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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第56話 兄の言葉

 「ふむ……それで君は、お兄さんを探したいと思ったのかね」


 大きな窓の外を眺めながら、学長はセロに問う。


 バドリックと話してから三日後。学長から呼び出されたセロは、事の経緯を説明した。


 学長室に入るのはこれで二度目になるが、そのおかげかそれほど緊張していない。初めて学長室に入ったのは三年前。この部屋の景色は、しっかりと頭に焼きついている。


 当時と変わらない学長室に、セロはちょっとした懐かしさすら感じていた。


 「君の話は非常に曖昧だ。バドリック君から聞いたときは、もう少し具体的な理由があるのかと思ったが、夢物語を聞かされている気がしてならない」


 学長から指摘を受けて、セロは唇を引き結ぶ。バドリックが言っていた通り、一筋縄ではいかなさそうだ。


 「もとより、学舎の人間が知る世界と、外の人間が見ている世界は全く異なるのだ。君たちは、学舎が国の平和に貢献していると思っているだろう。この国を魔界軍から守っているのは、我々であると。しかし……それは大きな勘違いなのだよ」


 学長は、セロが意味を問うより先に答えを示した。


 「学舎の人間は今や、同じ過ちを繰り返す愚か者の集まりとして見られている。第一回大草原遠征の失敗を契機に、学舎の信用は失墜したのだ。このことに勘付いている学生は一握り……いや、失われてしまったと言う方が正しいのかも知れん」


 もしかすると、学長や指導者たちは世間の信用を取り戻そうとして、先の遠征軍を結成したのかも知れない。


 「もし、君が英雄の弟であることが公になれば……世間から向けられる疑惑の視線や非難の声を、一身に受けることになるだろう。場合によっては、英雄を恨む者に命を狙われることになるかも知れん。……それほどの危険を犯してでも、君はお兄さんを探したいと言うのかね?」


 学舎が外の世界から、それほど否定的に捉えられているとは思ってもいなかった。


 依頼のために訪れた町や村の人たちも、本心では学舎を蔑んでいたのだろうか。人々の笑顔は依頼解決に対しての喜びではなく、学生たちに向けられた嘲笑だったのか……?


 頭が疑念を抱く一方、セロの心は確信していた。


 やはり、兄さんは探し出さなければならない。


 決意したセロは、学長の老いた背中を見据えた。


 「世間知らずの私たちが、自らを誇り高い存在として自負している姿は甚だ滑稽でしょう。しかし……どんなに笑われようと、私は兄を探します。兄を見つけるためなら、命も惜しくありません」


 「何故、拘る。お兄さんを連れ戻すことに、命を懸けるほどの意味があるというのか?」


 「はい」


 セロの毅然とした返事が、広い学長室に緊張の糸を張り巡らせていく。一気に高まる緊張感に、息が詰まりそうだ。


 「……理由を聞かせて頂こうかな?」


 喉の奥が締まって、苦しい。


 セロは浅い呼吸を繰り返す。心臓は激しく鼓動しているが、落ち着くのを待っている暇はない。


 「かつて、魔界軍は圧倒的な力でこの国を侵略していました。しかし、四年前には勢力を削がれ、一度は壊滅寸前にまで追い込まれています。それは、なぜか。

 それまで保守的な対策で魔界軍の攻撃を防いでいた学舎が、積極的に交戦するようになったからです。当時、学生たちの指揮を取っていたのは、兄とホートモンドさんでした。二人がこの国の平和に貢献していたことは、紛れもない事実です。

 しかし、大草原遠征後……彼らは根拠のない噂によって、裏切り者として歴史に名を刻まれることになりました」


 英雄を糾弾する人たちの尖った目と、十四歳の自分を見下す学生の冷たい目が、頭の中で瞼を開く。心の奥底に根を張る暗い感情に耐えるため、セロは静かに拳を握りしめた。


 「私たちが四年前の出来事から目をそらし続けている限り、学舎が変わることはありません。英雄が裏切り者か否かに関わらず、二人をここへ連れ戻さなければ、何も始まらないのです。もし、彼らが本当に裏切っていたのだとしたら……」


 セロは口をつぐんだ。


 こんなこと、本当は言いたくない。

 でも、兄さんが学舎の仲間や、この国に暮らす人々。そして、家族を捨てたと言うのなら。


 弟としてできること……僕がすべきことは。

 

 「二人を尋問し、制裁を加えることで、学舎内外の積年の思いを晴らすことができるでしょう。裏切り者は刑に処され、英雄の過去もすべて白日の下に晒されます。しかし……!」


 セロは必死に言葉を繋ぐ。


 「四年前、二人が止むを得ない事情で帰還できなかったのだとしたら。彼らの帰還はきっと、人々の希望になります。私たちは再び英雄とともに邁進し、魔界軍との戦いも終わりを迎えるはずです」


 学長は落ち着いて尋ねた。


 「二人がこの世にいないとしたら、どうするつもりだね?ディノは君が継承し、故にお兄さんが亡くなってもドラゴンは生き続ける。騎士のホートモンド君に至っては、初めから生死を知る手段は一切無い。彼らが生きているかどうかは、誰にもわからないのではないのかね?」


 「二人の消息については、何とも言いかねます。しかし、私が学舎に来た時点でディノが死んでいなかったことから、兄は遠征失敗後、しばらくの間は生きていたことになります。

 兄が死亡していたとしても、目撃情報や手掛かりが残っている可能性はあります」


 「君は、生きているか、死んでいるかもわからない人間を探し出そうとしている……そういうことだね?」


 「はい」


 長い沈黙のあと、学長は深いため息をついた。


 このままでは、すべて終わってしまうだろう。


 「僕は仲間を守りたい。今は小さな願いでしかありませんが、僕はいつか、この思いが世界を守ることに繋がると信じています」


 気がつくと、セロは聞き覚えのある言葉を口走っていた。


 どこで聞いたのかは思い出せない。だが、この言葉は心に強く結び付けられていたものだった。

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