第百話
翌朝。
日が昇る頃、テレシーたちは宿を出た。馬車が出発するのを窓から見送り、俺たちも宿を出る。
普通の旅人と同じように歩いて宿を出たら、神殿騎士が乗った馬が慌てて駆けて行ったのを見たよ。銀ピカ神官は同行しないみたいだ。それとも後で来るのかな?
そうして何気なく街を出て、人目のないところでいつものように空に向かってテレポート。空に出ると同時に、羽次郎が羽を広げた。
夜が明けたばかりの薄暗い空を、羽次郎が飛んでいく。
先に飼い主の隠密兵のところに戻ってもらって、俺たちが行くことを知らせてもらうんだ。
それを追う形でゆっくりと空を飛んで、国境の街ロシニエンに向かう俺とリドルカさん。
近い所なので空を飛んだらすぐだけど、せっかくなので眼下の地形をじっくり見ながら飛んでいく。
下にロシニエン。南にクオスト王国。東にメイリンク商国とその西側に海があるとリドルカさんが説明してくれる。
「北側から陸路で帝国に攻め込むなら、本当にここしか通れないんですね」
「そうだな」
大陸の東から西へと続くクオスト山脈は天然の城壁となっている。
クオスト王国はその山脈が終わる山際と海のわずかな隙間にある国だ。地図上では山脈ごとクオスト王国のものになってはいるけどね。
帝国に攻め入ろうとすればクオスト王国をまず攻め取らなければならないけど、クオストの平野部のほとんどがメイリンク商国と面していて、フレンディスと接している部分はかなり少ない。
陸路から攻めるのって、かなり無理があるんじゃない?
山脈を軍隊が越えるなんて大変すぎるし。ホーケンの町付近は多少、谷や低めの山が多かったけど魔物化した獣ならばともかく人間は無理じゃないかな。
海は海で港辺りには巨大な魔石を浮かべて帝国の船頭魔術士がいない船は入れなくなってたしね。商船の行き来もできないからパレアーナさんは困ってたけど、今の帝国にはまだまだ必要な気もする。
そんなことを考えていたら、下から一羽の伝書鳥が飛んで来た。
あれ? 羽次郎でも羽太郎でもない。
確かウェルペンで会ったあの隠密兵さんは三羽の伝書鳥を連れてたね。一羽は俺たちがもらって羽太朗になったけど、昨日の羽次郎ともう一匹いたはずだ。羽三郎と呼ぼう。
羽三郎は俺たちの周りをくるっと回って、リドルカさんが差し出した指に止まる。俺はその背中のリュックから魔石を取り出してリドルカさんに渡した。
リドルカさんは魔術で魔石に込められたメッセージを読み取ると、俺を見て言った。
「隠密兵たちが待っているそうだ」
俺たちは空から一旦、街へ降りた。
もちろん誰にも見つからないようにね。
ロシニエンの街に降りて羽三郎を放てば、ほんの少しして隠密兵の……えっと、トムさんが現れた。
いつかのように声もなく会釈をすると踵を返すので、俺たちはついていく。まだ日が登り出したところなのでそれほど人は出歩いていない。
そんな中、トムさんについてこれもまた以前と似たような裏町に入り、隠れ家に着いた。
そこにはトムさんの他に隠密兵が二人いた。
「お初にお目にかかります、リドルカ殿下」
そんな挨拶から始まって、いくつかの報告を受けた。
まず、ロシニエン付近の軍備について。
「今のところ、これといった動きはありません」
隠密兵たちも少し拍子抜けするほど動きがないそうだ。もともと国境なので警備の兵は多いけど、人の動きも物の動きもほとんど変わらないということだった。
「勇者は帝国攻めの囮じゃなかったのかな?」
「いえ、それが……きな臭いのはウィロック国方面でして」
どこ?
最近、国名や町名をいっぱい覚えなくちゃならなくなって大変だなってなってたのに、また知らない国が出てきた。
なんて困ってたら、トムさんが地図を出してきてくれた。
その国はバロウ神王国の南側、フレンディス国の東にあって南にメイリンク商国とルニエル国をまたにかけるようにあった。大陸北方のど真ん中辺りの国だ。
「ウイロック国はほぼバロウ王国の意向のままに動く国で神殿勢力の強い神属主義の国です。ルーノリグ国はベルートラスなどと同じく魔術も神術もともに扱っている国で、神属主義を押し付けて来るウィロック国と長年小競り合いを続けていました。ですが先日、突然両国の王子と王女の婚姻が発表されました。フレンディスの軍備は今、少しづつウィロック側に集められている様子です」
結婚おめでとうっていう話じゃないよね。
王族の結婚が決まって平和になるって時に、フレンディスの軍隊がウィロック国に? どっちも神属主義で神王国の影響の強い国なら仲がいいんじゃないの?
「狙いは……ベルートラスか?」
「えっ!?」
疑問に首を傾げていたら、リドルカさんがとんでもないことを言った。
地図を見たらルーノルグと言う国はベルートラス王国の北西に面している。
何らかの手でウィロック国とルーノリグ国を結びつけ、フレンディスも加わってベルートラス王国に侵攻するつもりではないかとリドルカさんは言う。
「えっと、メイリンク商国やルニエル国が狙われているってことはないですか?」
「メイリンクもルニエルも商業国ですが、商業や金融の根を大陸中に貼っていますし、神石を取り扱う商会も多く抱えています」
むしろ、ルーノリグやベルートラスが神王国の配下になれば、商業国も自然にそちらに傾く見込みではないかとトムさんが言う。
わざわざ軍隊で攻める必要がない。
「それに、ベルートラスが帝国と多少の親交を結んだとはいえ、他国に攻められても帝国からの支援は難しいと思われているでしょう」
海で隔てられているし、帝国にはベルートラスの窮地を助けるだけの動機がないと思われているようだ。俺たちのことは知られてないしね。
ベルートラスにはじーさん先生がいるんだ。少しだけどこの世界で初めて暮らした街だし、美味しい飴屋さんもある。いざとなったら俺は全力で助けに行くし戦うよ。
なんて考えていたら、リドルカさんがぽんっと頭に手を置いた。なんでかな。
そして話を続ける。
「……敵から見れば、ベルートラスの港からなら、山脈を越えるより帝国は近くなる」
「はい。ベルートラスには帝国と取引する商会もありますし、脅して船頭を捕らえることも考えられます。テムラ川河口の港から遡れば容易に皇都にたどり着けます」
俺が攫われて皇都に連れて行かれた航路だ。
敵が狙っているのはベルートラスから帝国に侵攻するルートらしい。
「更に、滅びの都を抑えることもできるか」
「ええっ!?」
俺たちの理想郷まで襲われる!?
やっぱり神王国に乗り込んで神王みんなぶっ飛ばすか!?
「落ち着け、タケユキ。今はまだウィロックとルーノルグの、同盟すらなっていない。手を打つ時間はある」
「バロウ神王国を潰すんですか!?」
思わず口をついて言ってしまったら、隠密兵さんたちがギョッとした。そしてリドルカさんに睨まれた。
「タケユキ……」
「ごめんなさい。嘘です」
先走ったりしませんよ。
大丈夫。今は。
「殿下はお探しの勇者と合流され、ご一緒に王都ウィレムに向かわれるとか」
羽次郎を肩に乗せたトムさんがそう言った。
「そうだ」
「私はこれからウィロック国に近い街に移動します。次に伝書鳥を飛ばす時は殿下の魔力を追わせてもよろしいでしょうか?」
「……良かろう」
そう言うと、リドルカさんは羽次郎を受け取って指先に止まらせる。何をしているかはわからなかったけど、指先の羽次郎が「ぴっ」と鳴いた。
魔力の登録完了、とかそんな感じかな?
トムさんが何か情報を得たら、羽次郎が運んでくれるってことか。
「また羽次郎にも会えるってことですね」
「ハネジロー……?」
トムさんが苦笑いを浮かべた。後ろの二人も口元を歪め視線を逸らす。そんなに変な名前かな?
そうそう。羽太郎は今、皇都に行っていることを告げて、勇者関連とホーケンの町に関しては情報を共有したよ。
「ああ、殿下。ベルートラスから滅びの都へ調査団が派遣されましたが、都に入ること叶わず戻ってきたという報告を受けました。王は複合術研究学者グルトルー氏から情報を得ようしとしましたが、詳しくは勇者として派遣された少女にしか分からないとのこと。現在、ベルートラスの学者の多くが魔法陣に関心を持ってグルトルー氏の味方についており、王もたやすく手を出せなくなっているようです」
そっか。
味方が増えてじーさん先生たちを守ってくれてるならちょっと安心かな。
隠密兵さんたちの報告はそんな感じだった。
俺たちは一応、ロシニエンの街をざっと見てから空に飛び立った。
今度は、テレシーたちと待ち合わせている街道の町に向かう。




