53話 朧げなる朝に (中編)
計11席が埋まった状態で、よそよそしい食事会が始まる。うち一席の前はネーヴェが専有しており、皿の上のパンにかじりついている。
こんがりと焼けたパン、ひと口サイズに盛り付けられたフルーツ。更にはベーコンにオムレツ、コーヒー紅茶と、朝食に相応しい品が並ぶテーブル。しかし談笑は聞こえることなく、カトラリーの音が控えめに響く。
それはまさしく、暗澹たる空気そのもの。だが国王は、娘たちの空いた皿をひと目見ると、ぎこちない笑みで話しかける。
「え、えっと……。おかわりはたくさんあるから、遠慮しないで食べてね。と、特にミラキュリアとデュゼリア、リベラちゃんは成長期だから」
するとミラキュリアは目を丸くし、クルクルと毛先をいじり始めた。そして隣に座るデュゼリアに、助けを求めるように目配せする。
「ん〜、でもあんま食べすぎると太っちゃうっていうか〜」
「……うん、ミラ姉さまの言う通り。縦に伸びるのはいいけど、横に広がるのは避けたい。リベラもそうでしょ?」
「――あっ、うん! そうだよね!」
リベラの手には3つ目のパンが待機しており、ロアは堪えきれない笑いをこぼす。
「ふふっ――、まあまあ。我慢するのもストレスになるし、加減して食べる分にはいいんじゃないかしら?」
「……加減」
「ね〜?」
デュゼリアとミラキュリアの阿吽の呼吸に、一同の視線はエーテスに向かう。彼女の皿には、手付かずのパンがこんもりと盛られていた。
「おい……。何で、どいつもこいつもボクの方を見るんだ?」
恨み節とともに見据えられたロアとメネレテは、慌てて首を振る。
「えっ!? いやいやそんなつもりじゃないわよ!?」
「ロアさんのおっしゃる通りです。よく食べる方だな、という関心から視線がいってしまっただけです」
「メネレテちゃん、それフォローになってないわ」
ロアのツッコミに、メネレテはハッと目を見開く。対してエーテスは、その滑稽な会話に眉尻を下げて笑う。
「ハハッ、分かってるよ。……さて、食事会も締めになる。そろそろ、お前たちが聞きたがっていることについて話そうじゃないか」
どこからともなく現れた配膳ロボットが、テーブルの上を空け、ささやかなデザートを並べて去っていく。エーテスは早速スプーンですくうと、会話を片手に食べ始める。
「まず、外の状況について。蔦は完全消滅し、解放されてしまった“最終兵器”たちもまた、全て土に還った。国民は――負傷者はいるものの、どうにか死者はゼロにできた」
地下シェルターに避難した国民は、今は周辺地域に生活拠点を移している最中だという。リベラはカップを置くと、胸を撫で下ろす。
「良かった。わたしたち、目標を叶えられたんだ」
「ああ。とはいえ、住居を含めた建築物は壊滅状態。完全復旧には向こう5年はかかる試算が出た。……国民の理解、及び心身の回復は未知数だ」
「……」
あけすけに突きつけられた現実に、リベラは落ち込む。ロアも返答に苦しんでいると、ナグレインは空席に視線を移す。
「何、そこは我々の腕の見せ所だ。それよりも――目下貴殿らが気に留めるべきは、彼ではないか?」
「そうね、今もどこにいるか分からないし……。まずはアタシたちが避難した後、何があったのか聞かせてもらえる?」
「無論だ。最後まで行動を共にした訳ではないが、記憶にある範囲で答えさせてもらう」
ナグレインは語る。サフィラスと共闘し、大蛇を命からがら倒したことを。広場に咲いていた花の正体は“霊薬”であり、悪用を防ぐべく断ち切ったことを。彼の傍らで、ネクフィスは目を伏したまま聞いていた。
「その後は貴殿らと同様だ。地下シェルターに国民を避難させたのだが、気が付けば城のベッドに倒れていた。事態の不可解さに、取り急ぎエーテスの機械を介して外の様子を確認したのだが――」
すると今度は、再びエーテスが会話の主導権を握る。
「緑帽隊が手出しをしていない作品。その全個体が、無傷で息絶えていたんだ。お前たちに撒いてもらった液体はいわゆるトリモチであって、触れたら死ぬような劇薬じゃない。……推定唯一の目撃者のアイツが今どこにいるか、本当に心当たりはないのか?」
「う〜ん……。どこかあったかしら」
ロアが首をひねる中、リベラはぽつりと呟く。
「……あの時と同じだ」
「何か知ってるのか?」
エーテスが食いつくと、リベラは続きを話し始める。
「うん。ここに来る前に男の子を助けたんだけど、“お礼がしたいから”って、村に案内されたことがあるの。おうちには優しいお母さんも住んでたんだけど……村の人たちは、ふたりに酷いことしようとしてて。男の子は、サフィラスにそのことを話したんだ。そしたらサフィラスは村に飛んでいって、すぐに解決したの。……代わりに、みんなの記憶は消えちゃったけど」
「成程な……。どうりで、最近ライア村が不自然に栄えてるわけだ。だけどお前の言う通りなら、アイツはひとりでこの国を出ていくつもりなんじゃないか?」
「えっ――」
予想外の返事に、リベラはネーヴェを撫でる手を止める。しかしネクフィスは、ひとりドアの方を向くと、指先を揃え一同の注目を促す。
「おや、噂をすれば何とやら。推測よりも早く、当の御本人が来てくださったようですよ」
おもむろに開いたドア。その奥からは、仮面を着けたサフィラスが何食わぬ顔で現れた。汚れの取り払われたローブ、内側に潜む磨かれた鞘。だが状況を窺う目もとには、疲労の色がうっすらと浮かんでいる。
リベラは席を立つと、少し足を引きずるように駆け寄る。
「どこにいたの? もしかしたらもう会えないかもって、心配してたんだよ」
「すまない、色々と処理に時間がかかってしまってね」
「全部ひとりでやってくれたんだもんね。――そうだ、サフィラスもごはん食べる? ネーヴェからがんばって守ってたんだ」
ネーヴェは彼らを見上げると、心外だと言わんばかりに短く鳴く。しかしサフィラスは、国王の視線を振り払うように小さく首を振る。
「……いいや、私は遠慮しておくよ。それよりも、今は成すべきことを成そう」
「なすべきことって?」
「王妃の治療、報酬の交渉……そして個々に残された、情報交換等。宙に浮いていた取引を、全て片付けるんだ」




