第百四話
昨日と同じようにクレオさんが俺たちの部屋にやって来て、同じようにテレシーの部屋に行って、テレシーをよしよししたらすぐに俺が見た女装王子の話をした。
今日は話すことが多いんだけど、目の前にいる大問題についてすぐに話さなきゃと思ったからだ。
みんなが頭を抱えてしまったよ。
『ラスタル神王国は何を考えているのだ?』
「あの、タケユキさんの能力を疑うわけじゃないんですが、本当にそれはラスタルの王子様なんですか?」
「うん、今はお向かいの酒場で神殿騎士と一緒に食事してるね。銀ピカ神官はどこ行ったのかと思ったら直属のお供と花街に行ったらしい。そっちの方は追ってないけど」
「……追わなくていい」
「ははは、そっちは僕が調べましょうか?」
『必要なかろう』
なんだかみんな疲れた顔になっちゃった。
この部屋は大きくて上等だからちゃんとテーブルがあるから、今夜もみんなで席について話をすることになった。テレシーにお茶を淹れてもらって、俺は改めて女装王子の実況中継をする。
目を閉じて、遠見と透視とテレパシー発動。
居るのが宿のお向かいの店でよかった。
これぐらいの距離なら話していることも心の中も結構読めるからね。ホーケンで宿屋から庁舎のテレシー達とテレパシーした時より近いから楽だ。
「今、神殿騎士たちは女装王子にシュザージの悪口吹き込んでます。大昔に滅びた国の王子を名乗る怪しげな人物で、神術に魔術を混ぜる禁忌の術を用い幻をつくり出しては人をたぶらかす。神王国に仇なす者で、おそらくは魔王の仲間だろう……だって」
「ほとんど合ってませんか? すごいですね」
『おい、テレシー』
俺もちょっと笑ってしまった。
リドルカさんはいつもと変わらないけど、クレオさんは口元を押さえたよ。
『コホンっ、しかし、神殿騎士はラスタルの王子とは気がついていないのか?』
シュザージが話題を変えてきた。
「うん、スタングさんの彼女か身内だと思ってるね。うまく取り込んでスタングさんを伝手にテレシーも取り戻して、領地内にいるうちにウェルペン神殿の面目の回復を図りたいって」
「ここは宿場町で隣の領地へ向かう者もいるでしょうしね。ここで権威を取り戻さないと勇者の後援役を他領に取られる恐れが高まりますからね」
クレオさんがそう言った。
シュザージたちが来る前に聞いた手柄争いだね。
『しかし、勇者を取りに来るのが神殿勢力だけとは限るまい。かつて小国だった領主など、神王国やフレンディス国からの独立を望む者も出て来るかも知れんだろ』
「独立?」
「そういえば、フレンディスに来る時にシュザージに聞きました。フレンディスは元々はいくつもの小さな国を、帝国に対抗するために神王国がまとめ上げて作った国だと」
テレシーが思い出すように指を顎に当ててそんなことを言った。
そうなのか。
「シュザージ殿下、今はもうそんな気概を持つ領地なんてありませんよ」
クレオさんがそっと手をあげて申し訳なさそうに話してくれた。
遥か昔、今のフレンディス国がある辺りには都市ひとつ程度の小国がいくつかあるだけの場所だったらしい。しかも、今の帝国と同じくこの辺も魔石がよく取れる場所で、魔物の脅威も大きかったと。
それを救ったのが神石を携え、魔物を退治し、魔石が多く出る場所を神術で中和し押さえ込んでくれた神降教術士団と呼ばれた組織だったと。今の神殿勢力のはしりだって。
そしてその神降教術士団を中心に個々であった小国が一つにまとまり大きな国となったそうだ。
「フレンディス国の始まりはそのように伝えられます」
それにはシュザージもうなずいた。
『千年前の神話の始まりだな。フレンディスに限らんが、魔石は大陸中にあって魔物の数も多かった。北方には世界最大と言われた魔石の山があったが、そこに神が降り立ち神石をもたらしたのだ。神降教が発足し、その力を持って大陸中を巡り、それを機に言語や文字も統一されたと』
へええ、そうだったんだ。
大陸全部が同じ言語なのはそんな経緯があったからか。ざっくりとならじーさん先生に聞いてはいたけど。
そんな話をしてるうちに、女装王子たちの方も神殿や神王国の偉大さについて話だし盛り上がり始めたよ。
「帝国では……神降教は侵略者でしかない」
リドルカさんがポツリとそう言った。
「大陸南部は元より、魔力と共生する生き物も多かった。人間もだ。皇帝一族は、その時代に得ていた能力を引き継いでいる」
「皇帝一族は魔力に耐性を持っているって言ってましたね」
もしかしてリドルカさんって、先祖返りで魔王石の魔力に負けずに取り込むことができたんだろうか。
「大陸南部も北部同様、都市や村単位の国しかなかった。魔力の脅威は少なくはない。神降教も受け入れて程よい調和を目指した。だが、神降教は魔に属するものを、全て排除しようとした。魔力の恩恵を無視して。それらの横暴に抵抗するために集まって、国を成したのが帝国の始まりだと、帝国史にある」
俺にとっては「そうなんだ」と感心する話だけど、シュザージもクレオさんもテレシーも、みんな驚いている。
『帝国の歴史など、他国に出回らんからそのような経緯があったとは。驚いた』
「僕もです、ものすごく興味深いのですね」
もっと聞きたいと興味を示し出した皆さんには悪いけど、ちょっと向こうの動きが怪しくなって来たので、俺は手をあげてそれを制する。
「あの……向こうで酒盛りが始まってしまいました。あの子、年は幾つでしょうか? お酒飲んじゃって、大丈夫ですか?」
またまたみんなが驚いた。
年齢的にもどうかと思うけど、見た目だけなら美少女な女装王子が酔っ払ってどこかに連れて行かれたら大変だ。店の中にはすでによくない視線でお酒を手にした女装王子を見てる酔っ払いもいる。
『クレオ、今すぐスタングを誘って宿の前の酒場に行け! お前たちだけでは若すぎて不自然だから御者も連れて行く方が良いな』
「わかりました!」
酒場にテレシーは連れてけないし、悪い話を吹き込まれているシュザージが行くと拗れるかもしれない。俺たちはもう会わないほうが良いもんね。神王国の王子なら、ちゃんと顔を合わせたらリドルカさんの正体に気がついてしまうかもしれないし。
急ぎつつも冷静を装い、クレオさんはそれぞれの部屋にいる御者さんとスタングさんを誘いに行ったよ。
スタングさんがいれば、女装王子の正体に気がついて保護しても変に思われることはないだろうからね。
御者さんは大喜びで誘いに乗り、スタングさんは呆れ半分興味半分で了承したよ。そして連れ立って宿を出たんだけど……
ちょっと遅かった。
クレオさんが付き添いを誘っている間に女装王子がほんの数口のお酒で目を回して、カクッと机に突っ伏してしまったんだ。
不自然すぎるので神殿騎士の心を読んだら、なんか盛られてたみたいだよ。
すぐに立ち上がった騎士たちは、「やれやれ疲れちまったんだな」「宿に運んでやるか」などとにこやかに言いながら女装王子を抱えて店を出て、小走りに駆けて行く。
クレオさんたちじゃ間に合わない。
目と鼻の先だと思って油断しすぎた。
「俺が追いかけます」
「タケユキさん!?」
「俺も行こう」
『くそう! テレシーも連れて行けるか!?』
「人数が多いと隠れて追いかけられないよ」
リドルカさんは大柄だけど服も髪も黒いし、暗がりを転移で連れて行っても目立たないけどテレシーは衣装も明るいし……何より、危ないかもしれないところに連れて行きたくない。
シュザージは俺の考えに気がついたのか、テレシーを横目で見た。
そんな様子を見てリドルカさんが言う。
「我らの位置が分かるのだろう? クレオたちを連れて、追いかけて来い」
シュザージは俺がいる方向がわかるし、今はリドルカさんの上着に位置感知の魔法陣がある。
リドルカさんの案にシュザージは仕方なさそうに了承し、テレシーもちょっと唇を尖らせて「わかりました」と答えた。
俺はテレパシーでクレオさんに『戻って』とだけ伝えて、リドルカさんの手を取ってテレポート。
宿の屋根に登って神殿騎士たちのいく先を屋根伝いに追っていく。
彼らが向かったのは宿場町の南側。
ウェルペン寄りの方向だった。




