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ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
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第101話 大切なもの

 セロは厩舎の天窓から差し込む淡い光に、目を細めた。


 「僕はヴェルーカに乗るまで、すっかり忘れていたんだ。馬は感情豊かで、人に寄り添ってくれる動物だっていうことを。人間と意思疎通ができる生き物は、ドラゴンだけだと思い込んでいたんだ」


 鉄格子の隙間から、ヴェルーカが鼻で肩を小突いてくる。セロは馬に遊ばせてやりながら、話を続けた。


 「血を捧げた瞬間から、ディノとは意識がずっと繫がっている。寝ていても起きていても、ドラゴンの体調が悪いときは心がざわついたり、彼らが危険を察知したときは、やけに嫌な予感がしたりするんだ。

 馬にはドラゴンみたいに意識を共有する感覚はない。でも……この数日間、ヴェルーカと心が繫がったと感じた瞬間が何度もあったんだ」


 セロは馬房をふり返って、ヴェルーカの鼻をそっと手のひらで包んだ。桃色の鼻孔からフウッフウッと吹き出される熱い息には、命の鼓動を感じさせるものがある。


 「……さっきの質問に正しく答えると、ドラゴンならディノ。馬ならヴェルーカが一番好きだ」


 「おおいっ!何だよ、せっかく感動しかけてたのに!結局はドラゴンと同じってことじゃないか!」


 呆れ顔で抗議するケリーに、セロは真面目な顔で言い返した。


 「仕方がないだろう。僕にとっては、ディノもヴェルーカも同じくらい大切なんだ。どちらか片方を選ぶなんて無理だ」


 ケリーは短く息をついて、すぐに肩を震わせた。


 笑っているのだ。


 「ふはっ!まあ、セロの口から直接、ヴェルーカが好きって聞けただけでもいいか!それにしても、おまえさ、なんかヴェルーカに似てきたよな?」


 「まさか」


 ケリーはよいしょっと立ち上がった。


 「だってさ、ディノとヴェルーカ、どっちも大好きだから選べないんだろ?それって、リンゴとニンジンを目の前にしたヴェルーカと同じだぜ。どっちが片方だけって言っても、迷わず両方にかぶりつくんだ。今までに何度、グレイのおやつを取られたことか!」


 「ヴェルーカらしいな」


 セロはヴェルーカを見つめて、困ったように笑った。


 一週間前に比べると、ほんの少しだけお腹が細くなった気がする。見るたびに漂っていた牛っぽさも、ちょっとは薄れただろうか。


「外に出たら、道草を食べられないようにしないといけないな」


 「ハハッ、そうだな!食いしん坊のヴェルーカが本気で食べ始めたら、きっと森中の草がなくなるぜ!」


 ケリーがおかしそうに笑うと、ヴェルーカはブウッと鼻を鳴らして両耳を後に絞った。


 キッと尖った目で睨みつけて、後ろ足で馬房の壁を蹴る仕草をするヴェルーカは、まるで『そんなことないもん!』と必死で訴えているみたいだ。


 「ごめん、ごめんって!冗談だよ冗談!ほら、そんな風に怒ってたら、かわいいお顔が台無しだぞ?」


 ヴェルーカは牛柄のお腹を膨らませて、大きなため息をつくと、また鉄格子の隙間から鼻を出した。


 どうやら、人間の女の子同様「かわいい」や「おやつ」という言葉に対して敏感なようだ。


 「壁を蹴るぞ!」という威嚇はしても、実際に蹴ることはない。頭のいいヴェルーカはきっと、壁を蹴れば怒られることがわかっているのだろう。


 いや……もしかすると、ああやって怒ったふりをすれば、ケリーが謝るとわかっていたのかも知れない。


 「こういうところ、本当に人間みたいだよな。一体、誰に似たんだか」


 ケリーはニッといたずらっぽく笑う。彼の頬に残る傷跡も、笑顔につられて形を変えた。


 セロの瞳が穏やかに細められたそのとき。


 夕焼けの温かい光が差し込む天窓から、夕刻を告げる鐘の音が降ってきた。


 もう、こんな時間か……楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。


 お腹を空かせたディノのためにも。そして、最後の旅支度を済ませるためにも。セロはドラゴン乗りの学舎へ戻らなければならない。

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