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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第72話 新たな友達

 「ヴェルーカ、すまない。少し待っていてくれ」


 桶に入れていたはずのタオルがないことに気がついて、セロは洗い場を離れた。


 足早に道具置き場へ向かう。


 空を見上げると、太陽はやや西に傾き始めていた。


 作業が残っている上に、ケリーに相談したいこともある。ゆっくり話すことを考えれば、急いだ方がいいだろう。


 日に焼けた木の竿からタオルを取って、すぐに引き返す。ヴェルーカの元へ戻ると、馬の前に知らない騎士が立っていた。


 蜂蜜色の跳ねた癖っ毛が特徴的な少年だ。


 少年が去るのを待ちたいところだが、時間が惜しい。


 セロは勇気を出して声をかけた。


 「こんにちは」


 「あっ、お疲れさまです!」


 笑顔の少年に会釈をして、セロはヴェルーカにブラシをかけ始めた。だが、少年は立ち去ることなく、何か言いたげにセロを見つめていた。


 誰かにじっと見られるのは、あまり気分がよくない。


 セロが居心地の悪さを感じていると、少年は躊躇いがちに話しかけてきた。


 「あの……人違いだったら、ごめんなさい。ボクたち、前に会ったことがありませんか?」


 今度はセロが少年の顔を凝視した。


 言われてみれば、そんな気もしないことはないが。いつ、どこで会ったのか……なかなか思い出せない。


 眉をしかめるセロに、少年は頭をかいた。


 「えっと……パレードの前日でしたよね?たしか、ケリーさんに会いに来たって」


 あの日のことは、よく覚えている。


 ケリーに会うために騎士の訓練場へ来たが、一足遅くて会えなかった。だが、偶然そこにいた少年騎士が機転を利かせてくれたおかげで、クウェイと数年ぶりに話せたんだ。


 「もしかして、君はクウェイを呼んで来てくれた……?」


 「あ、そうですっ!前から何度かすれ違っていたんですけど、どこかで会ったことがある気がしてたんですよ!」


 「気がつかなくて、すまなかった。あのときは、どうもありがとう」


 「お力になれたなら、よかったです!」


 少年は隣の空いている繋ぎ場に入った。


 「それにしても、またお会いできるなんて!騎乗訓練をしてるってことは、お手伝いに来てくださってるんですね?」


 「うん、そんな感じかな」


 少年は、あっと短く声を出した。


 「そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。ボクはニック・ラークです。気軽にニックって呼んでください」


 「よろしく、ニック。僕の名前は……」


 セロが名乗ろうとしたそのとき、ある言葉が脳裏を過ぎった。


 『たしかに、その名前は嫌な記憶を思い出すから嫌だって言う人もいるかも知れないけど。人の事なんて、誰も気にしてないと思うぜ?だから、これからは普通に名乗ってみればいいんじゃないか?僕の名前はセロ・オルティスです、ってさ』


 名乗る機会はしばらくないだろうと思っていたのだが……ちょうどいい機会だ。親友の言葉に励まされて、セロは口を開いた。


 「僕の名前はセロ・オルティス。ニックの好きなように呼んでくれて構わないよ」


 ニックは腕を組んで唸った。


 「うーん……。では、セロさんって呼ばせて頂きますね!先輩を呼び捨てする訳にはいきませんから」


 にこやかに手を差し出すニックからは、どことなくタークに似た雰囲気を感じる。


 セロは握手を交わしながら、不思議な気持ちになっていた。ケリーの言う通り、人は他人のことを気にしていないのかも知れない。


 ぼんやりと考えにふけっていたセロは、ふと自分の手を見て慌てた。


 「ああ、すまない!ヴェルーカの毛で手が汚れていたんだ」


 「いえ、気にしないで下さい。ボクも毎日、毛だらけ砂だらけになりながら過ごしていますから」


 ニックは制服を指さして笑った。彼の馬は鹿毛なのか、上着には茶色や白い毛が無数に引っ付いている。


 「洗うのが億劫になりますよね。でも、かわいい馬のためなら、どれほど制服が汚れても平気です!」


 「ニックは本当に馬が好きなんだな」


 「あれ?セロさんは馬が好きじゃないんですか?ヴェルーカと、とても仲がいいのに」


 セロは首を横にふった。


 「僕とヴェルーカは犬猿の仲だよ。毎日、喧嘩ばかりしているんだ」


 声を潜めたつもりだったのだが、ヴェルーカにはすべて聞こえていたらしい。


 ヴェルーカはセロの言葉が気に食わなかったのか、尻尾をヒュンッと鳴らして彼を叩いた。服を着ているとはいえ、馬の太くて丈夫な尾が当たるとそれなりの痛みを感じる。


 ヴェルーカの一撃が命中した腕をさすりながら、セロはニックに肩をすくめてみせた。


 「アハハッ!やっぱり仲良しじゃないですか!」


 「そんなことないと思うが……」


 「さっき、ヴェルーカはセロさんのことを『まだかな?』って待っていましたよ?」


 「僕がタオルを取りに行っていたときか?」


 「そうです。あのとき、ヴェルーカはボクが呼んでも、見向きもしなかったんですよ。じっと一点を見ていたので、誰かを待っているんだって、すぐにわかりました。少なくとも、ヴェルーカはセロさんのことが好きだと思います」


 「でも、僕はまだヴェルーカと関わって数日しか経っていないし……きっと、早く帰りたかっただけだよ」


 ニックはにっこりと微笑んだ。


 「ヴェルーカはちゃんとわかってますよ。セロさんが新しいパートナーだってこと」


 ブラシをかけていたセロの手が止まる。


 「だって、ヴェルーカはつい最近まで馬房に閉じこもっていたんですよ?でも、セロさんが来てからは外に出たり、人を乗せられるようになりましたよね。これって、ヴェルーカがセロさんを信頼しているから、できたことだと思うんです」


 ニックはヴェルーカの頬を両手で包み込んだ。構ってもらえて嬉しいのか、ヴェルーカは頭を下げて甘えている。


 「ほら!セロさんが近くにいるときは、ボクにも興味をもってくれます。さっきは、あんなに無関心だったのに」


 ニックはヴェルーカを撫でながら話し続ける。


 「こうやってボクに甘えてくれるのも、何かあったときにセロさんが守ってくれるって、わかっているからだと思うんです。だから……セロさんも、もっとヴェルーカのことを信じてあげてください。きっと、ヴェルーカは喜んで答えてくれますよ!」


 どうして、ニックは初対面の人間を相手に、こんなにも一生懸命になれるのだろう。その理由はわからないが、彼が馬を大切に思っていることは伝わってきた。


 セロはニックのおかげで、大切なことに気付かされた気がした。

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