55話 想いは年月を経て (前編)
国王は、彼らの反応を待たずして昔話を進める。
「あの国の王は、聞いていたよりもずっと狡猾だった。……"実験は失敗した"と嘘の報告書を出して被験者をお城の地下に匿ってたんだけど、遅かった」
それからというもの、ゲルディナ国王は公務の合間を縫っては研究所に通いつめた。故に我が子に愛情を注げなかったと後悔を吐露すると、デュゼリアが冷静に訊ねる。
「その"被験者"は、わたしたちのお母さま?」
「……うん、そうだよ。今まで話せなくてごめんね」
「ううん。お父さまはお父さまなりに、わたしたちを守ろうとしてくれた。それが今分かっただけで充分」
「いや、ぼくはそんなにいい父親でもないよ。だって――」
国王は自嘲気味に懺悔する。
生き絶える妻を看取る度、心が酷く痛んだ。家族を得る度に積み重なるのは、行き場のない喪失感。だが――ナグレインを育て、ネクフィスを見守り、エーテスは執事に押し付け。ミラキュリアに乳母をあてがい、デュゼリアは姉のみを頼りとさせていくうちに。
いつしか脳内には、"喪うよりも得ればいい"という、惨たらしいな現実逃避がこびりついていたと。
「研究所にいたあの子たちには、謝っても謝りきれない。そして――サフィラス、きみにも」
「……。続きを話してくれるかい」
「……うん」
結論から言えば、白壺草の生育は未だ道半ばらしい。だがルベール側は痺れを切らそうとしているために、自身を"実験により記憶障害発症した"と偽り、凌いでいると最後に語った。国王は珈琲をひと口飲むと、重い息を吐く。
「普段の口調が少し特徴的なのも、一秒でも長く誤魔化すためなんだ。……これが、ぼくの話せる全部だよ。せっかく家族全員揃ったのに、こんな重い話をしちゃってごめんね」
いつになく深刻そうな表情を浮かべる国王。すると王妃は席を立ち、彼の手を取り前を向く。
「この人はね。あなたたちが記録書を読んでいることも、母のために白壺草を探しているのも知っていた。けどそれが悟られないよう、幼いあなたたちの邪魔者を遠ざけてたの。……どうしてか分かる?」
「ちょ、ちょっとシュラピュテ! そこまで話さなくていいから!」
「“手伝ってもらってるみたいで嬉しかった”からって。既に手一杯なはずなのに、寝る間も惜しんで知恵を絞って、あなたたちを守っていたのよ。母や自分を蔑ろにされて、恨んでる子もいると思う。でも……どうか、これ以上この人のことを責めないであげて」
一同と目を合わせた果てに、王妃は頭を下げる。自身の地位を捨て去った行為。ロアやメネレテは息を呑むが、エーテスは一際鋭い眼光を放つ。
「おい、クソオヤジ」
「な、何?」
「――今日からはボクも協力してやる。だから、ひとりで情報を溜め込むな」
「エーテス……!」
誰もが耳を疑った、彼女の思いがけない言葉。しかし国王の表情が緩むと、ミラキュリアとデュゼリアは、顔を見合わせ頷く。
「はいはいはーい! あたしもやるやる〜! 人数は多い方がいいもんね〜!」
「うん。わたしも、ミラ姉さまと同じ意見。どこまでサポート出来るか分からないけど、自分なりに戦いたい」
好転の連鎖は続く。次いで意思表示をしたのは、ネクフィスとナグレインだった。
「ふふ、まさに一蓮托生ですね」
「ネクフィスはともかく、お前たちまで手を挙げるとはな。どういう風の吹き回しだ?」
「はあー!? 何ソレそっちこそどーいうワケ〜!?」
テーブルを挟んで繰り広げられる、飾り気のない兄妹喧嘩。国王はその微笑ましさに目を細めるも、すぐに表情を曇らせる。
「……でも、相手はあの大国だよ? 今まで戦ってきたものとは比べ物にならない強敵だ。それに、どんな手を使ってくるか分からない。っ――最悪、死んじゃうかもしれないんだよ?」
生まれた希望を全て刈らんとする、痛切な叫び。しかしネクフィスは、穏便に反論する。
「それは今更でしょう。話を聞く限りでは、遅かれ早かれこうなっていたはずです」
「でも……!」
「僕達のことを信用できませんか?」
「そうじゃない。ぼくはもう、誰も失いたくないんだ……!」
眉間に深く皺を刻む国王。その言葉尻は震えており、遂に彼は顔を覆った。するとネクフィスは、目を開いて指を組む。
「……顔を上げてください」
「……」
「僕達だって、考えなしに行動はしません。誰かが足を踏み外せば皆で止め、誰かが傷付けば、皆で痛みを分かち合う。……家族というものは、得てしてそういうものではありませんか?」
寄り添うような柔い声色に、国王はこわごわ顔を上げる。双眼に映るのは、凛と構える家族らの姿。国王は呆気にとられるも、やがて肩の力が抜けたように頬を掻く。
「そっか……。えへへ」
「どうかしましたか?」
「何だか、初めて家族になれた気がして。……って、こんなこと言うのはおかしいよね」
「いいえ、僕も同意見です。――さて。次男として、兄妹の中を取り持ちに行きますね」
ネクフィスはそう言うと席を離れ、睨みを効かせるミラキュリアの背後に向かった。国王はその切り替えの早さに目を丸くしたが、間もなく一人の父親としての感想を零す。
「そっか……。みんな、こんなに大きくなってたんだ」
近くて遠い、家族が纏まるまでの物語。その一部始終を静観していたリベラは、まるで自分のことのように喜んでいた。彼女の反応もあわせて眺めていたロアは、手を添え小声で話しかける。
「どうしたの? リベラちゃん」
「ううん。みんな笑顔になってよかったなって」
「ふふっ、そうね」
暫くの間、部屋は宴会の如く騒がしさに包まれた。
それから少し経った頃。サフィラスは壁に掛けられた時計を一瞥すると、脱線への先手を打つ。
「さて……“誰一人として犠牲とならずに事を収める”という目的は達成された。故に最低限の取引が終了し次第、迅速にこの国を発ちたい。未成立の取引がある者はいるかい?」
彼が急かすのも無理はない。食事会が開始してから、実に2時間が経過していた。メネレテはエーテスを人の陰から透き見すると、しょげるリベラに微笑みかける。
「大丈夫ですよ、リベラさん。旅が落ち着いたら、またこちらに来ましょう」
「――! うん!」
「ふふっ。元気なお返事、素敵です! ちなみにリベラさんは、何かやり残したことはありせんか?」
“これが最後のチャンスですよ”と、メネレテは目で訴える。対してリベラは首をかしげるが、暫し考えた末に両手を合わせた。
「……あ! あのね、わたしみんなとやりたいことがあるんだけど――」




