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ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
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第91話 挑戦

 二頭のドラゴンは空色に染まった川を遡る。蛇のようにうねる水は、白波を跳ね上げながら山脈の裾を削っていた。


 さあ、そろそろ見えてくるはずだ。


 セロの口角は知らずのうちに上がっていた。初めてここへ来たときのことを思い出したのだ。


 まだ、バドリックの班に所属していた頃の話だ。


 十四歳のセロは、今のタークと同じように、ディノと意思疎通できないことを悩んでいた。


 未熟なセロにとって、学舎外での訓練は容易なものではない。彼は、先輩たちについて行くだけで精一杯だった。


 訓練を楽しむ余裕も、苦手を克服する暇もない。先頭を行くバドリックの指示を聞き取ることすらできず、集団の最後尾に食らいつくだけの日々を送っていた。


 そんな、ある日。


 セロの様子を見かねたバドリックが、補習と称した気分転換に連れ出してくれた。いつもの訓練とは打って変わって、バドリックはセロとディノのペースに合わせて、ゆっくりと飛んだ。


 バドリックは、知っていた。


 訓練が始まると、セロは緊張してディノから目を離せなくなる。


 西の森に差し掛かると、バドリックは野生動物や植物を見つけるたびに、あちこちを指さした。セロの狭まった視野を広げ、外の世界に目を向けさせるためだ。


 それから、バドリックはとある渓谷へセロを連れて行った。そこは、上級のドラゴン乗りが野外訓練で訪れていたのだが、非現実的な空間が見られる場所としても知られていた。


 あの絶景を目の前にした瞬間。


 十四歳の小さなドラゴン乗りの心臓は、ドラゴンの心と共に高鳴った。


 セロは過去の思い出から我に返ると、眼下を流れる川へ目を向けた。ディノが見つめる川の上流は、緩やかなカーブを描いて谷の先へ消えている……いよいよだ。


 あの渓谷を見て、タークは一体どんな顔をするだろう。


 「ターク!崖を曲がったら、止まるぞ!」


 セロの言葉を理解したのか、ディノは徐々に減速を始める。川に沿ってゆったりと曲がると、岩壁で塞がれた視界が一気に開けた。


 山脈の狭間に、ひっそりと口を開ける谷。


 そこには、何本もの巨大な岩柱が水中から生える、不思議な光景が広がっていた。


 「……うわあ……っ!」


 彼が漏らした感嘆の声は、岩に当たって砕ける水音に掻き消されてしまう。タークは静止したチャチャの背中で、目も口も大きく開いて固まっていた。


 ザアザアと音を立てて流れる川から、空に向かってそびえる大きな岩の群れ。その圧巻の光景は、魔法で造られたと言われても過言ではないほど神秘的だった。


 「ここから先は、岩の間を縫って上流にある滝を目指す。ゆっくりでいいから、ディノについて来るんだ。だが、少しでも怖いと思ったら、すぐに離脱すること。いいな?」


 「わかりました、頑張ります!」


 「よし……行くぞ」


 ディノが力強く進み出す。セロは高ぶるドラゴンの気勢を口笛でなだめながら、一本目の岩を難なく避けた。


 少しでも油断すれば、ディノはチャチャを置いて先へ行こうとする。いつもと違う訓練に興奮しているのか、進みたくて仕方がないといった様子だ。


 セロは耳を澄ませて、谷にこだまする轟音にチャチャの羽ばたく音を探した……が、人間の耳では到底、聞き分けることは不可能だった。


 ディノの早まる気持ちをいなしながら、セロはタークたちがついて来られるよう丁寧に飛んだ。次の岩、また次の岩へと進み、右へ左へ蛇行を続ける。


 岩の群れは、途切れることなく立ち塞がる。


 手綱だけに頼らず、足でドラゴンの肩を押すようにして、方向を細かく伝え続けた。岩が等間隔に並んでいる場所は、スラロームで切り抜けることができるが、不規則に散らばる岩の柱を避けて飛ぶには、いつも以上に集中しなければならない。


 目の前に迫る、一際大きい岩の壁。


 ディノは身をひねり、岩の細い切れ目に狙いを定める。


 ――グオオンッ!


 セロたちが無事に隙間をすり抜けた直後、彼らの背後で短い咆哮が響いた。


 慌ててふり返ると、岩の向こうを上昇していくチャチャが見えた。


 「ディノ、止まれ!」


 セロはチャチャを見上げた。何があったのかは、わからない。とにかく、二人とも怪我をしていなければいいが……。


 「タークッ!どうした!何があった?」


 声を張り上げても、きっと届かないだろう。心配でいても立ってもいられなくなったセロが合図を送ると、事態を察したディノはすぐさま飛び上がった。


 「大丈夫かっ!」


 ディノが追いつくと、チャチャの首の後ろからタークがひょこっと顔を覗かせた。


 「すみませんっ!曲がり切れずに、岩にぶつかりそうになって……。でも、ぶつかる前にチャチャが離れてくれました」


 「怪我は?」


 「ぼくもチャチャも、大丈夫です!」


 「そうか……ああ、よかった……」


 セロはゴーグルを外して、二人を見つめた。タークの言う通り、彼らに目立った傷はない。


 安堵の息をつくセロをよそに、タークはそわそわと谷を見下ろしていた。

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