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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第70話 試行錯誤

 ふらつく体を立て直したセロは、握りしめたままの手綱に気がついて、はっと顔を上げた。


 手綱が切れたのかと焦る彼の前では、鼻息を荒くしたヴェルーカが、四本の足を揃えてお迎えに来ていた。


 「模様は白黒はっきりしているのに。いい子なのか悪い子なのかは、よくわからないな」


 セロがヴェルーカの首に手綱を掛けていると、ケリーは砂の上にまた線を描き足した。


 「そうでもないぜ?ヴェルーカは好きなことは好き、嫌なことは嫌って、はっきりしてるからな。好き嫌いがわかりやすい性格だし、いい子なんじゃないか?まあ……前はもっと、いい子だったんだけどさ」


 セロは息をついて、ヴェルーカに跳び乗る。


 足跡で砂が掘れた柵際へ誘導して、さっきとは反対周りに歩いた。馬の気分転換になれば……と思ったのだが、ヴェルーカの様子は特に変わらない。


 「もしかすると、合図の出し方が間違っているのかも知れない。僕の乗り方で、何かおかしいところはないか?」


 ケリーは松葉杖に腕をかけて、じっと人馬の動きを見つめる。停止と発進を何度か繰り返したあとで、彼は大きく頷いた。


 「オレも指導される側の人間だから、偉そうなことは言えないけどさ。セロの乗り方は、おかしくないと思うぜ」


 「わかった。色々と試してみるよ」


 左右に揺れる馬の腹を圧迫しながら、セロはヴェルーカの黒い耳を見つめた。馬は乗り手に意識を向けてくれているようだが、その尖った耳は時折くるりと向きを変えて、周囲の音に敏感に反応している。


 「さてと……次、落ちたらセロはめでたく英雄になるぞ。気をつけてな」


 「英雄になれるなら、めでたいことなんじゃないのか?」


 ケリーはやれやれと首をふる。


 「さっきの落馬で四回目。つまり、オレが描いた紋章も四年生になったってこと。もし、セロが落ちたら今度は英雄の紋章を描くつもりだから。頑張ってくれよ!」


 「ああ……そうか」


 集中していたセロは、ケリーの話を適当に流した。


 だが、よく考えてみると「頑張ってくれよ!」では落馬して欲しいのか、そうならないようにして欲しいのか、いまいちわからない。


 しかし、呑気に聞き返す余裕などない。


 馬の調子が安定してくると、セロはヴェルーカを反転させた。ずっと同じ運動を続けていると、飽きた馬は周りに意識を向けて物見をすることがある。それを防ぐために歩く方向を変えてみたのだが、結果がどうなるかはわからない。


 丸い馬場をS字に横切る。馬は反抗することなく、反時計回りに歩き始めた。


 ついさっきまで、怒り狂う雄牛のように暴れていたのが嘘のようだ。こんなに素直な馬が暴れるのには、必ず理由があるはず。


 今日の騎乗で四回も落馬している訳だが……何か共通点はなかっただろうか。大きな音がしたり、物陰から人が出てきたりするだけでも、臆病な馬は驚いてしまう。


 もしかすると、乗り手が気づいていないだけで、ヴェルーカには怖いものが見えているのかも知れない。


 それとも……問題は別にあるのだろうか。 


 ヴェルーカが落ち着き始めたことで、セロにも余裕が出てきたのかも知れない。彼は馬に揺られながら、ヴェルーカが豹変する理由を考えていた。


 その油断が、馬に伝わってしまったようだ。


 一瞬、ふわりと体が浮く感覚。ヴェルーカが助走をつけて急旋回すると、セロはあっという間に鞍から引き剥がされた。


 「無事、英雄に昇格したな。おめでとう」


 仰向けに寝転ぶセロの視界に、覗き込むケリーの顔が映る。楽しげな親友を見上げて、セロは深いため息をついた。


 セロは起き上がると、制服についた砂を払うことも忘れて、ヴェルーカに歩み寄った。馬は軽快なステップを踏みながら、迎えに来てくれる。


 態度が目まぐるしく変わる馬に、セロはお手上げ状態だった。


 一体、何がヴェルーカをそうさせるのか……到底解けそうにない大きな謎が、頭に重くのしかかっている。


 「二人とも疲れただろ?繋ぎ場も大変なことになってるし、そろそろ切り上げるか」


 数十分前まで人が疎らだった蹄洗場は、今や馬場が空くのを待つ騎士と馬で一杯になってしまっていた。


 丸馬場の出入口を開けるケリーを見て、セロはふと、あることを思い出した。


 「ケリー。豆知識とは言わないが……一つ興味深い話をしようか」


 「らしくないな、急にどうしたんだよ?」


 「さっき、ケリーが英雄の話をしたからかな。何となく思い出したんだ」


 セロはヘルムのつばを押し上げて、汗を拭った。


 「ドラゴン乗りの英雄と騎士の英雄。実は二人とも、英雄の制服を着たことがないかも知れないんだ」


 「へえ!英雄って呼ばれてたくらいだから、オレはてっきり、毎日あの制服を着てるんだと思ってたぜ。それで、どうしてそんなこと知ってるんだ?」


 「食堂前のホールに、英雄の絵が飾られているんだ。絵が描かれるほど有名になったなら、英雄の制服を着ていてもおかしくないのに、その絵の二人は四年生の制服を着ているんだ。理由はわからないが……恐らく、学舎で初めて英雄の制服を着たのは、ドラゴン乗りのバドリックだよ」


 「なるほどな……いいなあ、ドラゴン乗りは!騎士団には、バドリックさんみたいに英雄って呼べる人がいないから、そっちと比べて印象が薄い感じがしないか?まあ、たとえ英雄じゃなくても、オレには尊敬してる先輩騎士がいるから、そんな気にしてないんだけどさ。でも……それも、もうすぐ終わるんだよな」


 「え?」


 首を傾げるセロに、ケリーは当たり前のように言ってのける。


 「だって、セロが英雄を連れ戻してくれるんだろ?そのために、オレがいい馬を選んで、猛特訓してるんじゃないか。おまえが英雄さんたちと一緒に帰って来るのを、楽しみにしてるぜ!」


 満面の笑みを浮かべるケリーに、セロは何も言えなかった。丸馬場を出てから、セロはようやく静かに言葉を返した。


 「……お見送りの言葉は、まだ早いよ」


 「ヘヘッ、それもそうだな。それじゃあ、あと五日!頑張ろうぜ!」


 「もちろん。よろしく頼むよ、ケリー」


 訓練を終えた二人に続くように、奥の広馬場にいた騎士たちも引き上げてくる。交代で洗い場から出てきた馬の列とすれ違いながら、ヴェルーカは二人の後ろでそっとため息をついた。

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