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フィリアの柩  作者: 禄星命
第三章 スティア国編
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52話 朧げなる朝に (前編)

 サフィラスは懐から宝石を一粒手に取ると、光の玉を宿らせる。何の変哲もない、直径1cm程度の薄桃色の宝石。しかし間もなく、内部には焔のようなモヤが揺らめき始めた。


 だがサフィラスは、眉間に小さくシワを寄せる。


「これは、もしかすると――」


 つい先刻耳に及んだ、(ネクフィス)の敗北間際の台詞を思い出す。


「……“彼女を楽にしてあげてほしい”、か」


 宝石を空の小さな袋に入れ、懐に仕舞う。続けて大蛇にも同じ術を施したサフィラスは、新たに収めた2つの宝石を胸に立ち上がる。


「……さて、最後の大仕事だ」



 サフィラスが向かったのは、皆が集まる地下シェルターではなく。現状人々から最も遠い位置にある、花園の頂だった。かろうじて市街で最も大きい建物が見えるが、明かりはなく、ぼんやりとした輪郭が確認できる程度。


 すっかり荒れ果てた、白く美しかった国。今では、子供が崩した積み木のような建物が有るばかり。サフィラスは、道路に撒かれた青く光る線に視線を移すと、空と大地に蔓延る怪物を一瞥する。


「――Urekatluos(猛る御魂よ).Iseremaguy(歪められし),Oyefil(その生よ).Akawym(我が言の葉)Ettom(を以て),Ienawot(永遠の安寧)Tievig(を授けよう)


 彼の言葉に目を覚ました青い光は、空に延び、スノードームのように市街を覆う。その正体は、市街を丸ごと囲った巨大な円陣だった。眩さに触発された怪物たちは、一斉に攻撃を仕掛けようとする。だが――空から振りかぶる爪も、大地を蹴る蹄も。すべからく、突如として眼前に現れた青い光に弾かれた。


「苦しかっただろう。けれど、それも今日で終わりだ」


 青い光に触れた怪鳥は、一羽、また一羽と墜落し、怪獣もまた、相次いで地に伏せる。その様を見下ろしながら、サフィラスは、浮かび上がる無数の光の玉を呼び寄せた。


「……お休み。霊脈の賜物にて、良い夢を」




 彼の孤軍奮闘から、何時間も経過した頃。ベッドに寝ていたロアは、突如顔にかかる照明に目を覚ます。だが程よい気温に清々しい空気、ふかふかな毛布。そのあまりに強大な二度寝の誘惑に、暫しの間目を閉じて横になる。


 しかし、彼はこれでもメンバーの年長者。日々のルーティンである朝食の準備をすべく、起き上がって伸びをする。


「うーん……。もう朝――って」


 だが初めて目の当たりにした()()()に、ぼんやりとしていた表情は一気に強張る。自身が着ていたのは、シワだらけのシャツとタキシード。そして部屋は拠点のホテルではなく、大理石の敷かれた空間だった。


『えっ!? ここどこ!? 何でこんなとこで寝てんの!?』


 建て付けられたドアは、真正面と両側に一枚ずつの計三枚。傍らには同じ作りのベッドがもう一台あり、ドレスを着たままのリベラが気持ちよさそうに眠っていた。そこでようやく、昨日の死闘が脳裏をよぎる。


『――そうだ。確かアタシたちは大蛇から逃げて、地下シェルターまで避難して……』


 しかし、いくら頭をひねれどその先が一向に思い出せない。ひとまずベッドから飛び下りると、リベラの肩を軽く揺らす。


「ちょっと、リベラちゃん起きて!」

「ん……おはよう、ロア」

「ええ、おはよう。ねえ……ここ、どこか分かる?」


 リベラは起き上がると、目をこすって周囲を見渡す。


「あれ? ほんとだ、ホテルじゃない。ドレスも着たまま……。もしかして、お城で寝ちゃったのかな」

「やっぱりそう思う? だとしたらあの子たちも――」


 ポシェットに寝ていたネーヴェにも起きてもらうと、二人は揃って人気のある右側のドアを窺う。するとその先にも同じ間取りの部屋があり、ベッドの上の毛布が丸く膨れ上がっているのが見えた。


「んん……。うるさーい、ってば……もうちょっと寝させて〜」


 毛布のうごめきに合わせて聞こえてきたのは、ミラキュリアの寝ぼけた声。立ち入るか二の足を踏んでいると、デュゼリアが音もなく顔を見せる。


「うん。ふたりとも、静かにして。ミラ姉さまが起きちゃう」


 毛先に寝癖のついた彼女も、ぼろぼろのドレスを着たままだった。ロアは気まずさから目を逸らすと、小声で訊ねる。


「あ――ごめんなさいね。どうしてこんなとこに寝てたのか、思い出せなくって。デュゼリアちゃんは、()()()のこと覚えてる?」

「……ううん。ネク兄さまとナグ兄さまが、一緒に地下シェルターに来たところまでしか記憶にない。わたしもミラ姉さまも、気付いたらベッドにいた」

「どういうこと……? 集団記憶喪失だなんて」


 するとリベラは、辺りをきょろきょろと見て回る。


「そういえば、サフィラスはどこにいるんだろ?」

「ホントだわ。……もしかしたら、何か知ってるかもしれないわね」


 端末を起動しようにも、既に電池は空。この先の行動について考えあぐねていると、今度はナグレインが正面のドアから現れた。だが彼はシワ一つないシャツを着ており、一同の顔色を確認するや否や、トランクケースを室内に運び入れる。


「起きたか。突然の事態に混乱しているだろうが、今は支度を迅速に済ませてくれ。場を変えて話したいことがある」



 いつの間にか手配されていた、着慣れた私服。軽く身なりを整えたリベラたちが通されたのは、長方形のテーブルに椅子が12脚設けられた広間だった。彼らを出迎えるように佇む花台には、色彩豊かな花々が生けられている。


 ようやく拝めた、カーテン越しの青空。


 しかしその中でも一際、ロアたちの目を引く存在があった。芳ばしい香りとカトラリーが並ぶそこには、既に先客が4人おり。


「な――これ、どーいう状況な感じ……?」


 情報量の多さにミラキュリアまでもが固まっていると、早速白衣の彼女が声を荒らげる。


「遅い! ……見ろ、この気まずさを! 危うくヤケ食いするところだったんだからな!」

「ふふ、安心してください。この場において、僕以上に肩身の狭い人はいませんよ」


 クロスの敷かれたテーブルには、国王と王妃が横並びに、しかしてエーテスとネクフィスが向かい合うように、それぞれ着席していた。

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