無二の幼なじみ ウェル&イクェス編(過去)
「誰にも言うなよ、イクェス!俺はもう決めた!この家を出る!
お前もついてこい!」
ふんっと鼻を鳴らしながら、12歳の第一王子ウェルは、共に育った側近の騎士イクェスにだけ大きな声で宣言する。
「ウェル、この家を継ぐのにお前よりふさわしいやつなんていないんだ。旦那様も奥様も騎士団長や召使いだって、紛れもなく王位継承権第一位にふさわしいってみんな言ってるぞ!」
イクェスは主人よりも鼻高々に、胸を張ってそう宣言する。
「でも…だって…」
一番信用しているイクェスに否定され、ウェルが泣き出しそうになっていると、突然ドアが開いた。
「安心するといいさ、イクェス。兄様が継がなくても、王にふさわしいこの俺がいるからな!」
ドアを開けるなり、苛立たしげに挑発してくるのは、ウェルの異母弟である第二王子のアエスタスだ。
「なんだと!?ウェルの方がふさわしいに決まってる!!」
イクェスとアエスタスの喧嘩がはじまりそうになり、ウェルはため息をつく。
「もう、こういうところだよ…もっと普通に、兄弟として…」
「もうっ!みんなうるさいわねぇ、だから男を王にしない方がいいのよ。ヒエムスもそう思うでしょ?」
騒音に耐えられなくなったのか、隣の部屋からバタバタとやってきたのは、ウェルの実妹と異母弟の、アウトュムとヒエムスだった。
「はぁ…僕はどちらでも。とにかくしずかにしてくだされば、本を読むのに集中できないじゃありませんか…」
淡々と冷ややかにヒエムスは告げる。
「第一、ウェルお兄様の次の王位継承権は、第一王妃の娘であり第一王女のあたしにあるのよ!アエスタスお兄様っ。」
アウトゥムとアエスタスはそりが合わないのに加え、王位継承権の順序の判断も曖昧だ。
「女のくせに何言ってるんだよ!俺のお母様は、城の舞踏会でお父様直々に求婚されたそうだぞ!最初から結婚が決められていた第一王妃より偉いんだ!」
「ふんっ、それだって今は愛想を尽かされて、ヒエムスの母親に夢中じゃない。だいたい、あたしとウェルお兄様のお母様は容姿端麗で家柄もよくて聡明で非の打ち所がないって評判なのよ!!」
「それをいうなら第一王妃だって、今は愛想を尽かされてるじゃないか。」
「アエスタスお兄様の根拠のない自信と性格の悪さは、第二王妃譲りね。」
「それをいうなら、アウトゥムの女王になりたがるところだって、所詮親の力だろう?」
お互いの痛いところをつきあって、いつのまにか二人とも泣きそうになりながらも、言い争いはヒートアップしていく。
「いい加減やめないか、アエスタス、アウトゥム!
兄妹なら仲良く!王妃様達にも失礼だぞ!」
先程までとは打って変わった威厳のある雰囲気を纏い、ウェルは二人を嗜める。
「ウェルの言う通りだ!第一王妃様が一番だけどな!」
二人がハッとして反省しかけたところに、イクェスが水を差す。
「イクェス…悪いが、少し黙ってろ。」
ウェルが呆れたように頭を抱えると、イクェスはたちまち口をつぐんだ。
「なんでみんな王位継承権がそんなにほしいの?肩書きがつくなんてめんどうくさい。いまだって苦労はしないのに。」
気だるげにヒエムスが疑問を口にする。
「僕のお母様が、僕を次の王にするって張り切っちゃってしつこいんだよね…」
年の近い四人の兄弟、産まれた時から必然的に王位継承権を争う事を求められ、比べられていた。
ヒエムスは、身寄りのない召使いから王妃になった第三王妃から産まれた末の息子の分、大きく他の兄弟たちから出遅れていた。
本人は特にそれを気にせず、伸び伸びと育ち、やや他の兄弟より冷静で物静かな子供に育った故に、アエスタスとアウトゥムを始め、第三王妃の元召使い仲間や、古くから付き合いのある有力貴族たちには、疎ましがられたり気味悪がられる事が多かった。
「ウェルお兄様、家出するなら、僕も連れて行って?」
母親譲りの可愛らしい雰囲気を纏い、ヒエムスは上目遣いでねだる。
「やっぱり俺は、お前たちが心配で家出はできないよ…
毎日大変なことになりそうだ…」
自分が出て行った時の様子を想像し、ウェルは項垂れた。
「もっと、街の、普通の兄弟みたいになりたいな…」
ウェルが唯一信頼できるのは、幼い頃からずっとイクェスだけだった。
悩みは解決しないまま、眠れぬベッドで一晩中考えた末にウェルはある決断をした。
夜明けと共に、ウェルは弟達を自身の部屋に呼びつけた。
「おはよう!朝から悪いな。今日お前たちに話したいことは、簡単に言うと俺たちが争う理由についてだ。」
何を今更と言った態度で、皆首を傾げる。
「そもそも、俺たちがなぜ生まれた時から競い合っているか、それは王位継承権問題はもちろんだが、恥ずかしい話、俺たちのお父様にも原因がある。お父様は優秀な方だが、三人の王妃様や俺たち実子への愛情の差を露骨に表に出しすぎる。
それが召使い達や、貴族達からの差別を助長させる事につながっているのではないかと思った。お前たちはそう思わないか?」
ウェルの問いかけに、皆ハッとしたように目を見開く。
「それが原因だとしても、どうしたらいいのさ。人の心を変えるなんて不可能だろ。」
真っ先に、否定的な意見を出したヒエムスは、面倒ごとに巻き込まないでくれというように部屋から出て行こうとする。
ヒエムスにつられ、どんよりとした空気が流れそうになると、ウェルはヒエムスを呼び止め、今まで見たこともないような顔でニヤリと笑った。
「だから、俺たちが団結して、お父様たちを呼び出して見せつけてやればいいのさ。
お父様だって、俺たち全員のことが可愛くないはずないだろ。」
ウェルの作戦に従って、四人は作戦を決行した。
その作戦とは、シンプルに普段から積りに積もった父への不満を訴える事だ。
「お父様、いつも俺たちを見守ってくださりありがとうございます。本日はお願いがございまして、お時間を頂戴いたしました。」
うやうやしくウェルが王を見上げると、さすが優秀な長男だと上機嫌に目を細めた。
「あなたのことは、実力のある方だとは思っていますが、
俺の母を、これ以上傷つけないでください。
俺がウェルお兄様に敵わないのは、悔しいけど、痛いほどよくわかっています。
俺はあなたからの愛情をこれ以上求めたりなどいたしません。
ただ、あなたに騙され王宮に入り人が変わってしまった母のことだけはかわいそうだ。
差別を続けるなら、俺たちを中途半端に可愛がったりせず、ここから解放してくれ!!」
アエスタスが、泣きながら訴える、その瞳には憎しみが滲んでいた。
いつか王に選ばれるため、愛情を求めて、自分の言うことを誰よりも忠実に聞いてきた次男からの悲痛な訴えに、王は意表をつかれた。
容姿こそ類稀なる美しさだが嫉妬深い性格の第二王妃の事を、だんだんと疎ましく思うようになっていた自分の心が、余計に妻の心を壊し、息子の心まで蝕んでいた事実に、王は初めて気付かされたのだ。
「女だから、女なんだからって、禁止してばかり。姫が生まれてかわいくて仕方ないのはわかるけど、あたしのことを舐めすぎよ…!あたしだってね、お兄様たちと同じようになんだってできるのよ!」
アウトュムも窮屈だった生活への不満をあらわにする。
その時のアウトュムの気の強さは、兄弟の誰よりも優っていた。
「僕は、特に不満もないんだけど。お兄様やお姉様の願いは聞いてあげなきゃ父といえど軽蔑するよ。
ほら、この本にも書いてある。お父様が僕達にしてることは、非道だ。」
ヒエムスが抱えていた本は、法典や倫理に関する難しい本で、同世代の子供達より遥かに上をいっていた。
「ああ、そうだ。生まれつき病弱だった僕に、医療費だけ出して一度も見舞いに来てくれなかった事、一生忘れないから。」
母親似の愛嬌のある顔で、冷ややかに微笑まれると、王は背筋が凍る思いだった。
「最後に俺からは、兄弟仲良く差別なく過ごしたい。それが俺の願いの全てだ。」
どんな耳の痛い話が出るのかと思ったら、そう力なく微笑まれて、王は拍子抜けすると共に、今までの自分がどれほどひどい行いをしていたのか思い知らされ、自分が愚かしく惨めだという事を知った。
「ウェル、アエスタス、アウトュム、ヒエムス」
全員の名を呼び、視線が自分に向いている事を確認すると、王は椅子から降り、中心で土下座をした。
「すまなかった…お前たちの気持ちも顧みずに…
謝っても許されない事だとはわかっている、虫のいい話だとも、ただ、もう一度、親子としてやり直すチャンスをくれ…!」
召使い達は王が謝った事、さらには土下座をしたことに驚き、目を疑った。
静寂に包まれる中、兄弟たちも目配せをして、召使い達も自然とウェルの言葉を待った。
この瞬間、誰もが、紛れもなく次の王になる器や才能はウェルに備わっていると悟った。
「もう二度と、俺の自慢の弟達を侮辱しないと約束してください。
約束を破ったら、俺達はもうあなたの息子としてではなく生きる。誤解しないでほしいが、俺達はあなたを父として尊敬もしているし、愛情も求めているんだ。
これ以上、俺たちの誇りを裏切らないでください。」
父を真っ直ぐに見つめて、ウェルはそう言い切った。
その気迫に、誰もが圧倒された。それは、父も例外ではなかった。
その日から王は心を入れ替え、より良い王、より良い父、夫となるべく一から己を磨き、兄弟間の仲も城の雰囲気も以前より格段と良くなった。
中庭にて、ウェルとイクェスは剣の稽古の合間の休憩をしていた。
「しかし、あの時のお前といったら、本っ当にかっこよかった!
流石我が主、この家に代々仕える騎士の息子としてお前と同じ年に生まれ、生まれながらの側近として共に育った。
俺の人生においてこれ以上の幸運はない。
何よりの誇りだ!」
王に土下座させたウェルを思い出し、イクェスが目を輝かせると、ウェルはイクェスに勢いよく抱きついた。
「本当はね、俺、すっごく怖かったんだよ、イクェス。」
あの時の威厳は影を潜め、押し殺していた恐怖が安心して溢れ出し、ウェルはイクェスに泣きついた。
そんなウェルに驚きつつも、イクェスの心は、自分にだけ弱みを見せてくれた喜びと、そんな主人をどんなものからも守りたいという強い使命感、守ってみせるという固い誓いが刻まれた。
「我が主、ウェルに永久の忠誠を誓おう!」
大人の真似事をして、イクェスがウェルに跪く。
「イクェス!かっこいい!!」
先程とは逆に、ウェルがキラキラとした瞳でイクェスを見つめる。
「お前の騎士だからな!最高にかっこいいのは当たり前だろ!」
イクェスが胸を張ると、ウェルは少し背の高いイクェスの胸に再び顔を埋めた。
「イクェス大好き!俺も、お前に相応しい最高の王になるね!」
晴天の下、ウェルとイクェスは、いつまでも笑い合っていた。