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第百三話【女装王子:これは変装であって趣味ではない】


 千年の昔。

 世界は魔で覆われ、人の生きる場所は限られていて常に魔物や魔に落ちる危険と隣り合わせだったという。

 そこに舞い降りたのが大神と神の血を引く四人の神の子供たちだ。


 四人の神の子は四つの国を作り、そこから人々を救うべく大陸を巡り今のような人の住める安定した世界を作ったという。人々は魔に恐れることなく、統一された文字や言葉を使って意思の疎通もできるようになり繁栄して行った。


 その四つの国こそ神王四国と言われる神の子の国。


 神王国は等しく神の血を受け継ぐ対等な国だった。

 しかし、今はどうだ。

 我がラスタル神王国は両隣のナルディエ神王国とバロウ神王国に搾取され、押さえつけられてまるで臣下のように扱われている。


 父王は彼の国の手を借り、兄を退け神王の地位についた。

 故にどこまでも奴らに隷属し、媚び諂う。

 そして、私にまでそれを押し付けようとするのだ。


 ふざけるな!


 ラスタルは神の子の国ぞ。

 同格の神王国の下になど付かん!


 だが、今のラスタル神王国には奴らの無理難題を退けられる力はない。

 私も父の跡を継いで、燻っているしかないのか。と思いきや。

 ナルディエの馬鹿な要求で集めた勇者の中に希望の星が現れた。

 百年前に滅びたはずの幻の術、魔法陣の使い手が現れたのだという。


 魔法陣。

 それがどれほどのものかは私は知らない。

 だが、あのモーリスやジョルアンが興味を持って欲しがったのだ。きっと、よほどの価値があるに違いない。魔法陣を操るのは少女と聞いていたが、一番目立って神官と争っていたのは男で金髪で見目も良かった。あれが少女の師である魔法陣術士ならアデレイも欲しがるかもしれんな。


 ふふっ、だがそれをいただくのは我がラスタル神王国だ。

 ラスタルの勇者とともに凱旋させ、地位と報酬を約束すれば我が国に忠誠を誓い働いてくれるだろう。勇者は私の従兄弟だ。当然の帰結と言えよう。


 それでも奴らより先に手をつけねば横取りされかねんからな。


 その思いで、神馬を飛ばしてここまで来たのだ。

 神降地で育てられた神の力をおびた馬。その足は普通の馬の何倍も早い。

 ……走らせ過ぎれば止まらなくなるのが難点だが。

 少し気が急きすぎて暴走させてしまったが、旅の剣士が止めてくれて助かった。似た黒髪だから兄弟だろうと宿の者は言っていた。兄は馬を止めてくれ弟の方は親切に私を宿に預けて宿代まで立て替えてくれていたそうだ。もう一度会えれば礼を言わねば。


 それはまたいずれの話だな。


 勇者が集うウェルペンまであと少しだったが、ここで神馬を止めてもらって本当に助かった。あのままウェルペンまで突っ走っていたらすれ違うところだった。

 フレンディスの王都に呼びつけたと聞いたが、ウェルペン神殿から出立の報はまだなかったので、てっきりまだあの街にいるものと思っていた。


 ラスタルは神殿通信網をうまく使えんからな。

 

 まあいい。ここで運良く出会えたのはそれこそ神の計らいであろう。 

 せっかく、あの根性なしの従兄弟を勇者に仕立てて放り込んでおいたのだ。

 スタングめ。

 私の苦労は本来あいつが負うはずだったのに、一人だけ王族の責務から外れてのほほんと生きてきたのだ。せいぜい働いてもらわねばな。


 しかし…………


「どうやって声をかけたものか……」


 スタングを見かけた宿の前を何度も行き来しながら悩む。

 宿の前にはまだ人が多い。

 ほとんどが野次馬だが、中には金の匂いを嗅ぎつけて来た商人や盗人もいる。

 神石を仕込んだぬいぐるみを胸に抱き、辺りの様子を探ればちらほらと心の声が聞こえるのだ。ほとんど雑音と変わらないような声なので集中しなければならない。だがそれでも、一対一で目を合わせねば使えないの読心の術を広範囲で複数に渡り使えるのは、上位術士どころか神王一族でも私くらいなものだ。ふふん。

 さっきは勇者どもの心を読んでやろうとしたが、少しばかり距離があったのでな。宿に入られてしまえばもう無理だ。

 仕方がないので使える人間を探してスタングを呼び出してもらいたいと思っているのだが、これがなかなか。


 ウェルペン神殿の者たちはまだ宿の前にいるが、奴らは何やら勇者達と険悪だったから使えんだろう。

 同じ場所でじっとしていても仕方がない。私自身、妙な輩に目をつけられかねんしな。

 小さくため息をつくと、少し宿から距離を取り目立たない場所に移動した。


 今の私は変装している。

 神王一族に生まれる男児は、幼い頃は神に使える巫女に扮し神の加護をいただくという慣しがある。

 神降地の神殿長は代々神王国の姫が交代で務めることと定められていて、神術の術資質も女性の方が高くなることが多い。それにあやかるために神王一族の男児は幼い頃はそのように過ごすのだ。大人になっても加護の継続を求めてたまにすることもあるのだがな。

 そのように、慣れていることもあって女性に扮してここまで来たのだが。


 神王一族以外では、そのような慣しのある地は少ないと聞いた。

 そのため、女装をする男は軟弱と謗られる恐れがあるとも。

 スタングなら理解できても、他の勇者はどうだろう。

 知識のないまま姿だけを見て侮られては困る。

 とりあえず、スタングとだけ話をつけて、衣装を改めてから勇者と面会するのが得策なのだが……


「よお、お嬢さん宿をお探しかい? あの宿はダメダメ。もっと良い宿があっちにあるから案内してやるよ」


 スタングのいる宿を睨んでいたら、にやけた男が声をかけて来た。


「宿はすでに決まっているので問題ない。邪魔をしないでくれ」


 考え事の邪魔をしないで欲しいものだ。

 ぬいぐるみを強く握り……念じる。

 男はぼんやりした顔で「そうか」とだけ言って去っていく。

 意識を反らせる神術だ。

 術士でもない平民ならこれで追い払える。

 あんな品のない、見るからにならずものでは使いになど出せん。


 思考を戻す。

 神馬に乗せてきた荷の中に、身分を示すにふさわしい正装衣装は持って来ている。けれど、これでその辺りをうろつくわけにはいかない。私が神王国の王族だとひと目でわかってしまうだろう。

 勇者たちには権威を示さねばならんが、他に知られるわけにはいかんからな。

 そのために従者も連れずにこっそりやって来たのだ。


「わあ、君かわいいね。一緒に食事行かない? 裏通りにいい店があるんだ」


 なんだ、また違う男が声をかけてきたな。鬱陶しい。


「必要ない。去ってくれ」

 

 同じようにぬいぐるみを握って念じた。

 男は去っていく。

 従者役を任せるならもっと見栄えのする賢そうで品が良い者でなければ。

 ああ、あの黒髪の兄弟ならぴったりなのに。

 同じ宿にはいなかったからな。

 この辺をうろついてやしないか……


 などと考えていたら、次に声をかけて来たのは、なんと先ほど醜態を晒していたウェルペンの神殿騎士たちだった。


「お嬢さん、さっきからずっとあの宿を見てるけど、知り合いでも泊まっているのかい?」

「もしかして、勇者の知り合いか?」


 勇者に接触するのを諦めたのか。

 心を読むが、苛立ちが大きく雑音が多い。どちらかと言えば勇者ではなく上司に対する反感の方が強く思える。

 ……こいつらは、使えるか?

 あの金髪の男に冷淡に扱われ腰がひけていた奴らだが、神殿を守る神殿騎士だ。その辺の有象無象よりはマシか。それにウェルペンの者ならスタングを知っている。

 使者に使えずとも、スタングの今の状況について詳しく聞けるかもしれん。

 落ち着かせて雑音を取り払えば、心を読むことも可能だ。

 うむ。


「そうだ。スタングという名の神術士だ」

「ああ、あいつか」


 あいつ?

 随分な口をきく騎士だな。顔を歪めて舌打ちまでした。

 神王国から出仕して来た王族に対する態度ではないぞ。

 このような輩だから勇者達と険悪だったのか?

 いや、もしかしたらスタングの奴、王族の恥になるような失敗でもやらかしたか? まったくあやつは!


「私のい……知人が何か迷惑をかけたようだな。奴は何をしでかしたのだ?」


 問えば、なぜか神殿騎士は顔を見合わた後、ニヤリと笑った。なんだ?


「先ほどの件、見ましたか? あの金髪の男は詐欺師で、年若い勇者たちを騙していいように操っているのです」

「なっ!? 詐欺師!?」

「しーっ、あなたの勇者様の醜聞に関わる話です。こんな人通りのある通りではなく、あっちで話しましょう」


 一応、心を読んでみた。

 やはりかなり荒れていてはっきりしないが、どうやら彼らはあの男のせいで窮地に立たされているようだ。

 

 神殿の憂いを払うのも神王一族の役目か。


 状況を把握するためにも、もう少し話を聞いた方が良かろう。声でも心でも。

 私は騎士たちにうなずくと、彼らが示す場所へ向かった。



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