第84話 迷い
目の前で揺らめくロウソクの火を、セロは頬杖をついて眺めていた。
嗅ぎ慣れたロウの匂いに包まれる自室で、彼はクウェイの部屋の景色を思い浮かべている。
セロは先ほど、ケリーとクウェイの部屋を片づけて来たばかりだ。
幸いにも、本棚に残っていた本が一巻、二巻と揃えられていたおかげで、散らばった本を元通りに戻すのは難しくなかった。
昨日の夕方から、立て続けに起こる出来事を乗り越えた二人は、部屋の片付けが終わる頃には、すっかりくたくたになっていた。
心地よい疲れと達成感の狭間に浸る。
無意識に吐き出した吐息が灯火を揺らして、セロはその瞬きに我に返った。
目の前に広がっているのは、いつもと何一つ変わらない部屋。
クウェイの部屋でもなければ、半年前まで暮らしていた兄の部屋でもない。
他のどこでもない。
宿舎二階。
僕とタークの部屋だ。
……ああ、そうだ。
タークに聞いておかないといけないことがあったんだ。
セロは後輩のベッドへ目を向けた。
「ターク。明日、外へ行かないか?ドラゴンに乗って散歩しに行くんだ」
ベッドの上で枕を抱えて、うとうとしていたタークは勢いよく顔を上げた。
「えっ、いいんですか?ぼくが外に出ても」
セロは静かに微笑んで頷く。
喜んでくれると思っていたのだが、タークは予想に反して不安そうな顔をしていた。
「でも、外で訓練するときは、何か紙に書かないといけないって……」
「飛行計画書のことか?それなら、今日の夕方に提出しておいたよ。タークなら、きっと賛成してくれるんじゃないかと思って」
「うっわあ!さすが、セロさん!」
タークは枕をギュッと胸に抱きしめて、ベッドの上で飛び跳ねている。無邪気な姿を露わにする少年に、セロはやれやれと笑って訊ねた。
「どこか行きたい所はないか?自由に飛べる範囲は限られているが、少しなら寄り道できるはずだ」
「うーん……。実はぼく、学舎に来てからずっと、外に出てないんですよね。この辺りのことはあまり知らないので、もしよかったら、セロさんのお気に入りの場所に連れて行ってくれませんか?」
「……わかった、考えておくよ。さて、そろそろ寝ないと寝坊してしまうぞ」
タークはこくりと頷いて、寝転がる。毛布に包まった彼はにこにこと笑って、おやすみを言った。
「セロさん、おやすみなさい」
「お疲れさま。ゆっくり休んでくれ」
瞼を閉じたタークを見ていると……なんだか、寂しい気持ちになってくる。
もうすぐ、タークとも、この穏やかな時間ともお別れすることになる。
もしかすると、今生の別れになってしまうかも知れない。
無事に帰れたとしても、取り戻せないかも知れない。
タークの眠りを妨げないよう、セロはふっとロウソクの火を吹き消した。明かりが消え、薄闇に残された白い煙が、細々と揺らめきながら消えていった。
ベッドに身を横たえたセロの心を蝕む、底なしの孤独感。
セロはどこからともなく染み出る不安から目をそらすため、夕方の記憶を思い起こした。




