第58話 大事なこと
学長室を出ても、セロは夢の中にいるような気分だった。
学舎を出て、いつものようにケリーのもとへ向かう。騎士の学舎のホールまで来てようやく、セロは平静さを取り戻した。
「ケリーをお願いします」
「はい」
騎士の大広間に来るのもすっかり慣れたな。そんなことを思っていると、少年がリストから顔を上げて、おずおずと口を開いた。
「せっかく来て頂いたのに、申し訳ないのですが……。ケリーさんは午前中に退室されたみたいです。復帰の予定日は、ケリーさんにお伝えしていたのですが、何も聞いていませんか?」
セロは慌てて記憶を遡った。だが、どれほど思い返しても、そんな話を聞いた覚えはない。
おかしい……ケリーはいつも、大事なことはちゃんと話してくれるのだが。
――大事なこと……?
『オレでよかったら、いくらでも相談に乗るからさ、遠慮なく話してくれよ。じゃないと、オレも大事なことは話さないぞ?』
学長に呼び出される数日前。ケリーはそう言っていた気がする。あのときは曖昧にして済ませたが、どうやら彼は納得していなかったようだ。
もしかすると、ケリーはあの日、すでに復帰の目途が立っていたのではないだろうか。そうでなければ、あんな言葉は出てこないはずだ。
「……そういうことか」
「え?」
「あ、いや、何でもない。教えてくれてありがとう。これで失礼するよ」
「いえ。では、お気をつけて」
大広間に背を向けて、セロは長い階段を降りる。無駄足だったとは言わないが、なんだかすっきりしない。
だが、誤魔化されたケリーも同じ気持ちだっただろう。
セロが馬場に出たのと同時に、夕刻の鐘が高く鳴り響く。学長と話したことを除けば、普段と変わらない一日だったのに、心と体はいつも以上に疲労を感じていた。
だが、学長との話が決まった今。セロにはまだ、やらなければならないことが残っている。
夕刻の鐘はさっき鳴ったばかりだから、あの人はきっと竜舎の見回りをしているだろう……話をするなら、今しかない。
連絡橋の階段を登るセロの背中が、薄暗い空に消えていく。まだ、いくらか明るい空には星が一つ、寂しく輝いていた。




