さいとは言え、ほとんど体格の変わらない私がウィラネルドを背負って宿まで運べと言われているのですか?


『私では触れられん』

「あ、あの、私は後ろから支えるくらいはできますよ」


 そうですよね。

 師匠は触れないですし、テレシーさんに背負わせるなんてできません。

 私は、少し肩を回してからテレシーさんに手伝ってもらいウィラネルドを背負いました。重いです。

 

 聞きたいことは山ほどありますが……

 とりあえず苦情は全部、ウィラネルドに言いましょう。



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