第117話 茶番
スノーを人質にされているせいで、セロは下手に動けない。
「落ち着け……!」
セロの呼びかけに、少女は目を細めて嫌悪を顕にした。
少年よりも、この子の方が武器の扱いに慣れているらしい。睨んで牽制しながら、ナイフの刃先は確実にスノーの首を狙っている……恐らく、素人じゃない。
スノーの命を守るためにも、少女を刺激しない方がよさそうだ。
「おまえのお友達か?」
背後でダイの声が聞こえる。
もし、彼らが友達なら。少女は少年を開放させるために人質を取ったのだろうか。
そうだとしたら、話は早い。
「ダイ、その子は友だちだって?」
セロは少女から目を離さずに問う。
「そうみたいだぜ?」
「……わかった」
セロは剣を鞘ごと外すと、手の届かない場所へ投げ捨てた。
怪訝な顔の少女に、両手を広げて見せる。
「君たちに危害を加えるつもりはない。君のお友達は返するから、その人を傷つけないでくれないか」
少女は無言で睨み続けている。
セロはわずかにふり返ると、ダイに少年を離すよう促した。
「メーノ……ッ!」
ダイの手から逃れた少年は、一目散に駆けて、少女の足元に崩れ落ちた。
泣きじゃくる友達の無事を確認すると、少女はゆっくりと後退ろうとした……が、彼女の足には少年がしがみついていて動かせない。
身動きが取れなくなってしまった少女は、動かないスノーと号泣する少年を交互に見つめている。
その様子が何となく気の毒に感じて、セロは思わず声を掛けた。
「えっと……助けが必要かな?」
少女は警戒心を隠すこともせず、敵意に満ちた目でセロを睨みつける。
対峙する二人が、各々に頭を悩ませていたそのとき。
かすれるような、小さな声が聞こえた。
「大丈、夫……?どう……したの?」
はっとして少女の腕中に視線を戻すと、寝ぼけ眼のスノーと目が合った。
騒ぎに気づいて目を覚ましたようだが、状況を理解できていないらしい。
「スノー!大丈夫か?」
ダイの大声に驚いて、少年がビクッと肩を震わせた。泣いている少年が気になるのか、スノーはゆっくりと顔を向ける。
「ごめんな、スノー。ちょっと言いにくいんだけどさ、おまえ人質になってるんだよ」
ダイは簡潔に伝えたつもりのようだが、それでは余計に混乱させるだけだろう。
セロが呆れている間に、スノーは手を伸ばして少年の頭を優しく撫でていた。
「泣い、てる……の?」
大泣きしていた少年が、嘘のように大人しくなる。
たとえ、自分が人質に取られていても。スノーは泣いている子どもを放っておけないみたいだ。
スノーをじっと見つめていた少年が、ちらっとダイを見る。
「あいつに泣かされた。」と言いたげに。
「えっ、俺っ!?」
少年の声なき告げ口に、ダイは珍しく素っ頓狂な声を上げている。そんなダイの姿から何かを察したのか、スノーは眉をひそめた。
「ダイ、ちゃん?」
「ええっ?いやいや、だって、あれは!」
『何だ、この状況は。』
そう思っていたのは、セロだけじゃない。少女も訳がわからないと言いたげな顔で、ナイフを持つ手を下ろしている。
こちらに敵意がないことは、もう十分通じただろう。今ならスノーを返してもらえるんじゃないか。
セロが一歩踏み出すと、動きに気づいた少女は再びナイフを構えてしまった。
しかし、その刃先はスノーに向いていない。自身の胸の前で構えているだけだ。
攻撃の対象がスノーからセロへ変わったようだが、茶番に巻き込まれた今では、少女の脅し方は何とも中途半端なものだった。
対立する少女とセロを見て、スノーは少女を優しくなだめ始めた。
「大丈夫だよ……セロを信じて、あげて。嘘をつく人じゃ、ないから……」
痛みに顔をしかめながら、スノーは懸命に少女を説得しようとしている。白い手袋をはめた少女の手を、血の気の失せた手でそっと握りしめて。
「僕たちは敵じゃない。スノーを離してくれるかな?」
少女は俯いて、ナイフを腰のポーチにしまった。本当は信用できないのだと思うが、この状況が無意味であることは、彼女も理解しているのだろう。
セロはゆっくりと少女に歩み寄り、スノーを抱きかかえる。腕に感じるスノーの体温に、ほっと深い息をついた。




