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ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
102/122

第102話 後始末

 セロはその場で静かに姿勢を正した。宿舎へ帰る前に、ケリーへ伝えなければならないことがある。


 直立不動の姿勢で腕を後ろに回して立つ。


 学舎の人間が、敬意を示すときにする敬礼だ。


 「ケリー。君にはこの一週間、本当に世話になった」


 あっという間に過ぎた一週間の記憶が蘇る。


 ケリーは顔を背けて、わざとらしく肩をすくめてみせた。


 「よせよ……親友として、当然のことをしたまでなんだからさ」


 照れくさそうに頭を掻きながら、ケリーは手をひらひらと振っている。親友の「やめろよ。」の仕草に、セロは素直に従った。


 敬礼を止めたあとで、セロは後悔を呟いた。


 「もっと早く、君のトラウマに気がついていれば……」


 ケリーが腹の傷へ手を伸ばす。


 「今朝、君が馬場で苦しそうにしているのを見て、やっと気がついた。本当は辛かったんじゃないのか?」


 「いや、別にそんなことないぜ?」


 ケリーは満面の笑みで首をふった。


 「本当に何ともないから、あんまり心配すんなよ?」


 ケリーの振る舞いは、明らかに不自然だ。


 少しの沈黙のあと、セロはゆっくりと口を開いた。


 「僕が帰ったら、また一緒に訓練をしよう」


 瞳の奥底に強い意志を秘めた目。


 セロがこの目をしているときは、どんな誤魔化しも効かない。


 あーあ、最後の最後に勘付かれるなんてな。

 ……お手上げだ!


 「はは……っ!こんなトラウマくらい、セロが帰って来る前に克服してみせるぜ!」


 ケリーは右手を差し出して、屈託のない笑顔を見せた。


 「それに、オレはもう一人じゃない。ニックと一緒に、おまえたちの帰りを首を長くして待ってるぜ。なあ、頼むから、オレの首がドラゴンみたいに伸びる前に帰って来てくれよ?」


 「わかった」


 セロはケリーの手をしっかりと握った。お別れの握手をする二人の影が、誰もいない厩舎の通路に落ちた。


 「本当は階段まで見送りたいところだけど。ごめん……ちょっと無理かも知れないな」


 ケリーの言葉に隠された意味を察して、セロは寂しそうに微笑んだ。


 「それじゃあ……またな」


 ケリーは笑顔で見送り続けた。

 親友の背中が見えなくなるまでは。


 通いなれた風景が、なぜか物悲しく感じる。


 セロが厩舎の外に向かっていると、通路の向こうから人が来るのが見えた。逆光で見えにくいが、どうやら二人いるようだ。


 邪魔にならないように避けたセロの横を、騎士が通り過ぎて行く。


 その瞬間。セロは身の毛がよだつような嫌な予感に襲われて、二人の騎士をふり返った。


 顔は確認できなかったが、間違いない。彼らは丸馬場で言い争った騎士たちだ。


 「何だよ、まだいたのか?」


 セロが騎士たちを見つめていると、背後から声をかけられた。


 「そんなにこっちの訓練場が居心地いいのか?おまえ、ドラゴン乗りの友達がいないんだろ?」


 感情のない顔で視線を返すセロに、青年騎士は唇を歪めた。


 『心の歪みは表情に現れるから、見る人が見ればすぐにわかるんだぞ。』


 バドリックから、そんな話を聞いたことがある。


 「……余計なお世話だ」


 さっさと立ち去ろうとするセロに向かって、青年は意地悪く言葉をかけた


 「まあ、そんなに冷たくするなよ。おまえらのために、俺たちが動いてやったってのに」


 普段なら無視するところだが。

 どうやら、そういう訳にはいかないようだ。


 「どういう意味だ?」


 厩舎の外に出かかっていた足を止める。


 セロの問いに、青年はフッと鼻で笑った。


 「おまえみたいな部外者が、俺たちの班をどうこうしようたって無理な話なんだ。そもそも所属が違うんだからさ。それくらいは、わかるだろ?」


 セロは無言で頷いた。


 「だから、俺たちがこっちの指導者に話して、ニックをケリーの班に移してくれって頼んだんだよ」


 青年はさも馬鹿にしたように、セロを見下ろしている。


 「おまえ、バカだなあ!全部が自分の思い通りになると思ってんの?そっちではどうだか知らねえけど、騎士には騎士のルールがあるんだ。今回は俺たちが尻拭いしてやったけど、これを限りにヒーローごっこなんて、やめとくんだな。悪者にされる側からすれば、迷惑極まりないぜ?」


 「さっきの二人は……」


 セロは心配そうに厩舎の奥をふり返った。


 「ケリーに、ニックについての話は済んだって言いに行ってるだけだ。喧嘩はしねえよ」


 セロが引き起こした、事の始末を黙ってやってのける。そんな面倒見のよい一面を、なぜニックに向けられなかったのか。


 もし、彼らが仲間と同じように、ニックに接することができたなら。ニックはこの青年のもとで、一人前の騎士になることもできただろうに……。


 「助かったよ。ありがとう、本当に」


 「感謝しろよな」


 礼を述べられると調子が狂うのか、青年はふいっとそっぽを向いた。


 彼はセロと目を合わせず、ぶっきらぼうに訊ねる。


 「なあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」


 「何だ?」


 「おまえが言ってた、名乗れない苦しみって何なんだ?」


 「ああ……」


 セロは簡単に答えた。


 洗い場の屋根の向こうで、夜の紺色が夕空を蝕んでいくのが見える。


 「その言葉の通りだよ」


 「はあ?」


 意味がわからない、と言いたげに青年は首を傾げている。しかし、不思議と嫌悪感は感じなかった。冗談に呆れて、軽く受け流す感じに似ている。


 「……何だそれ」


 理解することを諦めたのか、青年はボソッと呟いた。


 沈黙が続く前に、今度はセロが訊ねる。


 「名前は?」


 「はっ?」


 青年は唐突な質問に驚いたのか、少し躊躇いがちに名乗った。


 「……シンジ」


 「そうか。ありがとう、シンジ」


 シンジは肩をすぼめると、そそくさと仲間を追って行ってしまった。セロも背を向けて、夕闇に沈む階段へ向かう。


 和解とまではいかなかったが、旅立つ前に話ができてよかった。


 セロには、まだ最後の旅支度が残っている。


 残り少ない時間に追われて、彼は夕空に伸びる階段を足早に登った。

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