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ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
106/122

第106話 告白

 月明かりに照らされたホールに足音が響く。待ち合わせの相手がやって来たようだ。


 「セロさん、遅くなってすみません」


 セロはまぶたを開けて、頬杖をついていた腕を下ろした。


 訓練場以外の場所に呼び出されたことがないからか、タークはいつになく不安そうな顔をしている。


 彼はセロの正面にやって来ると、テーブルの前でおずおずと姿勢を正した。


 「あの……それで、用って何ですか?」


 「……今日の野外訓練はどうだった?」


 「えっ?」


 予想外の質問に、タークは驚きの声を漏らした。てっきりお説教を受けると思っていたのだ。


 タークは大慌てで感想を考えた。


 「あ、えっと、すごく楽しかったです!はじめて、チャアと心が繋がった感じがして……セロさんが帰るって言ったとき、もっと飛んでいたいなって思いました!出発したときは怖くて、早く帰りたいって思ってたんですけど、飛んでいるうちに楽しくなったんです。とても不思議な感じでした!」


 ゆっくりと言葉を紡ぐタークに、セロは何度も相槌を打った。


 「今日の感覚はしっかり覚えておくんだ。タークが飛ぶことを楽しいと思えるようになったのは、チャチャと繋がることができた証なんだ」


 ぱっと顔を輝かせるタークに、セロはそっと頷いた。


 「おめでとう、ターク。また一歩前進したな。これからも、その調子で頑張ってほしい」


 「えへへっ!」


 タークは照れ笑いをして、恥ずかしそうに顔をそらす。


 そのとき、彼の視界にあの絵が入ったのだろう。


 タークは柱にかけられた絵に近づくと、額縁の英雄を見上げた。


 「英雄さんも訓練が上手にできたときは、こんな気持ちだったのかな?」


 タークの独り言に、英雄は答えない。


 しばらく絵を眺めたあとで、タークは不思議そうにセロをふり返った。


 「あれ……?もしかして、セロさんの用ってこれだけですか?」


 頷くことも、首をふることもしないセロを見て、タークはほっと安堵の息をついた。


 「なあんだ!ぼく、怒られるのかなって勘違いしてました。でも、訓練のふり返りなら、部屋でもよかったんじゃないですか?」


 ごもっともな意見に、セロは素直に頷いた。


 「そうだな。でも、今日は後輩の成長を、英雄の二人にも見てもらいたかったんだ」


 「そうだったんですか!でも、なんだか、そういうのはセロさんらしくない気がしますね」


 セロは机上に腕を置いて、タークをじっと見つめた。絵に見入る少年の横顔は、出会ったときよりも、ほんのり勇ましくなっていた。


 今なら……すべてを話せるかも知れない。


 しかし、いざ真実を打ち明けるとなると、何を話せばいいのか、わからなくなってしまう。兄のことやディノのこと、そして自分自身のこと。


 隠し事が多すぎて、セロは嘘の塊のような存在だ。


 セロは迷った末に、昔話をすることにした。


 「……ジアン・オルティスは、森で遊ぶのが好きだった」


 突然の呟きに、タークは体ごと向き直った。


 「彼は毎日、家の裏に広がる森に出掛けては、動植物の声を聞いて遊んでいた。大自然に包まれながら、日が暮れるまで森で過ごしていたんだ。帰るのが遅くなって父親に怒られても、彼は森に行くことを止めなかった。そんな彼がなぜ、故郷を離れてドラゴン乗りの道に進もうと思ったのか……僕には、わからない」


 「ジアンさんが森で遊んでいたなんて、知らなかったです!……でも、言われてみると、たしかに不思議ですね?そんなに森が好きなら、騎士団に入った方が楽しいはずなのに。空は飛べないけれど、森を馬に乗って走り回るのは、騎士さんにしかできないことですよね!」


 タークは両手をぎゅっと握りしめた。


 「ジアン・オルティスさん……!忘れないように、名前を覚えておかないと!それにしても、セロさんは本当に物知りですよね!英雄さんについての面白いお話って、他にもありますか?」


 恐らく、その名前は嫌でも忘れられなくなるだろう。


 セロは話を進めた。

 面白い話ではないかも知れないが。


 「第一回大草原遠征で、彼のドラゴンは乗り手を失った。だが、彼に血の繋がった姉弟がいたおかげで、ドラゴンは命を繋ぎ止められたんだ。彼の弟に受け継がれたドラゴンは、今もこの学舎で生き続けている」


 「ええっ!本当ですか!」


 しーんと静まり返った広間に、タークの甲高い声がこだました。


 「ぼく、弟さんとドラゴンに会いたいです!セロさんは知っているんですか?」


 セロが黙って頷くと、タークはテーブルにバンっと勢いよく手をついた。いつもなら注意するところだが、今日のセロはたしなめることもしない。


 「お願いします!絶対に迷惑はかけないので、弟さんの名前を教えて下さい!もし駄目なら、ドラゴンの名前だけでもっ!」


 「……わかった」


 タークをまっすぐに見据えて、セロはドラゴンの名を伝えた。


 聞き間違えることがないよう、ゆっくりと丁寧に。


 「ディノ」


 「えっ?」


 「ドラゴンの名前は、ディノだ」


 タークの目が大きく見開かれる。


 ディノ――その聞き慣れた名前が、乗り手のものでないことは嫌でもわかっただろう。


 雲の切れ間から覗く青白い月が、セロの姿を闇に浮かび上がらせる。


 緊張に張り詰めた空間で、二人は黙って向き合っていた。


 長い時間が流れたあと、先に沈黙を破ったのはセロだった。


 「僕の名前は、セロ・オルティス……空の英雄の弟だ」


 半年前に名乗ることができなかった名前を、セロはようやく告げられたのだ。

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