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ぼくらの森  作者: ivi
第二章 ―目覚め―
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第53話 芽生えた希望

 「バドリックさん」


 午前の指導を終えたバドリックは、聞き覚えのある声に呼ばれてふり返った。


 そこには、姿勢を正して立つセロがいた。


 「少々、お時間をいただいてもよろしいですか。……お聞きしたいことがございます」


 「おお、別に構わんが。珍しいな、おまえが俺に声をかけるなんて。そんで、何が聞きたいんだ?」


 セロは周囲に目を配ると、単刀直入に切り出した。


 「三年前……私がこの学舎に来たときのことを、覚えていらっしゃいますか?」


 「ああ、もちろん。覚えているさ」


 「では、私がディノを継承したときのことは?」


 バドリックの表情がさっと固くなる。彼の反応を見て、セロは答えを察した。


 「教えてくださいませんか。兄が死んだのにも関わらず、私がディノを継承できた理由を」


 目を合わせるのも気不味い状況なのに、バドリックはセロの真剣な眼差しをしっかりと受け止めている。話したくない過去に触れられても、逃げずに向き合おうとしてくれる姿に、セロはバドリックの強さを見た気がした。


 やがて、バドリックは観念したように首をふった。


 「……わかった。俺が知っていることは全部話す。だから、その無駄に丁寧な口調で話すのはやめてくれ。俺の知っているセロは、そんな大人の顔の皮を被った子じゃなかったはずだ」


 予想外の返答に驚いたが、答えない理由はない。セロは口元に小さな笑みを浮かべて、バドリックを見上げた。


 「ありがとう……バドさん」


 「バドでいい。ちょっと前までは、そう呼んでくれただろ?」


 バドリックは腕を組んで、感心したように唸った。


 「正直に言うとな。俺は、おまえがこの矛盾に気がつくことは一生ないと思ってた。おまえにとって、ディノの継承はトラウマになっているだろうからな。時が経てば、忘れてくれるんじゃないかと思ってたんだがなあ……」


 バドリックは頭の後ろで手を組み、空を仰いだ。夏の終わりの青空は、ほんのりと淡い秋の色を含んでいる。


 「……兄さんは生きているんだね」


 セロの問いに、バドリックは頷いた。


 「ああ。あいつはきっと、どこかで生きてる」


 バドリックと並んで空を眺めながら、セロは不思議な気持ちになっていた。


 三年前に死んだと思っていた兄が生きている。


 偽りの真実を信じ続けたセロにとっては、死者が蘇ったようなものだった。


 「なあ、セロ。『ジアンは死んだ。』って聞かされたときのことを覚えてるか?」


 セロは曖昧な記憶を辿った。


 「たしか……クウェイが話してくれたはず」


 「そうだ。だが、クウェイにそう話すよう指示したのは……俺なんだ」


 「バドが……なぜ?」


 バドリックは目を細めた。


 「このまま何も伝えずにいたら、セロはジアンを恨むんじゃないかって思った。もし、兄が学舎を裏切ったなんて噂を聞いたら。セロは兄を信じられなくなるかも知れない……血の繋がった兄弟なのに、そんな悲しい話ないだろ?だから俺は、おまえの世話をしていたクウェイと話したんだ」


 宿舎をふり返ったバドリックは、並木の通りを懐かしそうに眺めた。


 「あの頃はまだ、ドラゴン乗りと騎士の間には深い溝があったからな。声を掛けたとき、クウェイはすごくビックリしてなあ……手に持ってたバスケットを落としそうになってたよ。でもな、あいつは俺の話を親身になって聞いてくれたんだ」


 クウェイはバドリックと関わっている素振りを、微塵も見せなかった。思いも寄らない二人の接点に、セロは心の底から驚いていた。


 「俺たちは毎日話し合って、セロにはディノの掟破りについては話さず、ジアンは遠征で戦って死んだと伝えることにした。……無責任な話だよな。そう信じ込ませれば、セロは外野に惑わされずに生き残っていけるって、俺は勝手に決めつけたんだ」


 バドリックとクウェイは、あの並木道で何度も頭を悩ませたのだろう。セロは苦悩する二人の姿を想像して目を伏せた。


 「バドも、兄さんが死んだと思っていたの?」


 バドリックは力なく首をふった。


 「当時、生還したディノのことで学舎中が混乱していたんだ。騒ぎが収まらないうちに、学生たちは英雄の帰還を信じるか、英雄の裏切りを非難するかの二つに分かれた。ジアンを信頼していた俺や、他のドラゴン乗りたちは、噂を支持する学生と口論になるたびに『ジアンは仲間を見捨てて逃げたりしない!』って反論してたんだ」


 当時の感情が込み上げてきたのだろう。バドリックは深呼吸してから続けた。


 「だが、最初はそうやって言い張っていた俺たちも、日が経つにつれて反論できなくなっていった。二人が帰って来ることはないと、嫌でも察したんだ。そのうち、抗い続ける苦痛が『ジアンは死んだ。』か『ジアンは裏切った。』の二択に俺たちを追い込んだ。俺は……ジアンが裏切り者呼ばわりされるのは、俺たちが『帰って来る!』って言い続けているせいなんじゃないかって……もう、終わりにしてやった方が、あいつも楽になれるんじゃないかって思うようになった。学長が騒動を沈静するための対策を施す前に……俺は、ジアンの死を認めてしまったんだ」


 バドリックは辛そうにため息をついた。


 「結局、楽になりたいと思ってたのは俺の方だったんだって、後になって思い知ったよ。俺は噂に流されてしまっただけじゃなく、クウェイを利用してセロを傷つけた。決して許されるようなことじゃない」


 バドリックは真正面からセロと向き直った。


 「セロ……おまえが今まで苦しんでいたのは、身勝手な独断で過去を偽ってしまった、俺のせいだ。本当に、すまなかった」


 セロは指導者の言葉に、自分でも驚くほど何も感じていなかった。


 「顔を上げて下さい、バドリックさん」


 バドリックは黙って頭を下げている。彼がありふれた言葉に従わないのは想定の範囲内だ。


 「僕は謝罪を聞きに来たんじゃない。……ありがとう、バド。これでやっと、兄さんを探しに行く決心がついたよ」


 バドリックは弾かれたように体を起こすと、セロの顔を穴が空くほど凝視した。


 「なっ……何を言ってるんだ?本気で言ってるのか?」


 はっきりと頷くセロの前で、バドリックは口をあんぐりと開けている。


 「バドと話すまでは、兄さんが生きているって確信が持てなかった。兄さんは、もういないんだって……ずっと信じていたから。でも、やっぱり納得できなかった。ドラゴンと乗り手の掟には決して例外はないはずなのに、実際には不自然なことが起きてしまっている。僕なりに考えてみたけれど……一人では解決できなくて、話を聞きに来たんだ」


 セロの青い瞳には、かつての英雄と似た情熱が静かに揺らめいている。


 「僕は……兄さんを学舎に連れ戻したい」

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