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ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
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第97話 王子の救済

 セロの木剣が腹に突き立てられる。


 ケリーはギュッと目をつぶった。


 訓練用の剣だとわかっていても、剣先が向けられるだけで体が動かなくなる。


 ヴェルーカと同じように、自身にも遠征のトラウマが残っているとわかったのは、復帰してすぐだった。


 大広間での治療を終えたケリーは、一刻も早く完全復活するために訓練場で剣を握った。その瞬間、心の奥底に抑え込んでいた遠征の記憶が、彼に牙を剥いた。


 怒涛の勢いで甦る死の光景に、全身が強張る。呼吸の仕方すら忘れてしまうほどの恐怖だった。


 あのとき、ニックがケリーの異変に気づいてくれなかったら、どうなっていただろう。後輩に介抱されるケリーの頭は、エダナとクウェイへの懺悔でいっぱいだった。


 『馬にも乗れなければ、剣すら握れない。こんな俺が、エダナやクウェイさんの意思を継ぐなんて……無理だ。』


 情けなさに肩を震わせながら、ケリーは今日まで孤独な訓練を続けてきた。


 『セロと訓練すれば、克服できると思ったのにな……。』


 ケリーは悔しさに、眉をしかめた。


 「ケリー!大丈夫か!」


 はっとして目を開けると、セロが心配そうに顔を覗き込んでいた。


 「傷が痛むのか?」


 ケリーの手は手綱を握りしめたまま震えている。


 ……このままじゃ、セロに勘付かれてしまう。


 ケリーは慌てて額の冷や汗を拭うと、木剣を馬場に放り投げた。


 「参った!オレの負けだ!」


 「ケリー?」


 「いやあ、本当に死ぬかと思ったぜ!やっぱり強いなあ、セロは!オレの期待通り、勝ってくれてありがとな!」


 「……ケリー」


 セロはケリーの不自然な笑顔に違和感を覚えた。しかし、親友に声をかけようとしたセロの言葉は、馬場の外から飛んできた金切り声に遮られてしまう。


 「嘘だろ!何であいつが勝つんだよ!」


 「ケリー!おまえっ!」


 「チッ……もういい、行こうぜ!」


 愚痴をこぼして立ち去ろうとする青年たちを、ケリーが呼び止めた。


 「おい、待て!約束は守れよ!」


 「ああ?そんなの知らねえよ!」


 先頭の青年が白を切ると、ケリーはさらに声を張り上げた。


 「セロが負けたら、手伝いに来ているドラゴン乗りを追い出す。でも、セロが勝ったら言うことを聞いてやるって、言ってたじゃないか!自分から焚きつけておいて、都合が悪くなったら逃げるのか!」


 周囲から注がれる好奇の視線に、青年は引きつった笑みを浮かべている。


 彼には先頭に立つ者としてのプライドがあるのだろう。否を認める訳にはいかないという、強い意地が目に見えるようだ。


 「へえ……そうかい。そこまで言うなら、聞いてやるよ。ほら、さっさと言ってみろよ!」


 ケリーと青年が睨み合う。


 鋭い視線がぶつかって、無色の火花が散っていたそのとき。


 彼らの間で板挟みになっていたセロが、ぽつりと呟いた。


 「……君たちの後輩。ニック・ラークを、ケリー・トナーズの班に移してもらいたい」


 「えっ?」


 セロは視線が集まる不快感に眉をしかめているが、いたって真面目な顔をしていた。誰が見たって、ふざけているようには見えない。


 「はあ?何、言ってんの?」


 「そんな身勝手な話が通じると思ってんのか?だいたい、おまえは騎士じゃねえだろ!俺たちに指図すんな!」


 青年たちは、ここぞとばかりに攻め立てる。


 呆れたセロは、騒ぐ彼らをまっすぐに見据えた。


 「僕は、君たちの方がずっと身勝手だと思うが?」


 三人の騎士は、人目もはばからず食って掛かる。


 「おまえさ、何様のつもり?」


 「ドラゴン乗りのくせに、生意気なんだよ!」


 セロは青年たちの怒声に怯むことなく、毅然とした態度で言葉を繋いだ。


 「君たちの言う通り、僕は騎士じゃない。だが、ここで僕が黙ってしまったら。ニックは騎士としての才能も、誇りも、何もかも君たちに奪われてしまう」


 「……何言ってんだ、こいつ」


 理解不能といった様子の騎士たちのために、セロは話の本筋に入った。


 「自分たちの作業を、毎日のようにニックに押し付けて。そのせいで、後輩の成長する機会を奪っているとも知らず、他班の訓練さえも妨害する。それで本当に、先輩としての責任を果たしているつもりなのか?」


 青年たちが、ニックを睨みつける。


 「おまえ、余計なこと言ったろ?」


 先頭の青年が、ずかずかとニックに歩み寄る。


 「え……いえ、そんな!ボクは何も……っ!」


 「ニックは何も言っていないよ」


 青年騎士が、セロを憎らしげに睨みつけた。


 その威圧的な態度を見れば、普段の行いの証明になりそうなものだが。彼らはまだ、否を認める気はないようだ。


 「ニックの馬も、グレイスターも芦毛。それなのに、その子の制服にはいつも、茶色い馬の毛がたくさん付いているんだ。おかしいと思わないか?」


 「手入れすれば、馬の毛くらい付くさ。それが何だって言うんだよ?」


 「馬を見るだけなら、服が汚れるほどの毛を浴びることはない。それこそ、君の言うように手入れでもしなければ。白い馬の世話をしているニックが、茶色い毛で汚れることはないはずだ」


 「手入れ道具に毛が付いてることもあるだろ。馬はドラゴンみたいに、鱗が生えてる訳じゃねえんだからさ」


 三人はかわるがわる反論していたが、セロと目を合わせる者は誰もいなかった。


 「エルやヴェルーカ、グレイスターにも、専用の手入れ道具がある。もちろん、君たちも持っているはずだ。馬が皮膚病になったとき、手入れ道具からの伝染を防ぐために、学舎から支給されたと聞いたが?」


 黙り込む青年たちに、セロはきっぱりと言い切った。


 「これ以上、ニックを邪険に扱うのは止めてくれ。馬を愛する彼の気持ちが、君たちの都合のいいように利用されるのは、傍から見ていて気分が悪い」


 三人が反論しないとわかると、セロはふっと表情を緩めた。


 「ニック、巻き込んでしまってすまなかった。……選ぶのは君だ。自分が望む方に行けばいい」


 青年たちは文句を垂れながら去って行く。足早に遠ざかる先輩を見送るニックは、何とも言えない寂しそうな顔をしていた。


 やがて、三人が厩舎に消えても、ニックが後を追うことはなかった。

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