なんでこうなるの!!!
何でこうなったかは、ご自分で考えてくださいまし
男って哀れな生き物ですね トホホ
由紀夫が自分の部屋に戻ると、ダイニングでは二人のエリカが仲良くお茶を飲んでいた。テーブルに二人並んでいると、どっちがどっちだかまるで見分けが付かない。まあ、それはそうだろう、何しろ一方は完璧なクローンなのだから。どちらも身支度を整えて、同じような黒いニットを着ている。仕草も、声も、髪型も、化粧の仕方もまったく同じだ。
おや、ピアスをしていない方がクローンなのだろうか。これは発見だ!
二人のエリカは由紀夫の顔を見るなり、同じように手を振ってきた。
「由紀夫、こっちで一緒にお茶しましょう!」
声の揃った呼びかけに、由紀夫は複雑な心境になりながらも、気分良くそれに応じて彼女達の正面に坐った。
「さて、実験はパーフェクトだったようだね」
由紀夫がそう言うと、ピアスをしているエリカが口を開いた。
「そう?私ってもっと痩せてない?」
すると、ピアスをしていないエリカが口を尖らせながらそれに答えた。
「これで十分よ。痩せすぎよりまし」
「そうかしら」
「そうよ」
今にも二人がさっきみたいな言い合いになるのではと思い、由紀夫ははらはらしながら慌てて口を挟んだ。
「二人共一緒だよ。十分過ぎる位いいスタイルだ。間違いない」
すると、二人は同時に微笑を向けた。
「あら、ありがとう」
由紀夫は一つ咳き込むと、言葉を続けた。
「と、ところで、ピアスをしていない方が、クローンのエリカだよね?」
「そうだけど、私は私よ」
「そうだけど、何しろ全てが一緒だからこっちは分かりづらくてさ」
「それもそうね」
ピアスをしていないエリカは大きく頷いた。由紀夫は安心したように胸を撫で下ろすと、言葉を続けた。
「エリカは・・・」
同時に二人が「何?」と言って振り向いた。
まったくややこしい!
由紀夫は慌ててピアスのないエリカに顔を向けて喋りだした。
「君は、ピアスをしない様にね。でないと僕が分からなくなっちゃうから」
すると、彼女はすぐに不満そうに口を歪めた。見慣れたエリカお得意の顔だ。
「えぇー、そんなのやだ!勝手に決めないでよ!何で私だけ駄目なの?彼女だってしてるのに!私だってピアスしたい!絶対開ける!」
「だ、だけど、それじゃあ僕が・・・」
すると、ピアスのエリカが口を挟んできた。
「ピアスなんてしなくても、十分にあなたは可愛いわよ。私はそう思うけどな」
自分がピアスをしている事はお構いなしなのが、まったくもってエリカだ。すると、ピアスのないエリカは、気分が良くなったのか髪をかき上げながら口元を緩めた。
「あら、そう。じゃあ、しないでもいいかも」
相手の矛盾よりも自分の気分を優先して、なおかつお世辞に簡単に乗ってしまうのも、まったくもってエリカだった。
由紀夫はついおかしくなって、思わず笑ってしまった。
すると、二人のエリカの右眉が同時に攣り上がった。見慣れた不機嫌な表情だ。
「何がおかしいの?」
由紀夫は慌てて首を振った。
「私、あなたのそういうところがイラっとくるのよね。馬鹿にしてるみたいな」
「そうそう」
二人のエリカは同じように眼を細めて、由紀夫を責めだした。
「大体、冷蔵庫にはオレンジジュースを絶対切らさないでって、あれほど言ったのに」
「そうよ、私達、コップに半分ずつ飲んだんだからね。クロワッサンも足りなかったし」
「いや、それは今日買いに行こうと・・・」
「言い訳しないで!」
二人のエリカは打ち合わせでもしていたかのように、非難の声を揃えた。一人でも辛いのにダブルで攻撃されると、ダメージは二倍以上だ。由紀夫は溜まらず、話を逸らそうと大げさな身振りで話を始めた。
「それは悪かったね。ごめん。と、ところで、どうだい?ご飯でも食べに行かないか?もう、十二時過ぎているから。僕もお腹空いてるし、君達だってまだ足りてないだろ?」
すると、二人は顔を見合わせて大きく頷いた。由紀夫は間髪いれずに口を開いた。
「よし、決まり!外にご飯を食べに行こうね。そうだな、何を食べに行きたい?」
そう言ってから、由紀夫は後悔した。エリカの食へのこだわりはすごいのだ。ここで二人の意見が合わなかったら、喧嘩が始まるに違いない。そして、思ったとおり、二人の意見は割れた。
「お蕎麦!」
とピアスのエリカ。
「うなぎ!」
と、ピアスなしのエリカ。
二人は思わず顔を見合わせ、由紀夫の目の前でパチパチと火花を散らした。
「私、今日は軽めの食事にしたいな。うなぎなんてちょっと重た過ぎるわ」
「私、なんだかお腹減っちゃってるの。蕎麦なんかじゃ足りなくて困っちゃう。それに、約束してたもん。ねっ、由紀夫」
そう言って、ピアスなしのエリカがウィンクしてきたので、由紀夫は思わずデレッとなって頷いた。すると、ピアスのエリカがむっと顔を赤らめて、キューブの砂糖を由紀夫の顔に投げた。
「嫌だわ、デレッとしちゃって!」
「だって、エリカがウィンクしてきたら嬉しいじゃないか!仕方ないだろ!」
「でも嫌なの!」
「もうやめてよ、妬くなんて子供みたい」
そう言って、ピアスなしのエリカが勝ち誇ったように言うので、ピアスのエリカはむくれてまた砂糖の欠片をいくつも投げてきた。
「馬鹿!」
「ちょっと、やめろって!」
由紀夫は顔の前を手でふさぎながら、体をのけぞらせた。その瞬間にバランスを崩してしまい、由紀夫の椅子はひっくり返り、大きな音が響いた。衝撃が由紀夫の背中を伝う。それほど痛くはなかったけど、それ以上に驚きで呆然としてしまい、しばらく動かないまま天井を見上げた。すると、心配そうな二人のエリカの顔が視界に入ってきた。
「大丈夫?」
二人の揃った声は、少し震えており、自分でもびっくりしている様だ。なので、由紀夫は作ったような笑顔を顔に貼り付け、口を引きつりながら
「大丈夫!」
と言ってお親指を立てた。二人のエリカに心配されると、なんだか二倍優しさを感じるから、それが何とも言えず嬉しい。彼女達は由紀夫の両脇に腕を入れて、彼をその場に立たせてくれた。
「全然平気だから。ちょっとバランスを崩しただけさ。なんともないよ」
由紀夫がそう言ってエリカに笑いかけながら彼女の肩を撫でると、触れていない方のエリカが申し訳
無さそうに口を開いた。
「ごめん。ごめんなさい」
なぜかもう目に涙が溜まっている。肩を力なく下ろしながら、目を手で覆って俯き始めた。
まずい!泣き出すぞ!
由紀夫は慌てて、すぐにピアスのエリカの肩を抱いて慰めにかかった。
「大丈夫だって。泣かないの。ほら、全然痛くも痒くもないからさ。泣かないの」
由紀夫の優しい言葉に、ピアスのエリカは鼻を啜りながら、何度も頷いた。手で涙を拭う姿は、とってもいじらしい。
すると、あろう事か、ピアスなしのエリカまで泣き出してしまった。
「な、何で君が泣くの?」
思わずそう聞く由紀夫に、ピアスなしのエリカは泣き声交じりにこう応えた。
「だって、だって!私が泣いてるんだもん」
勘弁してくれ!
由紀夫は天を仰ぎたくなったが、ピアスなしのエリカも擦り寄ってきたので、その可愛らしい頭を撫でてあげた。
二人のエリカが泣きながら自分に身を寄せているのは悪くない気分だ。由紀夫も二倍包容力が増した、優越的な気分になる。
「よしよし、二人とも泣かないの」
由紀夫はそう言って、二人のエリカの頭を撫で、肩に優しく触れた。すると、由紀夫と彼女達お腹が同時になった。途端に三人は顔を見合わせて、笑い声を上げた。
「さぁ、ご飯を食べに行こう!」
すると、彼女達は同時に声を上げた。
「お蕎麦に!」
「うなぎに!」
思わず顔を見合わせる二人に、由紀夫は両方のエリカの肩に手をかけて笑いかけた。
「美味いうなぎを食べさせてくれるお蕎麦屋さんを知っているんだけど、どう?」
すると、二人のエリカは万遍の笑みを浮かべて、白い歯を見せつけながら声を揃えた。
「いいわね!ぜひ行きましょう!」
三人は初めて気があった様に笑い合った。
それから三人の生活が始まったのだが、それは幸雄が夢見ていたような、甘くて都合のいいものからは、遠くかけ離れていた。
由紀夫は「ルナルナ・レボリューション三世」を作りながら、二人いるエリカが自分と楽しく過ごすのを思い浮かべていた。
右を見てもエリカ。
左を見てもエリカ。
猫の様に愛らしい四つの瞳に見つめられたら、きっと自分は嬉しくて死んじゃうんじゃないかと思っていたのだ。それに、きっと二人を連れて街に繰り出せば、こんなに冴えない由紀夫も皆の注目の的になるはず、そう思っていたのだ。
しかし、どうだろう!この想像とあまりに違う現実は。
彼女は、いや彼女達はやっぱりまるで、とにかくエリカだった。あぁ、初めから気が付いていればよかったのに。
彼女は一人っ子で、田舎で愛情たっぷりの家族に、骨の髄まで甘やかされて、もとい、可愛がられて育った女の子なのだ。初対面ではそれが分からなかったからたやすく恋に落ちたけど、一緒に過ごす度にすぐにその片鱗は感じていたじゃないか。
まあ、それでも好きなのだから、由紀夫にはどうする事も出来ないだろうけど。きっと彼は振り回されるのが好きなんだろう。
とは言え、一人のエリカでも持て余していたのに、二人もエリカがいたらどうなるのか、簡単に想像していただけるだろう。
しかし、後悔しても、もう遅かった。
由紀夫にタイムマシーンを作る頭脳と能力は無い、と言うよりも二人の相手をするので研究どころではなかったのだ。
「あれが欲しい!」
と言われれば、当然のように二人前揃えなくちゃならないし、食事だって二人前作らなくちゃならない。買い物はお金のある由紀夫にはまだなんとかなったが、料理はそうもいかない。前からエリカは由紀夫の為にご飯なんか作ってなんかくれなかったけど、二人いたらどちらか作ってくれてもいいんじゃないか!と言う、由紀夫の淡い期待は露と消えてしまった。
夏休みも終わり、大学が始まってもエリカは授業には出なかった。なぜかと言うと、どちらも大学に行きたがらずに、二人で遊ぶ方を選んでしまうのだ。
始めは当初の予定通り、オリジナルのエリカが、クローンのエリカに大学に行くように言ったのだが、そこはクローンでもエリカはエリカなので、難癖つけて丸め込もうとするので、まったく埒が明かなくなり、終いには由紀夫が交互に行けばいいと言っても、鼻から彼の意見など参考にしようとする気配は無いので話は平行線。
なので、結局二人の話し合いの末、二人で遊ぶ事が決まってしまうのだ。
厄介なのは夜だ。
「もう寝る。まぶたが閉じる!」
と言われれば、二人が眠りに落ちるまで添い寝しなくちゃならないし、どちらも寂しがりやだから二人の間からベッドを離れる事すら出来ないのだ。
一方がしがみついてくるかと思うと、もう一方は足を絡めて来る。
これでは熟睡なんて出来やしなかった。
なので、由紀夫は昼間寝る事になるのだが、その間にエリカ達だけで遊びに行ってしまい、充実しているのは由紀夫ではなく、彼女達だけになるという訳なのだ。これでは、由紀夫が楽しめるはずは無かった。
むしろ、地獄である。
しかし、それよりもきついのは、一日一回は聞かれるこの質問をされる事だろう。
「由紀夫は私と私、どっちが好き?」
可愛らしい二人のエリカの、四つの猫のようなクリリとした瞳に見つめられてこう聞かれたら、一体どう答えればいいというのか?こんなの教科書には乗っていないのだ。
「オリジナルの方」
と言えば、クローンの方は絶対泣くし、不機嫌になるし、引っかいてくるだろうし、由紀夫の家から出て行くに決まっている。
クローンの方と答えても、オリジナルが同じ行動を取るだけだ。それはなんとしても避けたかった。何しろ両方好きなのだから。
しかし、ここが厄介で正直に「両方好きだ」と言っても、やはり厄介なのは変わらない。
「あなたを独り占めしたいの」
と言って、彼女達は満足してくれないのだ。一見嬉しい悲鳴のようだが、由紀夫の体が一つしかないのを想像してほしい。それに、別に浮気をしている訳でもないのに、片方に興味が偏るともう片方から嫉妬されるし、あっちにやったら、こっちにも同じ事をしてとか、あっちを見ているのが一秒長いとか、どうしてこっちにはこれだけしかくれないの?とか言われ続けていれば、誰だってもう勘弁願いたいと思うに決まっている。
イスラムの世界では四人まで妻を娶っていいと言う話だが、由紀夫は一人で十分だと思った。一人の愛情は一人にしか伝わらないと、身に染みて感じてしまったのだ。
ここに来て、由紀夫は一つの決意を固めた。
そう、これを解決する方法は一つ!
由紀夫自身をもう一人作ればいいのだ!
そう思ってからは、次の満月を待ち遠しく思う日々が続いた。満月の夜にしか「ルナティックパワー」は発生しないからだ。
だから、由紀夫はそれまでの間、我が侭勝手な二人のエリカに振り回され、身も心もボロボロになりながらも、僅かな希望だけは失わないでいられた。それ以外に解決策は無いと思い込んで、二人が無計画にたくさん買うから重労働になる荷物運びも、好みのうるさい彼女の為に作る二人前の料理にも、解決策のない理由なき嫉妬攻撃にも、まったく熟睡できぬ夜にも耐えてこられたのだ。
なので、満月が予想されていた日が曇りだと知った時の由紀夫が、いかにテレビの前で絶望したか思い浮かべていただきたい。
彼は、適当そうな予報を立てる中年お天気キャスターの首を絞めたくなるほど睨みつけ、頭を抱えてソファーの前で悲観にくれた。すると、二人のエリカは不思議そうな顔をするのだ。
「由紀夫、どうしたの?」
今では完全に姉妹、いや双子の様に仲のいいエリカは、ソファーの上で互いの足の爪にマニュキアを塗りながら声をかけてきた。無論、注意しているのは彼よりも自分達の足であるのは言うまでもない。
「いや、なんでもないんだ」
由紀夫はなんとかそれだけ答えた。
「あら、そう。・・・うふっ。可愛い」
「そっちこそ可愛いわよ」
「いいえ、そっちこそ」
「いいえ、そっちよ」
「いいえ、そっち!」
もううんざりするほど聞いたエリカ達の褒め合いに、由紀夫は思わず立ち上がった。
しかし、彼女達は彼にかまう事はなく、やっぱり決まった文句で
「私達って、やっぱり可愛い!」
と続けて、お互いに微笑み合うのだ。
それを見ていると、由紀夫は苛立ちのやり場をどこに向けていいか分からなくなって、結局何にも出来なくなるのだ。確かに、二人のエリカは可愛いのだけど何かが違う。
この前、偶然彼女達が話している内容をこっそり聞いてしまったのだが、その内容は由紀夫にとってあまりにもショッキングで、深い穴に落ちるほど辛いものであった。
「もしも、あのキーホルダーを拾った人がイケメンだったら、もっと違う人生なのかも」
オリジナルのエリカがそう言うと
「あの時、なんで彼に付いていったのか未だに分からないわ。どうして何だろうね?」
と、クローンのエリカが言った。
エリカは自分が二人になった事で、自分自身の相談を自分自身とする、言わば外からも見える自問自答をするようになったのである。そしたら当然、由紀夫の存在が話し合われる訳だ。
しかも、頻繫に。
エリカは由紀夫のいない時、聞こえていない時を選んでいるのだろうが、どこか隙があってかなりのドジッ子なのがエリカなのだから、彼は聞きたくなくてもしっかり聞いてしまっていた。
由紀夫がいかにショックを受けたかは、男性諸君ならずともお分かりだろう。
そして、彼も自問自答した。
はたして間違っているのは自分の方なのだろうか?彼女を幸せにしていない?
彼女を満足させていない?
こんなに尽くしているのに?
何でも買って上げているのに?
やっぱり、イケメンがいいのか?
僕は不細工なのか?
俺らの関係ってそんなもの?
やはり年の差が・・・?
色々浮かんでくるわけだが、なんだかんだエリカにはかなわない。何しろ、向こうは二人なのだから、意見は多数決だといつも二対一で負けてしまう。勝ち目が無いから、自分が間違っていると思ってしまうのだ。
それでいいのか?
これでも自分は男の子!いや、男なんだ!
由紀夫は鼻の穴を膨らませながら、そういきまいて腕を振り上げるのだが、二人が見ているところで出来ないのが由紀夫であった。
結局彼に出来るのは次の満月の夜が晴れる事を、ただただ祈る事だけだったのだ。
そして、神は由紀夫を裏切らなかった。
その日の夜空には雲一つ無く、一ヶ月前よりも綺麗な満月が浮かんでいた。由紀夫はさっそくエリカを呼び出し、自分もクローンを造り出す事を彼女達に告げた。
「いいかい、ここに超簡単なマニュアルを作っておいたから、これを見て、書いてある通りにコントロールパネルを操作してくれ」
由紀夫はそう言って、二人にテキストを渡した。オリジナルのエリカがそれを受け取り、クローンのエリカと共に覗き込むと、二人同時に眉間に皺を寄せて、首を捻った。
「わかぁんない!」
由紀夫ははやる気持ちを抑えて、二人をコントロールパネルの前に連れて行った。そして操作方法を説明しだした。
「大丈夫!絵で描いてあるから、そのまま操作すればいいのさ。ほら、こっちが制御装置ので、こっちが動力系。で、この赤いのがスタートボタンだ。そして・・・」
説明を聞くエリカ達は不安そうだが、唇を引き締めながらテキストとコントロールパネルを見比べていた。何、彼女達は馬鹿では無い。教えればすぐに分かってくれる、由紀夫はそう信じていた。
「ね、簡単でしょ?後は寝てればもう一人の僕の完成さ!」
由紀夫がそう言って笑うと、エリカ達は肩をすくめて微笑んだ。
「まあ、大体分かったわ」
「よろしく頼むよ。もし、手順を・・・」
「分かってる!私達ちゃんと出来るわ!ねぇ、エリカ?だって、バカじゃないもの」
「そうよ!私達ちゃんと出来るわ!だから、安心して由紀夫はカプセルに入って」
二人のエリカは何故か自信を持ったような顔で、由紀夫の背中を押した。なので、由紀夫は急かされるようにカプセルに向かうと、おずおずと服を脱ぎだした。
「もう一度言っておくけど、設定された数値はいじらなくても大丈夫だからね。あやつるのは、操作系だけでいいんだよ」
「分かってるわよ、由紀夫。さぁ、もう時間が無いでしょ。ちゃんとやるわ」
二人のエリカは同じように、彼を安心させるように微笑むと、由紀夫をカプセルの中にいれ蓋を占めた。すると、すぐに冷却装置が作動して、カプセル内に冷気がこもった。
由紀夫は若干不安になりながらも、目を閉じて胸の辺りで腕を組んだ。
彼女達もこれであの美しい光景を目の当たりにするんだろうな。集められた月光と、妖しい輝きをもつ第二の月を。
あの時は自分がこの中に入るなんて思いもしなかったけど、こうなればもう仕方ないのだ。もう一人の自分がいれば、そっちにクローンのエリカを担当してもらい、こっちはオリジナルのエリカと仲良くすればいい。まあ、こっちがクローンのエリカでもかまわないけど、とにかくそうすれば全てが丸く収まる。なんだか遠回りになった気がするけど、きっとそれで問題ないだろう。楽しい日々が戻ってくるのだ。
由紀夫は遠のく意識の中で、そんな事を思っていた。
どのくらい経っただろうか?
由紀夫は眩しい光を受けて、目を覚ました。すぐに自分が裸でカプセルの中にいる事が分かり、昨夜行われた実験を思い出すと、ドキドキする心臓とはやる気持ちを抑えて、ゆっくりとカプセルを開けた。
ラボラトリーには誰もいなくて、開け放たれた天井から鳥のさえずりが聞こえるだけで、静かな物であった。エリカは下に行ってしまったのだろうか?
まあ、自分みたいにずっとこの場所で様子を見ているなんて彼女には出来ない相談だから仕方ない。
由紀夫はカプセルから出ると、一番気になっている物を見ようと思った。
自分のクローンである。
すぐ隣のカプセルはまだ開いている様子は無い。立ち上がり、首や肩を少しほぐすと、うっすらと曇っているカプセルに手をかけた。
そして、ドキドキしながらゆっくりと、それを開けて中を覗きこんだ。
いた!自分がいた!
まさに驚くべき事である。裸の自分が、寸分狂う事のないそのままの自分が、カプセルの中で目を閉じて眠っているのだ。
由紀夫は嬉しさと驚きを合わせたような複雑な表情で、自分のクローンに指で触れた。
少し冷たいが、感触はそのまま自分の物に違いない。今度は、肩を掴んで揺すってみた。すると、クローンは「うっ、うん」と言って、首を振って見せた。
確かに生きている!
由紀夫は嬉しくなって、まるで兄弟でも起こすかのように、激しくクローンを揺さぶった。しかし、なかなか起きないので頬を平手で打ちたくなったが、なんだか自分をぶっている様で気がひけた。
しかし、自分のように寝起きが悪いものだから、由紀夫は仕方なく顔をしかめながら平手を食らわせた。
すると、クローンはびっくりして目を開けると、大きく飛び上がった。
「な、なんだ!どうした!」
起き上がったクローンは頬を押さえながら、由紀夫と目を合わせた。
「君がやったのか?君が平手を?」
そう言ってくるクローンに、由紀夫は「そうだよ、兄弟!」とばかりに誇らしげに頷いた。すると、クローンは何の躊躇もなく由紀夫の頬に平手を食らわせた。思わぬ激痛に由紀夫はびっくりして、涙を出しながら手で顔を覆った。
「一回は一回だからね!」
そう言ってくるクローンに、由紀夫は唾を飛ばしながら非難の声を上げた。
「ひ、酷いじゃないか!殴り返してくるなんて!君は僕だぞ!」
しかし、クローンは肩をすくめるだけだ。顔は自分と同じなのに、なんだか雰囲気が違う。これが僕か?顔がまったく同じなだけに、何とも言えない変な気持ちだ。
だから、由紀夫はどうしても我慢出来なくなって、さらにクローンに詰め寄ろうとしたが、それを甲高い声が遮った。
「由紀夫!」
二人の由紀夫は同時にその声の聞こえた方向に振り向いた。ラボラトリーの入り口に、万遍の笑みを浮かべ、嬉しそうな顔をした二人のエリカが立っていた。二人の由紀夫は裸のままだったが、同じように顔をほころばせながら、同じように動き出し、同じように彼女を受け止めようと両手を広げた。
感動のご対面、そして、激しい抱擁!
二人の由紀夫の頭の中に、同じようにその言葉が浮かんでくる。
二人のエリカはその行動に導かれたのか、まるで猫がおもちゃに飛びつくように、由紀夫の元に走り寄ってきた。
ついに「愛と青春の旅立ち」ばりの抱擁が、二組同時に見られるのか!
何たる感動的な光景!
そして、エリカ達は彼に抱きついた。
「うん?」
その時由紀夫は信じられない光景を目にしていた。なんと、二人のエリカは、二人共クローンの由紀夫に抱きついていったのだ。
可哀想に、オリジナルの由紀夫は一人取り残されたまま、悲しい格好をしていた。
何で?
そんな事分かりはしない。
ただ、オリジナルの由紀夫の真っ白になる頭には、二人のエリカに最上級の歓迎を受けているクローンの自分がいる事実だけが浮かんでいた。
そして、クローンの勝ち誇る顔も。
クローンは、オリジナルの由紀夫を残して、じゃれ付いてくる二人のエリカを両脇に抱えながら、チャンピョンさながらに悠々とラボラトリーの入り口に歩いていった。
取り残されたオリジナルの由紀夫は何も言葉に出来ず情けない表情浮かべながら、その三人の後姿を見送るだけだった。
何でこんな事に?まったく同じはずなのに!
もしかして、ただ新しかっただけだから?そんな理由か?いや、そうじゃないかもしれない!
もっと別な理由が・・・。
色々な思いが脳裏に浮かぶが、自分が裸である事に気が付くと、由紀夫はおずおずと床に落ちている自分の服を着だし、湧き上がるどうしようもない感情に震えた。
まさか、自分自身に嫉妬する事になるなんて!なんていう愚かな事だろう!
由紀夫は自分の浅はかな考えに、そして、これ以上ない不幸をもたらした自身の最高傑作に、深い溜息をつくのだった。
終
どうでしたか?
気に入ったら感想なんか送ってくれたら幸いです
ではまた!