第121話 おまじない
木漏れ日のなかで、焚き火がパチパチと燃えている。
毛布を肩にかけて本を読んでいたスノーは、そっと視線をあげた。
仲間が手当てしてくれたおかげで、体調はすっかりよくなった。傷はまだ完全には塞がっていないが、魔法で癒やしていけば、明日には動けようになるだろう。
そばでは、メーノがスノーから借りた本を黙々と読んでいる。そして、その隣ではジンが退屈そうにあくびをしていた。
少年は膝を抱えて揺れながら、つまらなさそうに焚き火を眺めている。
「ジン、退屈そうだね。君も何か読むかい?」
ジンは小さく首をふった。
どうやら、読書は好きじゃないみたいだ。
ジンくらいの歳の男の子は、きっと遊びたい盛りだろう。大人しく過ごす時間は、苦痛に感じるはずだ。
『ダイちゃんがいたらいいのに。』
スノーは軽くため息をついた。
遊び心のあるダイなら、ジンの退屈を晴らしてくれるはずなのに。彼は周辺の探索をするために、朝早くから森へ出かけてしまった。
スノーは本を閉じると、ジンのそばに移動した。
「ねえ、ジン。君とメーノは家族なの?」
ジンは首を横にふった。
「二人とも髪が茶色くて仲がいいから、てっきり姉弟だと思ってたよ。ずっと前からお友達なの?」
ジンは、また首を横にふる。
「そうなんだ。ぼくも、セロとは出会ったばかりなんだ。ダイちゃんとは、ちょっとだけ長い付き合いなんだけどね」
自分の話をされているとは知らず、セロは岩にもたれて、真剣な顔で地図を見ていた。時折顔を上げては、森を見渡している。
「……こわいよ、あの人」
少年の率直な感想に、スノーは思わず苦笑いをした。
「え、そうかな?とても優しい人なんだけど……」
言いかけて、スノーはちょっと考えた。
もしかすると、ジンの退屈を紛らわすことができるかも知れない。
「ねえ、話しかけてごらんよ!じっと地図を見ているなんて、セロも面白くないと思うよ」
嫌そうな顔をするジンに、スノーはほほえんだ。
「じゃあ、ジンにひとつ魔法を教えてあげる。セロと仲よくなれるようにね。簡単だけど、とても大切な魔法だよ」
魔法という言葉を聞いて、ジンの瞳がぱあっと輝く。ようやく子どもらしい一面を見せた少年は、興味津々で向き直った。
しかし、興味があるのはジンだけではないらしい。スノーの背後で、メーノが本を閉じる音が聞こえた。
セロに聞こえないよう、スノーは人差し指を口の前でたてた。ジンがわくわくした様子で真似をする。
「はははっ!……違うんだ、これは静かにっていう意味だよ」
はっと手をおろして、ジンは照れくさそうにはにかむ。
スノーはゆっくりと、丁寧に説明を始めた。
「いいかい?まずは、しっかりと相手の顔を見るんだ。怖かったら、目は合わせなくてもいいからね」
ジンは真面目な顔で頷くと、焚き火の向こうにいるセロを見つめた。
彼は相変わらず、地図に視線を落としたままだ。
「そうしたら、心のなかでセロに呼びかけてごらん」
「呼びかける……?ぼくは、何て言ったらいいの?」
ジンが不安を感じた、そのとき。
視線に気がついたのか、セロがふいに顔を上げた。
こそこそ話すジンとスノーを映した青い瞳が、訝しげに細められる。
「ジン、大丈夫だよ。君と友だちになりたいんだって、心のなかで三回唱えてみて」
ジンは目を伏せて、ゆっくりと三回頷いた。
心で呪文を唱えたジンが顔を上げると、セロは再び地図に目を落としていた。
「次は、どうするの?」
「おしまいだよ」
あっけなく終わりを告げられて、ジンは口をあんぐりと開いた。
スノーは、にっこりと微笑んでいる。
「セロにはちゃんと魔法がかかっているよ。もちろん、君にも魔法がかかっているから安心してね」
ジンは不思議そうに自分の手を見つめた。
本当に魔法がかかっているのか、疑っているようだ。
「さあ、魔法が消えないうちに、セロに話しかけてごらん」
スノーに促されて、ジンは仕方なく立ち上がった。
とぼとぼと歩いていく少年の小さな背中を、メーノが静かに見守っている。
やがて、セロの前で立ち止まったジンの心臓は、破裂しそうなほど大暴れしていた。退屈なんて、すっかり忘れてしまうほどに。




