第116話 少年と少女
馬たちはどこからともなく現れた人影に驚いて、ジタバタと足を踏み鳴らす。
しかし、ダイは動じる素振りを一切見せず、剣の柄から手を離すと影に話しかけた。
「おまえ、まだ子どもだろ?こんなところで何してんだ?」
セロは目を見開いた。
逆光になっていて見えにくいが、その人影は随分と小さかった。
一人なのか?
親はどうしたのか?
セロの頭に浮かんだ疑問は、次の瞬間、パッと弾け飛んだ。
無言で佇む少年の手には、小さなナイフが握りしめられていた。恐怖のせいか、武者震いか……身を震わせる少年が正気を失っているのは、火を見るより明らかだ。
「おいおい、落ち着けよ。俺たちは敵じゃないぜ?だいたい、そんな危ないもの持っちゃいけませんって、お母ちゃんに教わらなかったのか?ほら、ケガする前にポイしな――」
「うわあああーっ!」
ダイの説得も虚しく、少年は叫びながら跳びかかってきた。
ダイが手綱を離したのを合図に、三頭の馬は夜の森へ姿を消した。馬たちの足音が聞こえなくなるより早く、少年の手から弾かれたナイフが地面を転がった。
ダイが子ども相手に手こずることはないと、わかってはいたが。こんなにも簡単に押さえ込まれているのを見ると、なんだか少年が気の毒に思えてしまう。
「ダイ、待て。相手はまだ子どもだ」
セロはダイを止めてみたが、意味はなかった。
「わかってる!」
ダイに抱えられた少年は手足をふり回して暴れ、大声で助けを求めている。まずい……これではまた、ブラッドウルフが寄って来そうだ。
「メーノッ!助けて!メ――うぐっ!」
とうとう口も塞がれてしまった少年は、涙に濡れた目を白黒させている。力持ちのダイからすれば、ひ弱な子ども一人を抑え込むなんて朝飯前だろう。
「うるせえなあ。ちっとは大人しくできないのか?わかったから、落ち着けって。静かにしてくれたら離してやるから、な?俺たちは、敵じゃないんだって」
「うぐ!うぐぐぐぐーっ!」
少年が落ち着くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
さて、どうしたものか……。
一刻も早くスノーの手当てをしたいところだが、こんな状況では、そうもいかない。
セロは仕方なく転がったナイフを回収しようとしたが、そこにあったはずのナイフは、どこにも見当たらなかった。
『ナイフはどこだ……?』
嫌な予感がした、そのとき。
セロの背中にドンッと強い衝撃が走った。体が地面に投げ出される前に、かろうじて受け身は取ったが、背後をふり返ったときには、スノーの重みが消えていた。
「しまったっ!」
無抵抗のスノーは、何者かによって闇へ引きずり込まれていく。しかし、スノーを攫った者は逃げられないと判断したのか、いくらも進まないうちに立ち止まった。
木々の隙間から漏れる焚き火の明かりが、少女の姿を晒し出す。
こげ茶色のフードマントを身にまとった少女が、追って来たセロを鋭く睨みつけている。
セロが近づくと、少女はスノーの首筋にナイフを突きつけた。




