第百六話
階段を何段か飛ばし飛ぶように降りていくリドルカさん。もちろん俺もついて降りるよ。
階段の下はすぐに玄関ホールだった。
突然、階段を降りて来たリドルカさんをその場の者たちが一斉に見た。
「なっ、また刺客か!?」
「其方は、昼間助けてくれた剣士!?」
騎士の声と女装王子の声がかぶった。
助けてもらったという声に神殿騎士は王子を見やってホッとした。
「……助けは、必要か?」
「頼む!」
リドルカさんは女装王子に尋ねたけど、返事をしたのは神殿騎士だった。リドルカさんはうなずいて剣を構えた。なんかすごく自然に助けに入れたよ。
暗殺者たちは動揺して心が乱れている。
『なんだこいつは!?』
『昼間の、という事は神馬を止めた旅の兄弟とは奴らか!? 余計なことを!』
あの子の乗ってた馬は神馬なのか。すごい馬だったんだ。俺たちの話は誰かに聞いた話なのかな、なんか色々情報が出てきたぞ。よし、俺は心の中を聞くのに集中しよう。
「かまわん、皆殺しだ!」
『まとめて王子殺しの犯人にすれば良い!』
暗殺者のリーダーがろくでもない事を考え、そして言う。それに従い暗殺者は武器を構えた。リーダーは神石の杖を掲げて小声で何か唱え始める。
「天より舞い降りし神よ、我が手にその力を宿し閃光を!」
「いかん! 天より舞い降りし神よ、その力を沈めよ!」
暗殺者が唱え終わる前に神殿騎士が胸元に手をやり、早口で呪文を唱えた。
ホール中が白い光に包まれたけど、目潰しにあうほどじゃない。ちょっと明るいめのLED電気くらい。たぶん、暗殺者が強い目眩しの光を放とうとしたのを神殿騎士が中和したんだ。暗殺者が舌打ちし神殿騎士はホッとする。その胸元に神石を隠し持っているみたいだ。
目眩しはトルグさんもやってたけど、神術での戦いでは常套戦法なのかな。即座に応戦できるとは、神殿騎士もなかなかやるな。
そんな明るい部屋の中、次に動いたのはリドルカさん。剣を構え神術を使った暗殺者に斬りかかった。
「ぎゃあ!」
両の腕を斬られ杖を落とした。リドルカさんはその杖をこっちに蹴ってよこす。敵から武器を遠ざけたのか。俺はそれを拾ってまた壁際で集中。
六人のうち、一人は戦意喪失。三人は神殿騎士と鍔迫り合いをしているけど、残る二人はリドルカさんがサクサクっと倒してしまった。ほんとにもう、サク、サク、と襲いかかる敵の攻撃を躱しつつ、ちゃんと狙って腕や肩を斬って突いて戦えなくしてるよ。
手練れの敵複数人相手に不殺で戦える魔王様、かっこいいね。
ああ、見惚れてる場合じゃないや。
「お、おい、一体何がどうなっているんだ!? 私は酒……夕食をとっていた辺りから記憶があやふやなんだが」
女装王子がふらふらと俺の方に寄って来た。
みんな戦ってるもんね。俺だけ暇そうに見えたのかな。
何があったかは知ってるけど言えることじゃないので首を傾げた。
「知りません。俺たちはたまたま上の階にいただけです。そうしたら物音が聞こえたので……」
あなたは薬を盛られて神殿騎士に攫われかけたのですが、別口であなたを追って来た暗殺者が逃すまいと関わった者ごと皆殺しにしようとしているのです。
なんて言えないね。
考えていた不自然にならない設定を話したら、女装王子は目を見開いて驚いた。
「まさか、宿代わりに!? 私に宿をとってくれたせいで宿代がなくなったのか!?」
違うけど、そう思ってくれたならありがたい。二階にいた設定が生きるよ。
神殿騎士も暗殺者も耳を傾けて……あ、暗殺者はみんな戦闘不能になって倒れてる。
「まだ、油断するな」
室内の敵が倒れたことで、気を抜きかけた神殿騎士を睨むリドルカさん。まだ外に二人いたもんね。そのうちの一人が欠けた窓からこっちを見たのがわかった。
『なっ!? 隊長が倒されただと!? まずい、殲滅の神術が発動する!』
何それ!?
そんなことを心で口走った暗殺者は仲間を置いて逃げの態勢になった。ので、転ばせた。
その術が何か聞き出そうとした時、女装王子がグッと俺の持っていた杖を握った。
「それを渡せ! 何か神術が発動している!」
「えっ!?」
思わず手放せば、女装王子は杖を握って真っ青になった。
杖に付いている大きめの白い神石がじわじわと汚い紫色に変色してぼうっとした紫の光を灯している。あの色……化物の中にあった紫の石に似ている。
ぞわっと背筋が泡立った気がした。
あれは、リドルカさんでも危ういと言った力だ。
「まさか、殲滅の神術か!? くっ、天より舞い降りし神よ、その力を沈めよ‼」
女装王子が呪文を唱えると、ブワッと汗が噴き出した。
神術の発動を抑えているのがわかる。
リドルカさんは、俺の腕を掴んで引き寄せながら女装王子から距離を取る。神殿騎士もわかってない感じだけど怖いことが起こりそうだと馬に走り寄った。馬は硬直してる。
女装王子の焦る心を読めば、それはとんでもない術だった。
神力を圧縮した神石の力を解放することで、周囲の者は大量の神力を受けて光の塵となって消えてしまう。
それって、死ぬってことだよね!?
爆弾みたいなものじゃないの!?
「くそう! こんなものを町中で使わせるとは、ジョルアンの仕業だな! 其方ら! 町の者を避難させよ! 抑えきれんかもしれん‼」
それを聞いた神殿騎士が、馬を捨てて逃げ出した。
そんなに大規模な爆発するの!?
だったら、俺が杖を奪って空へ飛んだ方が早くない!?
ああ、でもあの子が手放した途端、爆発したら困る。あの子ごと空へ? でもそれだとあの子は消し飛んじゃう。
悩んでいると、リドルカさんが動こうとした。
あれはリドルカさんにも危険なものだ。
「ダメ!」
リドルカさんが手を伸ばしたけど、その前に俺が飛び出し女装王子に抱きついた。
「ぬあっ!? 何をし──……て?」
て? の声が響いたのは空の上だった。
薄曇りの夜の空は真っ暗で、下を見れば小さく町の明かりが見えるだけ。
女装王子は俺が抱き込んでいて下が見えない。だからか、騎士が逃げたせいで神術が途絶え明かりが消えただけと思っているようだ。ホッとした途端、背中があったかいことに気がついた。
「あ、あれ? なんで!?」
薄曇りの夜空の中。振り切ったと思ったリドルカさんが、背後から俺を抱きしめていた。
青い光が俺たちを包んでいる。
これは、シュザージの魔法陣が赤く光って捉えられた時に似てる。
「タケユキはそいつを守れ。神石の暴発は俺が抑える」
「えっ!? でも──」
「やれ!」
強く命じられ、俺はハッとして女装王子と、そしてリドルカさんにも超能力で防壁を貼った。
こんなので守れるか? どのくらい強く貼れば守れる?
リドルカさんは片手で俺を抱いたまま、もう片方の手で神石をわし掴む。そしてその手に青く光る黒いモヤが取り巻いた。リドルカさんの魔力だ。
リドルカさんに、魔力を使わせちゃった……
「な、なんだこれは!? 何がどうしてどうなっている!?」
「そんなことより、杖の神石はどうなってますか!? 神力の暴発は!?」
「おっ!? おおっ! なぜか神力が抑えられている! これなら術の解除ができそうだ」
なぜかって、リドルカさんが魔力で神力を抑えてるんだよ。
気がつかないものなんだね。
よかった。
「できるなら早く、解除をお願いします!」
「うむ!」
女装王子は杖を強く握りなおすと、目を閉じて深く息を吸った。
「天より舞い降りし神よ…………」
時間としてはそれほど長くはなく、紫の石の光は収まった。でも石はドス黒い気持ち悪い紫のままだ。元は神石に見えたけど神石じゃなかったの?
「はぁ……治まった……か」
大きく息をついた女装王子からガクッと力が抜けた。
「えっ!? ちょっ──寝た!?」
「疲れたのだろう。タケユキも」
そう言うと、魔力が消えた手で俺のひたいを触るリドルカさん。
「熱がある」
「うっ、……少しです。リドルカさんも疲れているように見えますよ、大丈夫ですか?」
「休まねば、な」
リドルカさんが疲れるなんてよっぽどだ。
殲滅の術とやらは本当にとんでもない力だったんだな。それにこの紫の石。やっぱりあの化物の中にあった物と同じものの気がする。かなり小さいけど、なんだか気持ち悪いね、コレ。
それから、俺たちは町の外れの街道沿いに降りた。
昼前に降り立った森の外れ辺りだ。
もうテレポートするのは少し辛かったので、真っ暗だからいいかなと思って町の明かりが届かない場所を選び、降りたのがたまたまそこだった。
地面に足をつけた途端、二人して大きなため息をついて座り込んだ。
「テレシーとシュザージに怒られそう」
「そうだな」
かなり疲れたけど、さすがに心配させすぎてると思ってテレパシーで「大丈夫だよ」と一言だけ送って目を閉じた。
ホッとしたせいか、俺もそのまま眠ってしまった。




