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最も残酷で最も温かな愛 短編集  作者: 春風 咲来
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命と心についての研究 メディケ&クラース+クヴァ&エダム編(過去) 永遠の追憶.クヴァ編(過去モノローグ)

<命と心についての研究>

生まれた時から病弱で、何と引き換えにしても救いたいと思っても失われた我が愛しの息子の命、年は10にも満たぬまま、どれほど強く願えども明日を見ることは叶わなくなってしまったクラース。

医者として研究を重ねても救う事の出来なかったその死から、もう何年たっただろうか…

気づけば妻にも出て行かれて、何もかも失った今、抜け殻のように生きている自らの生に価値があるのか疑問を覚え、感情の赴くまま、死に場所を求め森の奥を彷徨っていた。

その時、私は衝撃の光景を目にする。

謎の生物に首を噛まれた人間が、亡くなったかと思った矢先、たちまち姿を変えて蘇ったのだ。

これだ…!と思った。 この生物の再生技術を駆使すれば、クラースを生き返らせることに成功するかもしれない…!!


私はすぐさまその生物に近づこうとしたが、気が狂ったように暴れ回っていて思うように近づけない。

「ほら、エダム。食事の時間だよ〜」

どこからともなく、暴れ回っている生物と同じ生物を繋いだ鎖を持った青年が現れ、繋がれている方の生物が暴れていた2体の生物をたちまち体内に取り込んだ。

「その生物の血液を、分てくれないか?」

気づけばそう口にしていた。

「君は?僕の愛しい片割れの血を一方的に要求するだなんて、ずいぶん不公平な取り引きじゃない?」

青年は不思議そうに、だが、私を値踏みするような目でじっと見つめた。

「私は、町医者のメディケだ。息子の命を救う研究のために、その生物の血液が欲しい。代償は、そうだな、私が今まで研究した薬の使用許可でどうだ?世間には出回ってないものも山ほどある。

それと、私の研究が成功したら、次は君の望む研究をしよう。」

命を甦らせるなんて禁忌の共犯者としてふさわしいかどうか彼に探りを入れると、さぞ愉快だというように契約は成立した。

「へぇ、乗った。僕の名はクヴァだ、覚えておくといい。」


生物の血を手に入れた私は、クラースの墓を掘り返し、再び研究に没頭した。

病気を治すための研究ではなく、人工的に生命体を生み出す研究だ。

寝る間も惜しみ、あらゆる研究を組み合わせ、分析し直し、腐敗した肉体を再生させ、ついに……奇跡が起きた。


「クラース…!ようやく目覚めたか…!よかった…」

自分でも信じられないが、目を開けた。

蘇った感動のままに抱きしめるが、反応はない。

「……?」

「クラース…?私だ、父のメディケだ。」

「……、……、」

クラースは何か言おうと口を開くが、そこに音はない。

なんという事だ、私の研究は、最も重要な一点において、欠けてしまったのだ。

蘇ったクラースには、元の息子のクラースとしての記憶も、心も、何一つ存在していないに違いない。

そこで、私は初めて己の愚かさと悍ましさを知った。



「哀れな命よ、本来その体に収まっていた魂はとうにこの地にない。

そなたは、無理やり甦らされた肉体に生み出されてしまった、心とも魂とも呼べぬ空っぽの存在だ。」

クラースの脳内に、ある声が響く。

「……?」

クラースはそこがどこなのか、自分の意識という感覚さえ分からない。

「やはり、教えても分からないか。

申し遅れたが、僕は君の再生に使われた血の持ち主、エダム。

魂はゾンビと化した体に戻れぬまま、しかし、ゾンビとしての体が滅びぬ限り地上に囚われ続けている、君と似たような存在。」

事情は違えど、身内に振り回された身の上としてエダムはクラースに同情する。

「君の存在はいわば、赤子に兵器のスイッチを持たせたようなもの。とても無知で、容易く命を奪うほど危うい。

僕は、ゾンビの方の肉体が滅びるまで、この地を彷徨い続ける魂に過ぎない。

これも血を分けた縁だ、君を見守ることにしよう。」

僕の意思ではないにしろ、僕の血や僕の身内の判断で、また新たな過ちが起きてしまうのは癪に触るし、この子もかわいそうだ。


「メディケ、研究はどうだ?」

メディケの家に、ふらりとクヴァが訪ねてきた。

「成功したが、大失敗だ!」

メディケは頭を抱える。

「医者兼研究者のくせに、なんて矛盾なんだ。」

クヴァは、やれやれというように鼻で笑う。

「あれを見てくれ。」

促されるままあたりを見渡すと、部屋はボロボロになっていた。

「これは君の趣味ではなかったんだね、メディケ。」

気の毒だというようにクヴァは肩をすくめる。

「いっそのこと、クラースも鎖で縛り付けちゃえばいいんじゃないの?僕のエダムのようにね。」

うっとりとした表情でクヴァはそう提案する、

「お断りだ。そんな非人道なこと。」

「果たして、非人道はどちらだろうね?」

精神的な付き合いになると、お前とは気が合わない。

二人は互いにそう判断を下した。


メディケは何日も何日もめげずにクラースを人らしく教育しようと試み、元の息子の記憶は戻らなくても、せめて心を芽生えさせようと幾千もの言葉を教えた。

その甲斐あってか、クラースは簡単な反応を示すようにはなった。

しかし心の芽吹き、自分で学ぶ力、言葉を操る力を身につけるには程遠かった。

「何度も言っているが、この力加減じゃ人間には痛いだろ!」

「…!……。」

「怒られたらごめんなさいと謝るんだ!」

息子の姿をしているのに、能力が何もない。

心優しく表情豊かだったクラースの顔が、明るい声が脳裏によぎり、余計に苛立ってしまう。

「パパ…パパ…」

項垂れているメディケを心配したのか、偶然なのか、クラースはやっと覚えたその単語を繰り返す。

お前は一体なんなんだ、姿は息子のクラースそのものなのに、その存在は一体… 失敗した研究を壊してしまいたいと思っても、その姿が邪魔をする。

「パパ?」

私が反応を返すまで反復されるその言葉に、やっと呼ばれた時の喜びも忘れ、余計に苛立ちがつのる。

そして、ついに口にしてしまったのだ、言ってはいけない呪いの言葉を。

「貴様にパパと呼ばれる筋合いはない!

貴様はクラースの姿をした別人だ!返してくれ!元に戻してくれ、私の愛しの息子クラースを…!

もう出て行け!!」

口から出てしまってから、静寂に冷静になった。

もう二度と帰ってこない息子への喪失感と、醜い感情を吐露してしまった動揺に襲われる。

怒鳴ったところで、どうせ理解していないだろうと高を括っていたが、クラースは家を飛び出して行ってしまった。

「そんな、待て…!クラース…!!

ああ…なんて事だ…っ」

血の涙を流せども、一度失ってしまったものは戻らない、それは痛いほどよく知っているはずだった。

取り返しのつかないことをしたと改めて深く思い知らされて、冷え切った涙の痛みで頬がひりつこうとも、止まることを知らなかった。



「!!…!?……、……、……」

混乱するまま、クラースは森に迷い込んでいた。

メディケに拒絶された事で、心を知らないクラースにはまだ理解できなかったが、彼の胸にぽっかり穴が空いて初めて、悲しみや喪失感に似た何かが、感情が生まれていた。

すると、いつもの声がクラースを導く。

「これを摘んで渡すといい、この花の花言葉の一つには、私を拒絶しないで、という仲直りの意味があったはずだ。

ほら、早くお行きなさい。彼もきっと君を心配しているよ。」

花の場所の目印のようにふわふわと舞い、エダムの魂は優しく微笑むように淡く柔らかな光を放つ。

「…!」

クラースはそっと一輪の花を摘むと、メディケの家へ走り出した。

その時クラースのクラースの表情は、エダムの魂のように柔らかく微笑んでいるように見えた。

クラースが森で迷わぬように、自分達のように愛し合うが故にすれ違って、取り返しのつかないことにならないように、エダムの魂は、クラースの帰り道を照らし続けた。

その光は、クラースにしか見えない希望の道標だった。




「ごめん…なさい…」

メディケの元に辿り着くと、クラースは摘んできたであろうオレンジの花の花束を差し出した。

「……!今、ごめんなさいって…

それに、花を自分で摘んで…!」

花が潰れていないところを見ると、力加減にも成功したのだろう。

「なかなおり、ごめんなさい、」

「あぁ、そうだよ…!そうだよっ……私の方こそごめんなさい、だ。戻って来てくれて嬉しいよ、クラース。

それに、素敵な花をありがとう。ありがとう、感謝の言葉だ。」

それは、謝罪の言葉ばかりを要求してしまった私に、息子の死を受け入れられなかった私に、業の重みを示すと同時に、希望の欠片となるのだった。




<永遠の追憶.>


「クヴァ、お前は今日からエダムの影武者として生きろ。」

「何で?どうして?嫌だよ…!お父さん…!」

「もう私を父と呼ぶな…!」

「っ…!」


「大丈夫…?クヴァ…」

「エダム…もう僕達は、二人で一人じゃなくなってしまったのかな…」

「そんな事ないよ…!クヴァ。僕達はずっと二人で一人だよ。」

「あぁ、僕の愛しい弟、僕だけのエダム。」

全てを失っても、君だけは僕の……


「聞いてよ!クヴァ!今日会った僕の婚約者だっていうリリーちゃんって子と仲良くなってね!クヴァにも会いたいって!」

あぁエダム、エダムまで僕を一人にするの…?

約束したじゃない!お願い、僕を置いてかないで…!

「へぇ、よかったじゃない。僕の分まで幸せになるんだよ、エダム。」

嘘だ、嘘だ、嘘だ、幸せも悲しみも、僕達は半分こでしょ!?

ねぇっ…これ以上僕から何も奪わないで…エダムを、一番大切なものを…


「エダム…これが正しかったのか僕にはわからない。

けれど、僕達はずっと一緒だよ。

これでよかったんだよね…これでよかったんだ…

愛しい愛しい僕だけのエダム…」

返事は、獣の吐息と鎖の音。


眠りにつけば、何度も繰り返し、僕達が一番幸せだったあの日の夢を見る。

双子、生まれた時から両親の愛情は二人分、たった一人の兄弟が生まれながらにいる幸せ。

僕達にはそれが当たり前だと思ってた。

当たり前は変わらないと思ってた。

僕達はずっと一緒だって。

そう、永遠に…


夢の中に戻れば、追憶に浸れば、あの暖かな幸せな時間が蘇る。

「クヴァ大好き!」「エダム大好き!」

「約束しよう!僕達は永遠に二人でいるって!」

「うん!約束だよ!クヴァエダム、僕達の名にかけて!」

変わらぬ愛を、永遠を、疑う事なく信じていた。

無垢で愚かで、ただ美しかったあの頃。

本当に愚かなのは今だろう、全てを知った気になって、間違いなどないと弱い心を強がりで気づかぬふりをして、余計に傷つく。


僕だけのエダムになって、これ以上の幸せはないはずなのに、埋まらないものはなんだろう。

一度壊れてしまったものは、もう二度と戻らない。

壊された僕の心は、どうしたらあの頃のように無邪気に、暖かな鼓動を刻むのだろう。

脈打つ度に、冷え切った心臓から血液が巡り、冷え込むばかりだ。

僕は、なぜ生きて、どうしても欲しかった唯一を手に入れたはずなのに、なぜ全てを失ってしまったのだろう。


苦しみに耐えられなくなり、考えることを放棄して、泥のように眠る。

そしてまた、幸せな夢を見る。

「おきてよ、クヴァ。あそぼう!」

「うん!きょうはなにしようか?」

「?クヴァ、なんでないてるの?」

「ないてないよ、エダムこそないてる。」

「えへへ、つられちゃった。おそろい。」

「えへへ、かわいい。おそろいだね。

ほら、あそびにいこう!」

「おいかけっこしよう!クヴァ!」「おいかけっこしよう!エダム!」

「まけないよ!エダム!」「まけないよ!クヴァ!」

「たのしいね!」「たのしいね!」

「きっとずっとずっとたのしいよ、エダムといっしょなら。」

「きっともっともっとたのしくなるよ、クヴァがいるなら。」

「うれしいな!」「うれしいな!」

「きゃっきゃっ」「きゃっきゃっ」

「いひひっ」「いひひっ」

「クヴァ!」「エダム!」

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