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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第67話 人馬の絆

 厩舎裏にある小さな野原を歩きながら、セロはヴェルーカをふり返った。


 ここなら道草が食べ放題だというのに、ヴェルーカは見向きもしない。ロープを引いて歩くセロに従って、とぼとぼと足を運んでいるだけだ。


 丸馬場で理不尽な扱いを受けていたヴェルーカを連れ出した二人は、馬の鎮静も兼ねて散歩していた。鞍や頭絡を外したとき、馬は鼻をめいっぱい広げて荒い呼吸を繰り返していたが、今はいくらか落ち着きを取り戻したようだ。


 全身汗だくになったヴェルーカの毛は、馬体にぴったりと張り付いて、日の光を白く照り返している。首や肩、そして尻にまでかいた汗には、きっと冷や汗も含まれているのだろう。


 前を行くケリーに向き直ると、彼は地面に転がる大きな石に腰掛けようとしていた。傷が痛むのか、座ったり、立ち上がったり、階段を登り降りしたり。何か動作をするとき、ケリーは体をゆっくり動かしている。


 セロが近くの木にもたれると、ヴェルーカも立ち止まって長い首を下げた。耳を力なく横に向けて佇む馬の目は虚ろだ。


 「すっかり大人しくなったな」


 「そうだな。ここには訓練終わりによく来てたし、ヴェルーカにとって、落着ける場所なのかもな」


 走り疲れて眠たくなったのか、それとも、ケリーのそばで安心したのか。ヴェルーカはときどき、桃色の唇をパンパンと鳴らして、うつらうつらとしている。


 馬場での暴れっぷりが嘘みたいだ。あまりにも極端な馬の二面性に、セロは戸惑った。


 「いつもは、こんな感じなのか?」


 「うん。少し前まではこんな風に、すごくのんびり屋さんだった。オレが復帰するまで世話してくれてた人も、ヴェルーカはおっとりしてるって言ってたんだ。でも……まさか、あんなことになるなんて思わなかったな」


 セロが何も言わずにいると、ケリーは続けて話し出した。


 「騎士たちは、遠征失敗のショックで余裕がなくなってる。でも、それは馬も同じなんだ。いなくなった騎士の代わりに知らない人が来て、勝手に世話される。馬はバカじゃないから、ずっと背中に乗せてきた人が突然いなくなったら……さすがに気がつくよ」


 丸馬場での光景が蘇って、セロの拳は無意識のうちに固く握り締められた。


 ケリーは明言しなかったが、彼は終わりの見えない絶望の日々が騎士たちを追い込み、さっきのような事態を引き起こしたと言いたいのだろう。


 だが、どんな言い訳を並べたところで、それが馬に八つ当たりしてもいい理由にはならない。


 「ごめん、ヴェルーカ。オレのせいで、怖い思いをさせてしまったよな」


 ケリーが名前を呼ぶと、ヴェルーカは彼に向かって歩き出した。


 馬がそばにやってくると、ケリーは小さな細長い顔を力いっぱい抱きしめた。


 どれほど怖い思いをしても、ケリーへの信頼はなくならないようだ。まるで母馬に甘える仔馬のように。ヴェルーカはケリーの腕の中で、心地よさそうに目を細めている。


 言われてみれば、知らない人が毎日部屋に来るのは、人間であるセロも嫌だと感じるだろう。そんな状態が何日も続いた上で、見ず知らずの人間に馬場に引っ張り出されたとなれば。ヴェルーカが暴れる気持ちもわかる気がする。


 ケリーはヴェルーカの頬を両手で包んで、優しく話しかけている。穏やかな彼らを見守るセロの心は、どんよりと垂れ込む雲のように沈んでいた。


 馬場にいた騎士に、なぜあんなことをしてしまったのか。セロは理解に苦しんでいた。


 怒りに支配されて、あれほど攻撃的になってしまったことが今までにあっただろうか。いや……恐らく、夜襲で不死身の少女を見つけたときくらいだ。


 自分でも理解できない自分がいることに不快感を覚えるが、考え続けてもどうにもならないだろう。


 セロは答えない疑問から、意識をそらした。


 木の幹に頭を預けて目を閉じるが、セロは手に持ったロープを引かれて、すぐに瞼を開いた。


 ロープの先を見ると、ヴェルーカがセロの顔をじいっと見つめていた。彼はまっすぐな馬の瞳を見つめ返したが、ヴェルーカは何も答えない。


 当然だ。相手は動物なのだから、人の言葉を話すことはない。


 だが……なぜだろう。


 さっきまで何も感じなかったのに、ヴェルーカの瞳が、深い悲しみを抱えているように見えてしまう。


 ディノの気持ちなら手に取るようにわかるのに、不慣れな馬が相手となると、セロはたちまち不器用になる。


 ヴェルーカが何を思っているのか、セロにはわからなかった。

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