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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第76話 二冊の日記

 部屋の天井に届くほど高い本棚には、整頓された本がところ狭しと並んでいる。セロとケリーはそれぞれに、背表紙に目を通していた。


 「この中から、オレたちの欲しい本を見つけるのは難しそうだな。馬の心について知りたいときは解剖学か?それとも、馬術の面から見た方がいいのか?」 


 「どうだろう……。心の病気という言葉もあるくらいだから、病気について書かれている本も見ておいた方がいいかも知れない」


 ケリーは見つけた本を一冊、また一冊と引き出しながらぽつりと呟いた。


 「それにしても、こんなにたくさんの本があるなんてな。クウェイさんが頭よかったのも納得できるぜ」


 腹の傷が痛んで背伸びができないケリーの代わりに、セロは本棚の上の方を探していた。


 背表紙に注意深く目を通しながら、それらしい本を引き出していく。


 全体的に新しい本が多いようだが、古い書物も何冊か混ざっている。背文字がかすんだり、破れたりしている本は手に取って確認するしかなかった。


 「ん……?おい、セロ!これ見てくれよ!」


 どうやら、ケリーが何か見つけたようだ。


 「どうした?」


 「この二冊さ、他のより薄いし、背表紙に何も書いてないから、何だろうと思って表紙を見たんだ。そしたら……」


 ケリーから本を受け取って、セロは一冊ずつ丁寧に見回した。それらは本というよりも日記帳に近く、一冊は薄い赤色、そして、もう片方はくすんだ青色をしていた。


 「題名……は……っ!」


 淡く赤い表紙に目を向けたセロは、目を見開いた。


 そこに刻まれた「Veruca」の文字。

 懐かしいその字は、クウェイのものだった。


 「これは……ヴェルーカの日記か?」


 「驚くのは早いぜ、セロ。そっちのも見てみろよ」


 セロはすぐさま、もう片方の日記に目を落とす。


 青い表紙には、クウェイの字で「Sero.O」と記されていた。


 自分の名前が書かれた日記を前にして、セロは言葉を失った。


 「せろ・おー……セロ・オルティス。おまえの日記だな」


 恐らく、この日記はクウェイがセロの世話役を務めていた頃に書いたものだろう。


 セロはクウェイといつも一緒にいたが、彼がヴェルーカと関わっていたことは、ケリーから話を聞くまで知らなかった。

 遠征失敗の混乱の最中、ヴェルーカと同時に自分の面倒もみていたなんて。当時のクウェイには、息をつく暇すらなかっただろう。


 本当は日記を書くことすら億劫になるほど疲れていたはずなのに……。十八歳の彼は一体、何を綴ったのだろう。


 セロは無意識に表紙を開きかけたが、はっと我に返ってパタンと閉じた。


 「どうしたんだ、セロ。読まないのか?」


 セロは黙って頷くと「Sero.O」の日記をケリーに差し出した。


 「僕は、ヴェルーカを助けたくてここに来たんだ。過去の自分をふり返るために来たんじゃない。それに、この日記は十八歳のクウェイが残した記憶の一部。今の僕たちが興味本位で見ていいほど、価値の軽いものではないんだ」


 ケリーはセロの真剣な言葉に気圧されて固まっていたが、やがて、ふっと笑みを溢した。


 「おまえ……はじめて会ったときと比べて、なんか変わったよな。もちろん、いい意味で」


 日記を本棚に戻しながら、ケリーは感嘆したように言う。


 セロは微笑むと、「Veruca」の日記を片手に立ち上がった。


 「この日記に、きっと手がかりがある。探してみよう」


 二人並んで椅子に座り、テーブルの上に日記を置く。


 薄い表紙を開くと、ページいっぱいに書き並べられた文字の列と、所々に描かれた手描きの絵が目に飛び込んできた。


 「すごいな……さすが、クウェイさんだ」


 びっしりと書き連ねられた文字を凝視していたセロが、左上に書かれた日付を指さした。


 「クウェイは、第一回大草原遠征の数日後から、この日記を書き始めたみたいだ。時期的にも、当時のヴェルーカに何かあったんだと思う」


 「片っ端から読んでいこうぜ。クウェイさんが、どうやってヴェルーカを救ったのか知りたい」


 読み進めていくうちに、セロとケリーは生還したヴェルーカが、今と似た……いや、今よりも酷い状態に陥っていたことを知った。


 そして、まもなく。彼らは文章の途中に数字がメモ書きされていることに気がついた。丸括弧に挟まれて、所々に書き残された数字の前には、必ず何かの言葉が入っている。


 「……あれ?『騎乗の手引き』って。オレ、さっき同じ名前の本を見た気がするぜ?」


 ケリーが本棚へ足早に戻って行く。


 しばらくすると、彼は一冊の本を手に戻って来た。


 「ほら、これじゃないか?」


 「……本当だ。それじゃあ、ここに書かれている数字はページのことだな」


 ケリーはパラパラと本をめくって、目的のページを開く。そこには、ペンで下線を引かれた文章が残されていた。


 どうやら、クウェイはヴェルーカの記録を書く際に、何かしらの本を参考にしていたようだ。


 「この本、角が折られてるページがいっぱいあるみたいだ。日記を読んでいけば、クウェイさんがどの本を参考にしたか、わかるかも知れないな」


 折られて凸凹になった本の角を、ケリーは指でなぞる。彼の指先に目を向けたセロは、そばの余白に記された疑問符付きの走り書きに気がついた。そこから斜め上に引かれた矢印の先には、また別のメモが残されている、だが、その覚え書きは何本もの線で黒く塗り潰されていた。


 「クウェイは毎日、試行錯誤していたんだ。たった一人で、何度も自問自答して。でも、その結果、クウェイはヴェルーカを救うことができた」


 「ああ!だからオレたちも、絶対にヴェルーカを助けられるぜ。クウェイさんも、こうやってオレたちを支えてくれてるんだからさ……期待に答えないとな」


 ケリーは椅子に腰掛けると、持っていた『騎乗の手引き』を日記の隣に広げた。


 「引き締めていくぞ、セロ!」


 「ああ、もちろん!」


 セロとケリーは肩を寄せ合い、文字を追う。十八歳のクウェイが、参考にした本をメモに残すたびに、同じ本を本棚から探し出してテーブルに並べた。


 過去のクウェイが切り拓いた道を、同じように辿る。


 そんな彼らが灯す部屋の明かりだけが、騎士の宿舎の窓に一つ、ぽつんと輝いている。その小さな光は、暗闇に凍える迷い人に、進むべき道を示す星のようだった。

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