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ぼくらの森  作者: ivi
第一章 ―はじまり―
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第8話 血の狼

 かすかな物音が聞こえた気がして、セロは浅い眠りから覚めた。


 窓の外を見ると、厚い雲に覆われた空はまだ暗く、いつの間にか降り出した雨が、トットットッと軽やかに窓を叩いていた。


 雨粒に歪む景色に目を凝らせば、東の雲が赤く照らされているのが見える。あの辺りには首都ベルホーンがある。街はまだ眠りにつくことなく、煌々と明かりを灯しているようだ。


 気のせいか……。


 ベッドに横たわり、薄い毛布を肩までかけ直す。胸いっぱいに深呼吸すると、心地よい眠気に誘われて目を閉じた。


 だが、セロの薄れゆく意識は、数秒もしないうちに現実へ引き戻される。


 ――トトトットトトッ


 今の音は……何だ?


 すっかり眠気の覚めたセロは、じっと暗闇を見つめた。閉ざされたドアの向こうで、また音がする。


 ――タタタッタタタッ


 これは、雨音じゃない。


 何かが廊下を走り回っているんだ。


 だが、どんなに訓練熱心な者でも、消灯後の宿舎を走り回ったりはしないだろう。


 不吉な気配を感じたセロは、ベッドから出ると、丸いテーブルに置いてある燭台にさわった。燭台はまだほんのり温かい。彼らが眠りについてから、それほど時間は経っていないようだ。


 ――ダダダッダダダッ


 音は少しずつ大きくなり、その数も増えている気がする。


 それに、この足音は人間のものではない。


 人間よりも足の多い動物にしか、この三拍子の足音は出せないはずだ。


 ――ガリッ


 突然、ドアを引っかく音が、静まり返った部屋に響いた。


 眠っていたタークも、さすがに目を覚ましたようだ。暗闇のなかで、起き上がる影が見えた。


 「セロさん……?」


 タークが小声でセロを呼ぶ。


 「どうした?」


 タークの寝ぼけ眼が、机のそばにいるセロをぼんやりと捉えた。


 「何してるんですか?」


 そう言って、タークはベッドから足を降ろそうとした。


 ――ガリッガリッ


 「うわあっ!」


 驚いたタークは叫び声を上げ、素早く毛布に潜り込む。


 まったく……廊下にいる何かに居場所を知られたらどうするんだ。とは言え、相手の正体がわからない今、そんなことを気にしていても、仕方がないのだろうが。


 「だ、誰ですか?いたずらならやめて下さいよ……!」


 頭から毛布を被ったタークが、震える声でささやいた。


 いたずら……か。思い当たる人物と言えばケリーくらいだが、彼がこんな悪質ないたずらをするとは考えにくい。


 それに、騎士団とドラゴン乗りの学舎を繋ぐ橋は、とっくに施錠されているはずだから、ケリーがここに来ることは難し――。


 ――うぎゃあああああっ!


 突如、宿舎の静寂を切り裂いて、大きな叫び声が響いた。


 断末魔のような悲鳴は廊下にこだまして、不気味な咆哮みたいだった。


 タークは腰を抜かしてしまったらしい。ベッドから転がり落ちた彼は、毛布でぐるぐる巻きになっていた。


 「あ、あわわわわ……」


 タークは恐怖に目を見開き、ドアを凝視したまま固まってしまった。


 廊下はドタバタと人が部屋を飛び出す音と、何を言っているのか聞き取れないほどの怒号で満ちている。


 「行くぞ、ターク!」


 応戦しようとしたセロがドアを開けた瞬間、赤黒い獣が勢いよく飛び込んで来た。


 ――グアアッ!


 血にまみれた狼のような獣は、セロの前に立ち塞がると、真っ赤な瞳で彼を睨みつけた。


 熟れた果実を彷彿とさせる目は、真っ黒な眼孔の中で鈍く輝いて、底知れぬ飢えがよだれとなって唇から滴り落ちている。


 二人から逃げ道を奪った獣は、体勢を低く構えて、細い尻尾をちぎれんばかりに振った。


 『こいつ、楽しんでいるんだ。』


 セロがそう直感した、そのとき。


 獣が目にも止まらぬ速さで彼に躍りかかった。


 「セロさあああんっ!」


 タークの絶望的な悲鳴と、獣の枯れた咆哮が混ざって、耳障りな不協和音を奏でる。


 身をえぐるような鈍い音が聞こえたのを最後に、部屋は再び静寂に包まれた。

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