第110話 戻らぬ日々
「整列っ!」
バドリックの力強い号令に従って、ドラゴン乗りたちが一列に並ぶ。直立の姿勢で微塵もふらつくことなく立つ彼らの左胸には、三年生以上の刺繍が施されている。
あと数分もすれば、新入生たちがやって来て、札合わせの儀式が行われる。
儀式とは言っても、それほど堅苦しいものではない。在校生と新入生、これから先輩と後輩の関係になる者が、それぞれに対となった番号札を持つ相手を探して、顔合わせをするだけだ。
本当は単独班がよかったんだが……学長が決めた以上、嘆いても仕方ない。
セロは早くも弱気になりながら、バドリックの話をぼんやりと聞き流していた。
昨夕、夕刻の鐘が鳴る前。
セロが宿舎へ向かうと、見慣れた二人の騎士が手をふって出迎えてくれた。
「いやあ!まさか、おまえに後輩ができるなんてな!何か似合わないっていうか、全然、想像できないぜ!」
「セロなら大丈夫よ!ケリーみたいにバカじゃないんだから。きっと、いい先輩になるわ!」
「誰がバカだよ、誰がっ!」
ケリーとエダナは、いつもの場所で、いつものように会話を始めた。
ドラゴン乗りの宿舎前の、並木通り。宿舎一階にあるセロの部屋の前に位置するここは、彼らのお気に入りの場所だ。
もうすぐ三年生になるというのに、ケリーとエダナは出会ったときから変わっていない。
セロは一年生の時から二人の喧嘩を見てきたが、今日は騒ぐ二人をたしなめる元気がなかった。
「おいおいおい、何をそんなに落ち込んでるんだ?後輩ができるって、学長から評価されてるってことじゃないか!オレからしたら、羨ましいくらいなんだけど」
ケリーに茶化されて、セロは深刻そうな顔で俯いた。弱った友達を見て苛ついたのか、ケリーは一気にまくし立てる。
「何がそんなに不安なんだ?後輩ができたら訓練も楽しくなるし、一緒に飯も食えるじゃないか!セロは賢いから、勉強も教えてやれるだろ?ドラゴンにも上手く乗れるだろ?おまえのかっこいいところを、いっぱい見せ――」
ケリーは途中で言葉を切って、あっと短く声を出した。
「ああ、わかった。それが嫌なんだな?」
セロは頷く代わりに深いため息をついた。
「えっ、何?どうしたの?」
エダナのために、ケリーは簡単に説明した。
「四六時中、誰かと一緒にいるのが嫌なんだって。ほら、こいつ、あのときも今と同じ顔してただろ?」
二年前、夏の匂いが風に混ざる頃だった。
ある日の訓練終わり、二人の新米騎士がセロを待ち伏せて声を掛けてきたのだ。
二人のうち、少女は迷惑そうにしているセロの気持ちを汲み取ってくれていた。だが、少年はセロがどんなに冷たくあしらっても懲りず、毎日やって来ては、くだらない話を延々と続けた。
最初はセロも無視を徹底していたのだが、彼はいつしか、少年騎士の話に耳を傾けるようになっていた。
それまでは、意味のない馬の自慢話をして、一人で盛り上がっているだけだと思っていた。
しかし、少年が話す内容は馬のことだけではなかった。
『おまえの飛行を先輩と一緒に見て感動した』こと。
『友達になりたいと思ったから直談判しに来た』こと。
『名前を聞くまで、これからも会いに来る』こと。
少年騎士はドラゴン乗りに対して、ちっとも壁を感じていないようだ。まるで、所属が同じであるかのように、分け隔てなく接してくる。
少年の気持ちが理解できない。
どうして、彼は見ず知らずの人間を簡単に信じられるのか……友達になりたいと思うのか。
自分とは正反対の人間を前にして、セロは恐怖にも似た感情を抱いたものだ。
あるとき、セロは言った。
「君は、僕が名乗れば満足なんだな?名前を言えば、もうここへは来ないんだな?それを約束してくれるなら、僕は今すぐにでも名前を教えるさ!」
突然、人が変わったかのように怒り出したセロを見て、少年はきょとんとしている。
しばらくすると、少年は歯をニッと見せて笑った。
「いや、明日も来るぜ?明後日も、明々後日も、ずっとな!」
鋭く睨みつけるセロの瞳を見つめ返して、彼は当たり前のように付け足した。
「だって、オレたちは友達だからな!」
言わずもがな、そのしつこい少年騎士が、今のケリーである。
「あのときは、本当に嫌な奴だなって毎日思ってた」
本音を漏らして笑うケリーに、セロは申し訳なさそうに頭を掻いた。言い訳なんてできない……自分が嫌な人間であることは、自分が一番理解しているつもりだ。
「なるほどね……でも、それなら何も心配しなくていいんじゃない?」
優しく微笑みながら、エダナは明るく話し始める。
「だって、明日入学する後輩君は、セロと同じくらい不安なはずよ。友達できるかな、どんな先輩がいるのかな、ちゃんと一人前のドラゴン乗りになれるかなって、わからないことだらけだと思うの。
だからね、セロがここに来たときのことを思い出してみて!先輩に言ってもらって嬉しかったこと、訓練で楽しかったことを、今度はセロが後輩君にしてあげればいいのよ」
エダナは花が咲くような笑顔を浮かべた。
「それに、セロがそんな顔をしていたら、後輩君も楽しくないよ。せっかくセロの班に来てくれるんだから、パートナーとして仲良くしていきたいじゃない?ほら、笑って笑って!もし、上手くいかなくても、そのときは、わたしたちが手伝うから!」
両手を握りしめて応援してくれたエダナの声が、セロの背中を強く押す……と同時に、彼の耳にバドリックの声が響いた。




