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ぼくらの森  作者: ivi
第一章 ―はじまり―
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第15話 大喧嘩

 タークは、真っ暗な壁をふり返った。


 崩壊した門の上。松明の灯りが届かない闇の中に、セロは何を見たのだろう。


 「セロさん……不死身の少女がいるんですか?」


 タークは訊ねたが、セロは無視して走り出した。


 セロが向かうのは門でも、巨大なブラッドウルフの元でもない。彼は連絡橋へ続く階段に向かって、まっすぐ駆けて行く。


 セロの様子がおかしい。


 タークは慌てて後を追い、手を伸ばして引き止めた。


 「ちょっとセロさん!どこ行くんですか!」


 「ターク、離せっ!」


 腕をつかまれたセロは、タークを睨みつけた。


 タークが思った通り、今のセロにはいつもの冷静さがない。不死身の少女の存在が、平常心を奪っているのだ。


 セロの鋭い気迫に怖気づいたタークは、手にぎゅっと力を込めた。


 「セロさん落ち着いて!不死身の少女なんて、どこにもいませんよ!そんなことより……助けを待ってる人たちがいるんです!ぼくたちが行かないと、みんなが……!」


 セロは逃れようとして、乱暴に振っていた腕を止めた。


 「タークには見えないのか?この奇襲の黒幕が、すぐそこにいるんだぞ!それを見逃せというのか!今あいつを逃せば、惨劇はまた繰り返される!不死身の少女を殺すまで、魔界軍との戦いは終わらないんだ!」


 セロは、我を失ってしまっていた。


 「……どうしちゃったんですか、セロさん」


 セロは、タークから逃れようともがいた。力で言えば当然、セロの方が上なのだから。タークが引き止められなくなるのも、時間の問題だった。

   

 何か手はないか、タークは必死に考えた。だが、パニックに陥った彼が、解決方法を思いつけるはずもない。


 数秒後、タークの手が素早く振り上げられた。


 タークは息を止めると、震える手でセロの頬を強く打った。腕を離したせいか、セロはバランスを崩して地面に膝をつく。俯いたまま、すっかり静かになったセロを見て、タークはさっと青ざめた。


 「……セ、セロさん。ごめんなさい……」


 うなだれるセロのそばにしゃがんで、タークは重い口を懸命に開いた。


 「……ぼくも、不死身の少女を許しちゃいけないと思います。大草原のお話は、お母さんから聞いたことがありますから。不死身の少女は、たくさんの人を傷つけたんですよね」


 上目遣いにセロの様子をうかがい、タークは唾を飲み込んだ。


 「でも、なんだか……セロさんは不死身の少女に怒っているだけじゃなくて……悲しんでいるように見えるんです。すごく悲しくて、辛くて、何もかも全部、不死身の少女のせいにしたい。でも、それができないから、その気持ちを紛らわすために、わざと怒っているような気がするんです。まるで……喧嘩した子どもみたいに」


 「おいっ、危ねえぞ!」


 「逃げろおおおお!」


 切羽詰まった叫び声に顔を上げると、数頭のブラッドウルフがすぐそこまで迫っていた。


 ……時間切れだ。


 武器を持たないタークには、もう何もなす術がない。


 あっという間にブラッドウルフが二人を囲み、タークの体はまた震え始めた。立ち上がることもできず、ブラッドウルフの飢えた赤い瞳から目をそらす。


 ――グアアアッ!


 時は来たと言わんばかりに、一回り体の大きいブラッドウルフがターク目がけて跳びかかる。


 タークはギュッと瞼を閉じて、両手で頭を抱えた。


 『……誰か、助けてっ!』


 タークが死を覚悟したそのとき。力強い腕が、彼を引き寄せた。


 ――グエエッ!ガアアアアッ!


 体が激しく揺さぶられる。耐えきれなくなったタークは思わず目を開き、声を上げた。


 「セロさんっ!」


 そこには、ブラッドウルフと対峙するセロがいた。


 彼の瞳はまっすぐに獣を見据え、牙をむくブラッドウルフに、怯むことなく立ち向かっている。


 「……すまない、ターク」


 セロは素早くふり返り、背後から跳びかろうとしたブラッドウルフを退ける。


 彼らの周りには二頭の獣だけが残り、他は既に息絶えていた。


 「不死身の少女に我を忘れるなんて……僕は本当に馬鹿だな」


 身構えるブラッドウルフを牽制して、セロはタークの肩から手を離した。


 「でも、これだけはわかってほしい。ただのわがままかも知れないが……。僕と不死身の少女の喧嘩は、そう簡単に片付けられるものじゃないんだ」


 タークは、はっとした。


 『喧嘩』これはさっき、自分が話の中で使った言葉だ。セロはちゃんと、タークの話を聞いていたのだ。


 「セロさん……!」


 二頭のブラッドウルフが同時に走り出す。一頭はセロを、もう一頭は背後に回り込んで、ターク目がけて跳びかかった。


 挟み撃ちにするつもりなのだ。


 「伏せろ!」


 セロの合図を聞いて、タークはその場にしゃがみ込む。彼の頭上を、剣先がかすめる音が聞こえた。


 ――ガハッグワアッ 


 二頭のブラッドウルフは喉を掻き切られ、地面に叩きつけられた。四肢をばたつかせていた獣が、次第に動かなくなっていく。


 地面に広がる赤黒い血が、獣たちの絶命を告げていた。ブラッドウルフの死を見届けたセロが、剣についた血を払って鞘に収める。


 助かった……力が抜けたタークは、尻もちをついた。


 ――グアアアーッ!


 耳をつんざく咆哮がこだまする。休む暇もなく、二人の視線は、暴れ狂う巨大なブラッドウルフに向けられた。


 獣が松明をなぎ倒すたびに、訓練場の闇は深くなっていく。いつの間にか、残されたブラッドウルフは、あの親玉だけになっていた。

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