7話 誘いの手紙 (後編)
真っ白な外観には、3本の黄金の枝が巻き付いていた。入場口である扉の上には、開いた本を模したオブジェが設置されており、透き通ったガラスの壁は入館者の様子を見通すことが出来る。
するとリベラは、不思議そうにロアを見上げた。
「ねえ、ロア。壁がガラスだけど、中の本はだめにならないの?」
「ええ。特殊なガラスが使われてて、日光は入り込まないようになっているの」
「いいな〜、私の家の窓もそうだったら良かったのに」
扉の前には、複数の列があった。列の先には緑帽隊が1人ずつ配置されており、ロア達もその最後尾に並ぶ。やがてロアと目が合うと、緑帽隊の男性は会釈をした。
「こんにちは、アラカ図書館へようこそ。セキュリティ対策のため、手荷物検査と身体検査にご協力お願いします」
『やばっ、そういえばそんなのもあったわ! ど、どうしましょ……! ネーヴェちゃんがバレたら大変なことに――』
「では、お客様からお願いします」
「え、ええ」
ロアは平静を装い、検査機を通過する。階段を上がって振り返ると、サフィラスがリベラに耳打ちをしている様子が見えた。
『大丈夫かしら、まさか奥の手の身分証でも提示するつもり……?』
「お連れ様もすぐに検査いたしますので、少々お待ちください」
緑帽隊は片手でジェスチャーを送ると、次にリベラの方を向く。
「では、お客様も同じようにこちらをお進み下さい」
サフィラスが頷くと、リベラは元気よく返事をする。
「はーい!」
そして2人は密接する形で、事もなげに検査機を通過した。リベラがロアと並ぶと、緑帽隊は一礼する。
「ありがとうございます。どうぞ中へお進み下さい」
ロアが驚愕していると、緑帽隊は片眉を上げる。
「お客様、検査は以上となりますが……何かご不明な点がおありですか?」
「い、いえ! 平気よ、道を塞いじゃってごめんなさいね」
足早に館内に入り、人気の少ない道を曲がると、ロアは小声でサフィラスを問い詰めた。
「ちょっと、どういうこと? 入国では引っ掛かったのに、どうしてここは普通に通過出来たわけ? ネーヴェちゃんも気付かれてなかったみたいだし、こっそり魔法でも使ったの?」
「いいや、術は紡いでいないよ。私は、ただ通過したに過ぎない。入国の件があったからこそ賭け――そして成功しただけさ」
「賭け……?」
首を傾げるロアに、サフィラスは続ける。
「ともあれ、今は“運が良かった”と認識して貰えれば良い。いずれ私の言葉の意味が解る筈だ」
「……まあ結果としては成功したことだし、館内を見て回りましょうか」
館内は人こそ多いものの、誰一人として騒ぐ者はおらず、各々の世界に没入していた。ロアの説明によると、読書スペースと歓談スペースがあるらしく、目的に応じて利用分けをしているとのことだった。
取り留めのない会話をしながら進むと、彼らは多くの子供がいるフロアに辿り着いた。
自然をモチーフとしているのか、天井ではサワサワと木の葉が揺らいでいる。リベラは両手を広げて深呼吸をすると、2人に振り返った。
「草木のにおいがする……すごい、まるでマリーが住んでる森みたい!」
テーブルも椅子も、全てが子供用に作られたドーム状の空間には、不釣り合いなほど高い棚が隙間無く整列している。その表面にはそれぞれ異なるプロジェクションマッピングが映し出されており、大人は釘付けになっていた。
リベラは暫く周囲を見渡した後、目の前の棚に歩み寄る。そして先駆者の子供に倣い、棚に貼り付いた端末を何度か押し、音もなく落ちてきた1冊の絵本を手に戻ってきた。
「見てみて、絵本が出てきたよ!」
ロアは屈むと、タイトルを読み上げる。
「なになに? “空のハープを奏でる夜に”……あら、これ好きなお話の1つだわ! すっごく面白いから、ぜひ読破して頂戴?」
「うん! 先に読んでてもいい?」
「ええ、勿論よ。少し席を外すけど、すぐに戻ってくるからね」
「はーい!」
リベラは手を振ると、空いている席に小走りで向かっていった。
「ふふっ。こんなに楽しんでくれるのなら、来た甲斐があるってものよ。 ――さて、サフィラスちゃんが読むべきものはあっちにあるわ。ついて来てくれるかしら?」
児童向けの絵本が並ぶフロアの5階上には、人々を威圧する鉛色の扉があった。天井から吊り下げられた照明は時折ちらちらと瞬き、巡回する緑帽隊の視界に悪戯をしている。
そして敷かれたカーペットはセピア色に古ぼけており、ついぞ床を覗かせようとしていた。
ふたりは辛うじて発見した見学者達に紛れながら、鉛色の扉を通り抜ける。その先には、重厚な本のみが並ぶ閉鎖的な空間が広がっていた。本棚は目線より高く、交差する道を見通すことは出来ない。
しかしロアは慣れた散歩道のように、一箇所の棚を目指す。
「えーと、あの本はどこだったかしら……確かこの辺に――」
ロアは指と共に視線を動かすと、やがて1冊の本を両手で引き抜いた。
「あったわ。はい、サフィラスちゃん」
「これは?」
「アタシのお気に入りの歴史書よ。年季が入ってて紙もだいぶ傷んでるから、気を付けてめくって頂戴」
差し出されたのは、分厚い本。金色の刺繍が、なめし皮の縁を規則正しく這っていた。
「……これを読めば、どうしてアナタを知っていたのか分かるハズよ」
「……」
サフィラスは受け取ると、その場で本を開く。パラパラと数十頁に渡る目次を通り越していくと、やがて以下の文章が目に留まった。




