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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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57話 帆は白南風に馳せる (前編)

 すると不意にエーテスが、国王の横に立ってサフィラスを指差す。


「盛り上がってるとこ悪いが、少しコイツ借りるぞ」

「え、エーテス?」


 その表情はいつにも増して険しく、言葉もどこか刺々しい。国王は戸惑い気味に頷くと、切れ味の悪い返事をする。


「う、うん。ぼくは大丈夫だけど……」

「ん。行くぞ、ついて来い」



 有無を言わさず、エーテスはサフィラスを連れ立つ。やがて大きな岩陰に回り込むと、エーテスはようやく立ち止まった。胸もとから取り出したのは、(ろう)で閉じられた小さな封筒。彼女は数秒の葛藤の末、力んだ指先とともに差し出す。


「……その。ボクからも礼を言わせてもらう」

「これは?」

「ボク個人からの餞別だ。まあ、気が向いたタイミングで開けてくれ――っておいコラ! 人の話は最後まで聞け!!」


 だがサフィラスは、制止を聞き流し封を切る。中に入っていたのは、四隅に可愛らしい獅子が描かれた紙切れが一枚。その中央には、太く力強い、13桁の数字が書かれていた。サフィラスが顔を上げると、エーテスは歯を剥き出して怒る。


「〜〜っ! 「これの何処が餞別なんだ」って顔するな!! それはな、どんだけ金を積んでも手に入らない超激レアアイテムなんだぞ!?」

「成程、キミらしい顧慮(こりょ)だ。ちなみに、どれだけ希少な代物なんだい? 特定の場所で使用する暗号だとすれば、事前に仔細を聞いておきたいのだけれど」

「いや、えっと……それは、だな」


 一転して背を丸めるエーテス。その情けなさは、かの国王を彷彿とさせた。しかし口先だけは一丁前の彼女は、目を逸らしたまま言い逃れる。


「っ――メネレテに聞けば分かる! せいぜい、航海中にでもレクチャーしてもらうんだな!」

「……そうすることにするよ。時に、用はこれで済んだかい?」

「! ……い、いや。実はひとつ、聞きたいことがあるんだ」

「何かな?」


 小さく首をかしげるサフィラスに、エーテスは躊躇いがちに訊ねる。


「その……死んだら魂ってどうなるんだ?」

「暫くの間は、肉体の周囲を彷徨っているよ。けれど時とともに現状を受け入れ、やがて天を目指し消滅してしまう……と言われているね」

「……そうか」


 僅かな希望を絶たれたかのように、瞳に影を落とす彼女。だがため息をつくと、抱いていた願いを吐露する。


「あーあ、やっぱり予想通りだったな。もしまだ間に合ったなら、ボクの母をコレに入れてもらいたかったのに」


 そう言ってエーテスが手のひらに載せたのは、先程のガラスケースだった。サフィラスは中身ごと一瞥するも、再び事実を突きつける。


「――。キミの母は、とうの昔に肉体を失っている。そして魂は国を徘徊してはいない」

「! 何だよ、そんなにしつこく言わなくても――」

「いいや、そうではないよ」

「は?」

「キミは“付喪神”という存在を知っているかい?」

「ああ。だいぶ前、暇つぶしに調べたことがある。たしか――」


 長い間、大切に使われてきた道具たちに生命が宿ったもの。要は、物を大切にしなければいけないという教訓のような存在だと。そう答えると、サフィラスは頷く。


「当たらずと言えども遠からず、かな。さて――ここまで話せば、私が何を伝えたいか推察できただろうか」

「ん? いやまあ、何となくはな。だがそんなヤツ、心当たりは――」


 エーテスは腕を組むと、自身が愛用してきたものを懸命に思い起こす。ペンやノート、ゲームや本。いずれも、擦り切れてなお取っておいてあるものだ。とはいえ流石に見当違いだと頭を悩ませていると、不意にエリンの顔が脳裏をよぎる。


「! まさか――」

「信じるか否かはキミ次第さ。では、私はこれで失礼させてもらうよ」

「あ、ああ……」


 立ち去るサフィラスを呆然と見つめていると、手首に巻いた端末の右端が、《起動シテクダサイ》と言わんばかりに点滅する。


「……ハハッ。全く、タイミングが良いんだか悪いんだか」


 エーテスは爪が食い込むほどこぶしを握ると、間もなくエリンを呼び出した。



 サフィラスは次いで、遠巻きに国王を見守る人物に接触を計る。長い青髪を後ろに束ねる青年。彼は足音に振り向くと、見慣れた微笑みで迎え入れる。


「おや。私に何かご用でしょうか」

「ああ。キミに渡すべき物があってね」


 そう言ってサフィラスが取り出したのは、布で作られた小さな巾着袋だった。受け取りつつも、ネクフィスは疑問に首をかしげる。


「こちらは?」

「この場で確認してもらえるかい?」


 ネクフィスが紐を解くと、中には直径1cm程度の薄桃色の宝石が入っていた。その内部には、ほのかに揺らめく白い(もや)。ネクフィスは僅かに片眉を上げるも、視線をサフィラスに向ける。


「宝石……ですか? 何故私に?」

「――それは、昨夜とある花に触れた際に得たものだ」

「!」

「やはりキミは――いいや、キミだけは()()()()()んだね」

「……ふふ、何のことでしょう。それにしても、綺麗な宝石ですね。クラックでもなければ、遊色効果でもないように感じられますが」


 宝石を包む彼の両手。その慈しむような手つきに、サフィラスは目を伏せ会話を続ける。


「そう、それは唯一無二の宝石だ。けれど、荷物の奥底に眠らせてしまうのは本意ではない。故に、()()()()()()()()――キミに託したい」

「おやおや、随分と私を評価してくださっているのですね。ですが……本当に良いのですか? 貴方の預かり知らないところで売り払ってしまうかもしれませんよ?」

「構わないよ。……もっとも、およそ実行するとは思えないけれど」


 穏やかに言い切ると、サフィラスはリベラたちの方へと踵を返した。一方でネクフィスは、控えめに手を振り彼の旅立ちを見送る。


 そして、人の目が向けられぬ僅かな時に。


「ふふ。……本当に、敵いませんね」


 短い賞賛とともに、宝石を握り締める。足もとの岩は、はらはらと雫に濡れた。

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