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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第66話 失われた誇り

それから、二人はおかしな沈黙を貫き通していた。しかし、数十秒もしないうちに、静寂に耐えきれなくなったケリーが頭を掻きむしった。


 「うああ……っ!オレだって、ついさっきまではそう思ってたんだ!だって、実際にそうだったんだからさ!ヴェルーカは触っても噛まないし、蹴らないし、怒らない。大人しい仔だってのはセロも昨日、わかっただろ?」


 セロが黙って頷くと、ケリーはすぐに口を開いた。珍しく混乱する親友に気圧されたセロは、とりあえず話を聞いてみることにした。


 「そんで、今日はセロが来る前に下乗りしてもらって、ヴェルーカの調子を見ることになってたんだ。でも馬場に出た途端、あんなに大人しかったヴェルーカが豹変して……!オレもみんなも、どうしてこんな事になってるのか、全っ然わからないんだ!」


 馬場で暴れるヴェルーカと、周りを取り囲む騎士たちを見て、ケリーはグッと唇を噛む。彼は本当に困り切っているようだが、騎士にできないことをセロに振られても、できるはずがない。


 悔しそうなケリーと、騒々しさに眉をしかめるセロ。


 二人が荒れるヴェルーカを見守っていると、突如、空を裂く鋭い音とともに、ヴェルーカが暴走を始めた。丸馬場の中央に立つ一人の騎士が、鞭を使って馬を追い立てたのだ。


 目を大きく見開いて、空っぽの鞍を乗せて駆けるヴェルーカの口元には、いつの間にか長いロープが繋がれていた。ロープの先は、騎士の手にまとめて握られている。


 「……彼らは何をしているんだ?」


 セロの声に不信感が滲む。


 「ヴェルーカの体力を削りたいんだと思う。さっきも乗る前に、ああやって運動させてたんだけど――」


 ケリーの言葉を遮るように、再び鞭のしなる音が響く。馬の足音や人の声、馬具の金具が鳴る音。雑音があちこちから聞こえる中でも、その音だけが冷酷に耳に残った。


 鼻息荒く駆け回るヴェルーカを呑気に眺めながら、馬場の周りにいる騎士たちがおかしそうに笑っている。調子に乗ってきたのだろう。馬を囃し立てるかのように罵声を浴びせる輩も現れ、尖った言葉に追い詰められたヴェルーカは、さらにスピードを上げて走った。


 「あいつら……っ!」


 ケリーは怒りに顔を歪めて、丸馬場へ向かった。彼の背中が、セロからどんどん遠ざかって行く。


 ケリーの存在に気がついたのか、騎士たちは何か声をかけた。しかし、対する返答は、彼らにとって面白くなかったらしい。ヘラヘラと笑っていた騎士たちの表情が歪み始めた。


 彼らの間で口喧嘩が繰り広げられている間も、ヴェルーカを追う鞭は鳴り止むことなく、耳障りな音を立てている。だが、鞭が駆り立てていたのは小さな馬だけではない。


 鞭がしなるたびに、セロの心に張られた糸も少しずつ張り詰められていた。


 一触即発……丸馬場を包む異常な雰囲気に、他の騎士たちも遠巻きに様子をうかがっている。口論で苛ついたのだろう。馬場の中央で鞭を振るう騎士が、一段と高く腕を掲げた瞬間、セロの足は強く地面を蹴っていた。


 「ああ?だから何だってんだよ!俺たちはおまえに頼まれたから、ヴェルーカの面倒をみてやってるんだろうが!文句言える立場だと思って――」


 心ない言葉を浴びるケリーの横をすり抜けたセロは、馬場の柵に片手をついて勢いよく跳び越えた。普段からディノの背に跳び乗っている彼からすれば、こんな柵を越えるなど造作もないことだ。


 セロは騎士の背後から腕をつかむと、素早く鞭を奪い取った。無防備な青年は驚いてふり返り、ロープを引っ張られたヴェルーカは急停止する。


 「貴様っ、何しやがる!」


 鞭を奪われた青年が食ってかかる。


 しかし、セロが鋭く睨みつけると、騎士は思わず言葉を飲み込んでしまった。セロは怯んだ青年の眼前に鞭の柄を突き、鼻先に当たる寸前でぴたりと止めた。


 「……セロ!」


 背後でケリーの声が聞こえるが、セロは決して手を降ろさない。口をつぐんだ騎士に、彼は冷たく言い放った。


 「あなた方が、こんなにも残念な人間だとは思いもしませんでしたよ。ここにいる騎士には、仲間が遺したものを受け継ぐ意志も、それを守る決意も、そして騎士としての誇りも……何もかもが欠如しているようですね」


 「はあ?ドラゴン乗りの分際で好き勝手言いやがって!ただで許されると思うなよ?」


 「僕が、いつ、誰に、許しを請うと――」


 「何っ?」


 青年は突きつけられた鞭を乱暴に払って、セロの胸ぐらをつかんだ。彼は逃げもしなければ、抵抗もしない。


 「……気に食わないなら、好きなだけ殴ればいい」


 セロの言葉に、騎士は不吉に笑った。


 「ほお?そんじゃあ、ドラゴン乗りらしく血を流してもらおうか?あんたの血を捧げれば、そこのバカ馬も少しはマシになるかも知れねえしな!」


 セロは手に持っていた鞭を投げ捨てた。


 「そうか、お好きにどうぞ。でも、あんたの騎士としての名は穢れ、もう二度と人前で名乗ることはできなくなるだろうがな」


 予想外の言葉に戸惑ったのか、青年の手からわずかに力が抜けた。


 セロは青年だけに届くよう、声を潜めて呟いた。


 「……名乗れない苦しみを、侮らないほうがいい」


 そのとき、周りの目を気にし始めたのか、馬場の外にいた騎士たちがおずおずと口を開いた。


 「なあ、もういいだろ。行こうぜ」


 「そいつに構っても時間の無駄だよ」


 気を遣わずとも、仲間が青年の怒りにとどめを刺してくれたようだ。青年は悔しげに舌を打つと、セロを力任せに突き飛ばした。


 砂の上に投げ出された瞬間、セロはどこか遠い所に投げ捨てた正気が、一気に戻って来たような気がした。緊張に強張った心臓が、弾けそうなほど激しく鼓動している。


 「セロッ!大丈夫か?」


 苦しげに肩で息をするばかりのセロを、ケリーが助け起こす。顔を上げると、目の前に広がる訓練場にはいつもの風景が流れていた。


 三人の騎士が姿を消すと、丸馬場にはヴェルーカとケリー、そしてセロだけが取り残された。

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