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ぼくらの森  作者: ivi
第一章 ―はじまり―
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第17話 影を見据える者

 連絡橋へ続く階段を駆け上がり、セロは欄干から壁に向って勢いよく跳び出した。壁は階段よりも高い位置にあるから、しっかり踏み切らないと届かない。


 「くっ……!」


 なんとか片足で着地し、ぎりぎりの所で両手をついた。壁に乗り切らなかった方の足を引き上げて、その場に立ち上がる。あと少し助走が足りなければ確実に落ちていただろう。心臓が早鐘のように打っているのを感じながら、セロは壁の下をのぞきこんだ。


 底の見えない暗闇から風が吹き上がり、セロの髪を乱していく。吸い込まれそうなその闇に、彼の背筋はたちまち凍りついた。


 煙たい夜風に導かれて顔を上げる。このまま壁の上を行けば、突き当たりに物見塔がある。その塔を経由しないと、不死身の少女の元へは行けない。


 暗さに目が慣れ始めたのか、闇の中にうっすらと壁の全貌が浮かび上がっている。足を踏み外せば軽い怪我では済まないだろうが、今は前に進むしかない。せめて月が出てくれればいいのだが……生憎、ついさっきまで雨が降っていた空は、今も厚い雲に覆われている。


 「ついてないな……」


 セロは呟いて、ゆっくりと駆け出した。しんと静まり返った壁の上では、彼のブーツの音だけが寂しくこだましている。 


 ――カツンッカツンッ


 汗のにじんだ寝間着に夜風が吹きぬける。身を刺すような冷たさに、セロの吐く息は震えた。夏とはいえ、日が沈んでからは肌寒い。


 ふと、視界の下で揺らめく松明に目を移すと、その灯りが時折ちらちらと途切れることに気がついた。きっと、松明の近くに人がいるのだろう。そういえば……あの大きなブラッドウルフはどこにいる?


 ――カツンッカツンッ……ガッ


 「……っ!」


 そのとき、眼下に集中していたセロは壁の亀裂につまづいてバランスを崩した。前のめりになる体を戻そうと腕を大きく振りまわし、すんでの所で体勢を立てなおす。


 セロの頬を冷たい何かが伝っていくが、それが汗なのか涙なのか、考える余裕などなかった。


 セロは空を見上げ、肺いっぱいに息を吸い込んだ。煙臭い空気が胸を満たしていく。生きている……こんなに実感したのは随分と久しぶりだ。少しだけ息を止め、詰め込んだ息を一気に吐き出す。


 もう大丈夫、先へ進まないと……。


 前に向き直ると、永遠に続くかと思われた壁も、そろそろ終わりを告げようとしていた。あと少しで物見塔までたどり着く。


 ――ウオオオオーンッ!


 学舎中に響く咆哮とともに、闇の中で揺らめく松明がどんどんなぎ倒されていく。その姿をはっきり捉えることはできなくても、ブラッドウルフの親玉が大暴れしているのはわかった。


 セロが先を急ごうとしたそのとき。


 ――うおおおおおおおーっ!


 突然、歓声にも似た叫び声が訓練場に響き渡った。ブラッドウルフの咆哮にも負けない、腹の底から湧き出るような力強い雄叫び。声を追ってふり返ると、騎士の訓練場へ繋がる門から、馬に乗った大勢の騎士が駆け出して来るのが見える。


 「よくやったな、ターク。……ありがとう」


 セロは微笑み、今度は立ち止まることなく物見塔まで駆け抜けた。塔に近付くにつれて、風が鳴く音が聞こえてくる。


 ようやく辿り着いたセロは、展望台の隙間から中へ入り込んだ。石造りの塔の内部は何もない空間が広がっており、壁には空っぽの松明掛けが掛かっている。床の一部は古びた木の戸になっており、それを開ければ縄梯子で下に降りることができるが、今は必要ないだろう。


 セロは壁に身を隠しながら外の様子をうかがった。この先に……不死身の少女がいるはずだ。


 鼓動が早まるのを感じたセロは、胸に手をあてて深呼吸をした。目を閉じて、しっかりと自分に言い聞かせる。


 落ち着け……さっき、タークが教えてくれただろう。こんなところで平常心を失って、チャンスを無駄にするものか。相手はただの少女だ、怖いことなんて何もない。


 セロは決意を固めて目を開いた。彼の鋭い瞳がじっと目の前の闇を見つめている。


 彼は展望台から東側の壁へ降り立つと、足音一つ立てずに歩き出した。静かに抜いた剣を片手に、その先にいる影をしっかりと見据えながら。

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