表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらの森  作者: ivi
第三章 ―旅立ち―
100/122

第100話 馬とドラゴン

 ヴェルーカの馬房へ向かっていたセロの耳に、聞き慣れた声が響く。


 「おお、来たな!待ってたぜ、セロ」


 セロは顔を上げた。


 「遅れてすまない」


 「気にすんなって」


 ケリーは馬房にいるヴェルーカと扉越しに遊んでいる。薄桃色の鼻を緑色に染めた馬は唇をとがらせて、おやつをねだっていた。


 「……いよいよ、明日だな」


 ケリーはヴェルーカの鼻を指でつつきながら呟いた。


 「……そうだな」


 しんみりとした空気に耐えられなかったのか、ケリーはすぐに口を開く。


 「絶対、無事に帰って来いよ。セロもヴェルーカも、必ず二人そろって帰って来い」


 セロが頷くと、ケリーはようやく向き直った。


 「ヴェルーカは、二人も騎士を失ってる。きっと、三度目はない。次に騎士を失ったときが、ヴェルーカの最期だ」


 「わかっている。必ず、生きて帰るよ」


 「うん。頼んだぜ、セロ」


 ケリーは馬房の扉に背を預けて座り込んだ。騎馬戦で疲れてしまったのか、いつもの元気が感じられない。


 「それにしても……どうして、あんな無茶をしたんだ。騎乗できる状態じゃないことは、君自身が一番わかっているはずだろう」


 セロにたしなめられると、ケリーは照れくさそうに頭をかいた。


 「へへ……っ。オレさ、一度でいいからセロと本気で戦ってみたいって思ってたんだ。明日からしばらく会えなくなるだろ?だから、今日が最後のチャンスだと思って」


 深いため息をつくセロに、ケリーは歯を見せて笑った。その表情には少しも影がない。夏が過ぎても咲き続けるひまわりみたいな、屈託のない笑顔だった。


 「何かさ……この一週間、本当にあっという間だったよな。ちょっと前までは、手入れも引き馬もたどたどしかったのに。ほら、覚えてるか?最初に手入れしたとき、セロはヴェルーカのおもちゃになってたよな」


 「ああ、そうだったな」


 騎士の訓練場に来た初日。


 セロは使い慣れない鉄爪を手に持って、ケリーの説明通りにヴェルーカの隣に立った。


 蹄の裏側を鉄爪で掘る……はずだったのだが、あの日のヴェルーカは頑なに前足をあげようとしなかった。


 「どうしたんだ?」


 繋ぎ場の外にいたケリーが首を傾げた。


 「足が痛いのか?」


 ケリーは左手を伸ばして馬の足に触れた。膝下の薄い皮膚は、ひんやりとしている。


 「うーん……?熱はなさそうだけど」


 セロはもう一度、ヴェルーカの前足に手をかけた。


 さっきより強く馬の肩を押すと、小さなヴェルーカは簡単に揺らいだ。バランスが崩れたのか、ヴェルーカは体勢を立て直そうとして片足を上げた。


 「お、上げてくれたな」


 二人が安心したのも束の間、ヴェルーカは上げた足を瞬時に前に出して、難なくセロの手から逃れた。彼が蹄を目で追うと、ヴェルーカは前足を器用にクロスさせて、足を取られないようにしていた。


 「ハハハハハッ!なんでそうなるんだよ!ヒヒヒッ……はあー、おかしいっ!」


 ケリーが爆笑しているのを見ると、ヴェルーカは満足そうに鼻を鳴らした。セロにちらりと視線を向ける顔には、どこか人間じみた表情が浮かんでいる。


 馬に遊ばれているのだと、すぐにわかった。


 「……何だ?」


 不機嫌そうに眉をしかめるセロを一瞥すると、ヴェルーカは勝ち誇った顔で前足を上げてみせた。


 駄目だ、完全に舐められている。


 『また遊ばれるのでは……。』というセロの心配に反して、ヴェルーカは今までの態度が嘘のように、素直に足を上げてくれた。


 蹄から固まったおが粉や土が落ちると、歪な形の空洞が現れる。


 そういえば、馬の蹄の裏がどんな形をしているかなんて、一週間前までは知りもしなかったな。


 「まあ、今でも遊ばれてるんだけどな」


 ケリーに笑われて、セロは肩をすくめた。


 ヴェルーカの遊びに対する探求心は、これから先も尽きることはないだろう。


 「エダナがいたときも、こんな感じだったのか?」


 セロが訊ねると、ケリーは膝に頬杖をついて首を横にふった。


 「いいや、こんなに甘えん坊じゃなかったぜ。今より、しっかり者のお姉さんって感じだった。まあ、エダナもヴェルーカも女の子だしさ。もしかしたら、ヴェルーカはエダナに負けないように気取ってたのかもな」


 「乗り手の性別によって、馬は変わるのか」


 「うん、そうらしいぜ。特に牝馬は人を見るんだってさ。馬っておもしろいだろ?人間みたいに性格も個性も違ってて」


 ケリーはニヤリと唇を歪めた。


 「ちなみに聞きたいんだけど。馬とドラゴンだったらどっちが――」


 「ドラゴン」


 一週間前と同じく即答されて、ケリーは大げさに肩を落としてみせる。だが、彼は悔しがるどころか、面白がっているようだった。


 「……だと思っていた」


 「えっ?」


 親友が続けた予想外の言葉に、ケリーの笑顔が消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ